商談を終えて
その後……。
俺は集った者たちが聞き逃しようもないほどの大音声で、こう告げたものだ。
「もしもこれを買うというならば、我が正統ロンバルドは商品納入のため全力を尽くそう。
武器、食糧、そして――情報!
まるで姫君へそうするように、諸君らへ全てを与えようではないか!
対価は言うまでもあるまい? このラトラ獣人国だ!
これは、先に述べた通りの支援を実現するために、この地で生きる獣人たちの力が必要不可欠だという理由もある!」
そして、ぐるりと一同を見渡した後……ワム女史に向け、右手の指を三本突き出したのである。
「機を逸する者は大漁を逃す!
よって――三日だ!
ファイン皇国を買うか! 買わないか!
三日後に、貴君の返答を頂くとしよう!」
んで、高笑いしながらバンホーたちを引き連れて退場……。
うん、なんというか……我ながら清々しいまでの悪役ぶりであったな。
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そんなこんなを経て、いつもメタルアスルでやってたように港で停泊中の『フクリュウ』へと帰還したわけだが……。
本日、俺たちを出迎えてくれたのはいつも留守番してもらってる既婚者のサムライのみではない……。
「おう、アスル! お疲れ!」
「うぬの制服に仕込まれたカメラを通じて見させてもらったぞ……。
どうやら、我らの働きを有効に使ってくれたようだな」
『フクリュウ』内部に存在する狭苦しい発令所……。
そこには、四方八方計器類だらけの狭さをものともしないエンテと、さすがに窮屈そうにしているオーガの姿があった。
「ああ、今回かましてやれたのは、二人の働きによるところが大きい……。
あらためて礼を言うぞ!」
「本当だよー。
オーガちゃんと一緒に皇国領の端から端まで、ほとんど横断しちゃったもんな」
「うむ、次にこのような機会があるならば、あんな狭苦しいカーゴ・ユニットではなく、我が愛馬ゴルフェラニで駆け回りたいものよ」
しきりにうなずく女子二人である。
ここしばらく二人に頼んでいたのは、本人らが口にした通り皇国領全域を巡っての破壊活動であった。
甲虫型飛翔機の扱いに関しては正統ロンバルドで一番の名人であるエンテがこれを操縦し、各地へ汎用覇王型決戦兵器であるオーガを運んでもらった形だ。
そうやって破壊した主要拠点の数は……ひー……ふー……みー……沢山である。
せっかくなので、大いに暴れ回ってもらった。
『ふん……俺たちの働きも忘れないで欲しいもんだな』
『殺し屋殿、不敬ですよ』
発令所のモニター越しに顔を見せたのは、辺境伯領一腕の立つ殺し屋と彼の補佐を命じたルジャカだ。
二人にやってもらった仕事は、説明するまでもあるまい……。
ファイン皇国第一皇子ユリウス・ボルト・ファインの暗殺である。
異種族がいない皇都リパでも目立たず潜伏でき、かつ、独自に行動可能な能力があるということで白羽の矢を立てた二人だ。
うん……ルジャカはともかく、まさか辺境伯領一腕の立つ殺し屋にこんな大仕事を頼む日がくるとは思ってもみなかったな。
だってこいつ、構え方はメチャクチャなのに狙撃させたら百発百中なんだもの。
思わぬ拾い物にも程がある。こいつに俺の暗殺を命じた奴隷商テスには感謝せねば。
「二人にも当然、感謝しているさ。
悪いが、今後の情報収集と更なる枝払いが必要となった際に備え、もうしばらくそこで潜伏生活を送ってくれ」
『御意』
『ちょろいもんだぜ』
それでひとまず、ねぎらいの言葉はかけ終わり……。
暗黙の了解で、一服を入れる流れになった。
「ところでさー。
オレ、ずっと気になってたことがあるんだけど?」
機能性一辺倒の発令所であるが、冷蔵庫くらいは存在する。
それぞれ好みの缶飲料を取り出す中、エンテが問いかけてきた。
「ん、なんだ?」
どのような小さい問題でも、疑問を抱いたのならば解消するのが円満に組織を回すコツだ。
プルタブを開きつつ、エルフ少女の言葉に耳を傾ける。
「獣人たちを助けるならさ、最初から今回みたいにオーガちゃんを暴れ回らせたり、偉い奴を暗殺して回ればよかったんじゃないか?」
「うむ、それは我も気になっていた」
ただ一人、イヴ特製ドリンクの入ったシェイカーを傾けながらオーガも同意を示す。
「あー……」
缶入りのお茶に口をつけながら、俺はもっともな疑問であることに思い至った。
「そのことに関しては、拙者が説明致しましょう」
しかし、その疑問に答えたのは俺ではなく、バンホーである。
炭酸飲料入りの缶に口をつけながら、老サムライは口を開く。
「誰かに何もかも道を切り開いてもらうのと、手助けありのこととはいえ己らで困難を打開するのとでは、その後の心持ちというものが異なります」
「ただ助けるだけじゃなくって、助けた後のことを考えたってことかー?」
「いかにも」
エンテの言葉に、バンホーが深くうなずく。
その後は、俺が引き継いだ。
「獣人国に関しては、最終的に正統ロンバルドと統合する形を取る……。
その時、こちらが一方的に助けてばっかりだと獣人と他種族の間に望まぬ軋轢を生みかねないからな……」
歴史書を紐解けば、そういった問題が先々まで尾を引くことは明らかである。
それを嫌った俺は、迂遠であろうとも……少なからぬ犠牲が出ようとも、この形こそが最良と判断したのだ。
あと、破壊と暗殺だけしても、混乱を収拾できる目途が立ってなきゃ意味がない。
「逆に、ミネラ鉱人国を始めとした皇国に侵略された国々に関しては、申し訳ないが後は自分たちでどうにかしてくれという形にした。
彼らは将来の……少なくとも近しい未来における臣民たちではない」
「バンホーの言葉ではないが、勝利というものは己が手で得てこそ価値がある。
あ奴らに気骨があるならば、自力でそれを掴み取ることだろう……」
オーガはそう言ってくれるが、どうなんだろうな……。
ファイン皇国というのは、気骨だけでどうにかなるほど甘い相手じゃないだろう。
しかしまあ、服従し酷死か飢え死にかという状況よりはマシであると、勝手に納得させてもらおう。
「あと、もう一つ疑問があるんだけど?」
「おう、言ってみな」
エンテの言葉に、今度は俺のみならず全ての人間が耳を傾ける。
「ファイン皇国を売るってさー。
要するに、あいつらに謀反を起こせって言ってるわけだろ?
そんなの、首を縦に振るもんか?」
「まあ、賭けだな」
その言葉に、俺はアッサリとそう言い放った。
「賭けって……いい加減だなー」
「人の心に働きかけるってのは、この世で最上級の博打だよ。
ただ、俺は案外、そこまで分の悪い賭けじゃないと思っている」
そう言って、一同を……ついでにモニター越しのルジャカたちも見回す。
「獣人国地方を統治すべく派遣されている者たち……。
ワム総督自身を含め、こいつらには共通する臭いところがある。
後は、あの女総督が上手くそこをつけるかどうか、だが……」
缶のお茶を飲み干し、ニヤリと笑ってみせる。
「まあ、およそ問題はないだろうよ」




