商談 後編
「ちなみにだが……。
誓って言っておくが、今見せた映像の数々はフェイクやトリックの類ではないぞ?
なんならば、ユリウス殿下の国葬については現地の者へ生中継させよう。
予定では、一週間後となっている」
ぬけぬけと言い放つアスル王であるが……。
この、暴虐という言葉すら生ぬるい振る舞いへ、ついに一部の者が爆発した。
「き……」
急激に殺気を膨れ上がらせたのは、魔法騎士の中でも特に皇族への忠誠厚き者たち……。
「――貴様ァーッ!」
それが一斉に腰のサーベルを引き抜き、アスル王へ向かい飛び出したのだ!
同時に各自の刀身へ宿るのは、必殺の魔術……!
――だが。
「まあまあ、落ち着きたまえよ」
アスル王が手をかざしながらそう言うと、それらの魔術は一瞬で霧散した。
いや、そればかりではない……。
「うっ……!?」
「ぐうっ……っ!?」
飛び出した魔法騎士のいずれもが、サーベルを取り落とし苦しげに喉を押さえ始めたのだ!
これは――魔術!?
しかも、ケタ外れに強力なそれだ!
アスル王を見やれば、おお……。
魔力が充実して渦を巻き、可視化してすら感じられるではないか!?
――アスル・ロンバルドとは、これほどの使い手であったのか!?
……おそらく、この場で対抗しうるのはワム総督と、その腹心たるヨナのみにちがいない。
いや、それもかなり分が悪いか……。
しかし、それよりも驚くべきは……。
ワムが、そのことについて言及する。
「アスル陛下……。
本日は、生身でお越しになられていたのか?」
このことである。
メタルアスルとか呼んでいるあの人形は、様々な恐るべき力を秘めているようであるが……。
さすがに、遥か遠方から魔術を持ち込むことなどできるはずがない。
なのに、魔術を行使して見せたということは……。
この場にいるのが、人形を介さぬアスル・ロンバルド本人であることを物語っていた。
ワムの問いかけに、アスル王は肩をすくめてみせた。
「大事な話であるし、貴殿とは一度、直接に顔を合わせてみたかったのでな。
――おっと、いかんいかん」
アスル王が思い出したように手を振ると、いよいよ気を失いかけていた魔法騎士たちが解放される。
「――げほっ!?」
「――ぐはっ!? ……はあ」
いずれも苦しげに咳き込みながら膝をついており、しばらくは立ち上がれそうにない。
「それにしても、まったくの親切心から貴国が陥っている窮状について説明差し上げたというのに、まさか襲いかかられるとは……。
これに関しては遺憾の意を示さざるを得ないし、先の行動についても正当防衛を主張させて頂こう」
これには、飛び出した騎士たち以外の者も爆発した。
アスル王の魔術を恐れ、直接に飛び出すような真似はしないが……。
「――何が親切心だ!」
「――いずれも、貴様らがやったことにちがいあるまい!」
「――あまつさえ、ユリウス殿下を害するなど!」
「――ここから生きて帰れると思うな!」
言葉だけではない……。
ギルモアを始め、心得のある者はいずれも腰のサーベルに手を添えている。
先の者たちは、あえなく戦闘力を奪われたが……。
より大勢で一斉にかかれば、あるいは……。
しかし、アスル王も……彼が率いる獣人のサムライたちにも、一切怯む様子はない。
「おだやかな問いかけじゃないが、あえて答えておこう。
――余裕で生きて帰れる」
そして、アスル王が胸のペンダントを軽くいじってみせた。
同時に、サムライたちも左手に巻き付けた奇妙な装具に手を触れる。
すると……おお……これはいかなる技か……。
彼らの全身が光に包まれ……。
次の瞬間には、見たこともない奇妙な全身鎧に身を包む一団の姿が現れた。
身体の要所を覆う装甲は、金属とも皮革とも異なる光沢を備えており……。
下地として用いられているのは、体にぴたりと貼りつく伸縮自在の被膜であり、これは獣人の特徴たる尾もしっかりと覆っており、しかもその動きを阻害しないようであった。
兜は、頭部どころか襟元までも覆う仕立てとなっており……。
頭頂部は獣人の特徴に合わせ、獣耳のごとく加工されていた。
さらに、この兜……それでどうやって視界を確保しているのか、顔に当たる部分が黒いガラスで覆われており……。
その下にいかな表情が隠されているのか、うかがい知る術がない。
ただ一つ、光に包まれる前と変わらず保持しているカタナを、全身鎧に包まれた獣人たちがカチャリと打ち鳴らした。
「どうだ? なかなかカッコイイだろう?」
そう言い放ったアスル王の装いは、獣人たちのものと少々異なる。
とにかく――派手だ。
……死ぬほど派手なのだ。
各部に配置された装甲は青色に輝く水晶状の部品へ置き換えられており、防護する面積も明らかに減少している。
その代わり、全身をくまなく覆う漆黒の被膜は厚みを増しており、筋肉を外側から覆ったかのように隆起していた。
兜はおおよそ獣人たちのものと共通しているが、獣耳を収めるための部位は廃されており、いかにも趣味的な格好良さを追求された形状となっている。
「ま、このスーツを見てコケ脅しだと思うのなら、チャレンジしてみるのも面白いだろうな」
そう言われて、一歩前に進み出る者はいない。
あのブラスターという武器のように、あえて言うならば弩弓が少々似ている程度で、既存のそれとは全く異なる形状の武具ならば、想像が及ばなかったであろう。
しかし、目の前で瞬時に装着された全身鎧は、自分たちが知るそれの数百歩……あるいは数千歩先を行く同種の装備であることが一目瞭然であり……。
何かすさまじい力を正統ロンバルド一行に――特にアスル・ロンバルドへ付与しているのだと、察せられたからである。
「皆の者!
この場においてアスル陛下及びその臣下を害そうとすることは、固く禁じる!」
緊迫した謁見の間に響き渡ったのは、ワム・ノイテビルク・ファインの声であった。
さすがは、女の身でありながらこの地の総督へ上り詰めた人物……。
すでにその顔からは動揺の色が消え失せ、常の冷静な微笑を浮かべていたのである。
「陛下、部下の早とちりとそれに起因する非礼を詫びよう。
そして、貴重な情報提供に感謝する。
陛下のお力がなければ、あたしが国元の災いを知るのは何か月も先のことであっただろう」
「何、どうということもない……。
それと同時に、あらためてお見舞い申し上げる。
いやはや、果たしてお国と兄君を襲ったのはいかなる災いであるのか……。
魔物の跳梁か……そして、新たな病でも生まれているのか……。
想像もつかぬよ」
またも放たれた臆面もない言葉に、ギルモアは歯ぎしりをした。
した、が……どうすることもできない。
場の主導権は……ファイン皇国の主導権は、奇妙な鎧へ身を包んだ青年の手に握られているのが明らかであった。
「それで、陛下……。
話を戻すが、結局のところ、売りたいものとはなんなのかな?」
「おお、そうだった。そうだった。
何やらケンカを売るような流れになってしまっているが、私が売りたいのはそんなものではない……」
そして、一拍の間を置き……。
アスル王は、こう言い放ったのである。
「――皇国、売るよ!」




