商談 中編
――ざわり。
……という喧騒が、謁見の間へ響き渡った。
重要な会談の場において、ざわめきとして響くほどの声を漏らすなど誇り高き皇国の幕僚らにあって良いことではなかったが、それも無理からぬことであろう。
「あれは例の……ブラスターとかいう武器では?」
「ああ、間違いない……」
「ギルモア卿が賊から奪ったものと、寸分たがわぬ品だ」
アスル王が、若き女総督へ用意した贈り物……。
それは現在、この元獣人国地方において皇国軍を大いに苦しめている武器――ブラスターライフルだったのである。
「奴め、どういうつもりだ……?」
その恐ろしさを誰よりもよく知るギルモアが、ほぞを噛みながら中央に立つ二人を注視した。
アスル王はといえば涼しい顔であり、まるで万雷の拍手を受けているかのような面持ちで喧噪を受け流している。
そして、対するワム総督は……。
「ほおう、これは確かに確かに……。
実に、面白い贈り物だ」
にやりと笑ってみせながら、ツヅラに入ったブラスターライフルを手に取り、その重さから質感に至るまでを堪能してみせた。
「先端の穴……銃口というのだが、自分も含めそれを人に向けぬよう注意されることだ。
万が一、ということがあるのでな」
「ほほう、そう言うからには、これは我々が奪った品とはちがい、獣人以外の者でも扱えるわけか?」
「いかにも」
アスル王の言葉にますます笑みを深くしたワムが、どれどれとライフルの各部をいじくろうとする。
「――失礼。
軽く扱い方をご教授しよう」
そんな女総督の様子を見て、アスル王が扱い方の説明に乗り出した。
「まず、簡単に説明するとこの安全装置を解除し、引き金を引くことで銃口からビームが発射される……。
構え方は、こう、このように……そうそう、お上手だ。
この状態でスコープ――この部品を覗き込むことで、より精密な射撃が可能となる」
まるで、ダンスを先導するように……。
文字通り、手取り足取りで密着するアスル王である。
その様子から他意あってのことでないのは察せられたが、ギルモア含む一部の若き者たちはよりいら立ちを深めることになった。
「――よし、これでひとまずの射撃準備は完了だ。
どうですかな? 適当に果物でも置いて試し射ちされるか?」
「うむ。
――誰ぞ! 適当に的となる物を用意せよ!」
何もない壁に向けて射撃体勢を整えたワムの指示に従い、文官の一人が的を用意すべく走り出す。
ほどなくして、倉庫に転がされていた不要なツボが一つ、設置される運びとなった。
「……よし、ではいくぞ!」
銃口を下げてうずうずしていた女総督が、新しい玩具を与えられた童女のごとき笑みでそう宣言する。
そのまま、流れるような動きで先ほど教授された構えを取り……。
安全装置を解除し、引き金を引く!
――ピュン!
……という、どこか間の抜けた音と共に、ギルモアが命からがらかいくぐってきたあの光線が銃口から撃ち放たれた!
狙いあやまたず……。
光線はツボの真ん中に命中し、そこに開いた穴から水が噴出する。
これは、威力を確認するために入れておいたものなのだが……。
前側のみならず、後ろからもそれがこぼれ、のみならず壁に焼き跡を残していることから十分なものであることが察せられた。
「……素晴らしい」
しん……と静まり返った謁見の間に、女総督の感想が響き渡る。
「それで、アスル陛下……。
これをあたしに渡して、なにを望まれるのかな?」
まるで、宝剣を扱うように……。
腹心たる女エルフ、ヨナにライフルを預けたワムがそう問いただした。
「ずばり――商談」
再び、大仰な身振り手振りを交えながらアスル王がそう宣言する。
「このブラスターライフルが気に入ったならば、是非とも買い取っていただきたい品物があるのだ」
その言葉に、再びざわめきが謁見の間を支配した。
――ブラスターライフルを気に入った上で買い取って欲しい物。
「まさか、あの武器を……いや、もしかしたならば、それ以上の武器を我々に売りつけようというのか?」
ギルモアもざわめきに加わり、我知らずそんな憶測を口にしてしまう。
「いや、だが、そんなことをすれば……」
しかし、すぐさまその考えを打ち消した。
「ほおう? それはますます興味深い。
だが、そんなことをしてどうする?
我々にこのブラスターなる武器をもって、獣人たちと今まで以上に凄惨な戦いを繰り広げろと言われるのか?」
ギルモアの疑念を代弁したのは、聡明なる女総督だ。
そうなのである。
もしも、超古代の遺物から得られたという武器を売りつけようというならば、それはまったくもって意味不明な行動であった。
アスル王の目的は、全獣人の解放……。
こちら側にまでブラスターを回しては、獣人側の優位がなくなってしまうではないか?
「どうやら、ちと誤解しているようだが……」
アスル王は、おどけるように肩をすくめてみせる。
「そうだな……売りたい品について話をする前に、まずはこの映像をご覧頂こう」
そして、懐から一枚の薄い板切れを取り出してみせた。
それはどうやら、二つ折りになる構造のようであり……。
折り畳まれた状態から開いたそれを、何やらポチポチと操作する。
「よしっ……と」
準備を終えたアスル王がそれをかざすと、いつぞやのように……空間そのものを帆布として虚像を映し出した。
映し出した、が、これは……?
「廃墟のようだが……」
「いや待て……死体が転がっているぞ!?」
「これは……皇国兵の……!?」
「向こうで自由になっているのは、ドワーフ共ではないか!?」
「では、これは……!?」
僚友たちの言葉に、ギルモアも思わず唸る。
「ミネラの……生産拠点だと言うのか……!?」
そう……。
無惨に破壊されたそれは、元ミネラ鉱人国地方に造られた生産拠点の一つだと見てよい。
しかもそれは、いかなる方法を用いたのか……完膚なきまでに破壊し尽くされ、もはや用を成さなくなっているようなのだ。
「まだまだあるぞ」
アスル王がそう言いながら板切れをいじると、ミネラ地方だけではない……。
皇国が各占領地に設営した大規模な拠点が……いずれも同じように破壊されたそれらが、いくつもいくつも虚像として映し出されたのである。
「なん……だと……?」
これには、さすがのワム総督も色と声を失い、呆然と立ち尽くす。
「お次は、これだ」
次に映し出されたのは……おお……懐かしき皇都リパの街並みであった。
虚像は、大通りに面したどこぞの宿に存在する一室から見た光景のようであるが……。
幸いなことに、先の虚像群とはちがい街を災禍が襲った様子はない。
しかし、道行く人々は、どうして喪に服す格好をしているというのか……?
『はい、現場のルジャカです』
と、虚像の中に一人の青年が映し出される。
ルジャカと名乗った青年は、先端に奇妙な玉のついた短杖を手にしながら、淡々とこの光景について解説し出す。
実に……恐るべき内容を。
『こちら、皇都リパの市民たちは現在、先日お隠れになられたユリウス・ボルト・ファイン殿下の喪に服されています……。
店という店は閉められ、道行く人々からも悲嘆的な言葉が漏れ聞こえますね。
皇国の新たな柱となり、数多い皇族をまとめ上げつつあったユリウス殿下……。
彼を失い、この国はこれからどうなってしまうのでしょうか?』
それきり、映し出されていた虚像がかき消えた。
「おお……!?」
カケラほども悲しみを感じさせない声音で、アスル王が天を仰ぎながら顔を押さえてみせる。
「各地の大規模拠点は破壊し尽くされ、おまけに野心溢れる皇族たちを抑えていたユリウス殿下はお隠れになられた!
なんということだ! 皇国は戦国時代に突入してしまったゾ!」
とても楽しそうな声が、謁見の間に響き渡った……。




