商談 前編
深皿の中では、土地の海産物を皇国伝統の調理法で仕上げた料理――魚介の岩塩煮が、ほくほくと湯気を立てており……。
その隣へ置かれた皿の上には、これも伝統的な手法で焼き上げられたパンが――乗せられていなかった。
代わりによそわれているのは、一粒一粒が真珠のごとき輝きを誇る炊き立ての穀物――コメである。
――コメ。
滅ぼした獣人国における主要な農作物であり、皇国の占領地政策にのっとり根絶させられた作物だ。
それが今……自分の昼食として供されている。
「……ふざけた話だ」
ノウミ奪還軍における敗戦の将――ギルモア・オーベルクは、殺気すらただよう眼差しを眼前の皿に注ぎながら、そうつぶやいた。
場所は、ノイテビルク城に存在する将校用の食堂である。
食堂と言っても、ここを利用するのは由緒正しい家柄の者たちであり、内装も何もかも、本国で一流と称される料理屋と比べてもそん色ない。
わざわざ本国から取り寄せられた調度品の数々や、このためだけに連れてきた弦楽器奏者の奏でる音色は、利用者の心に安らぎをもたらすはずであったが……。
今、ギルモアが抱いている怒りを鎮めるには、いささか力不足であった。
「まったくもって、ですな……」
「ギルモア殿がお怒りになられるのは、当然のこと……」
「ワム様も、果たして何を考えておられるのか……」
まして、席を同じくした者たち――ギルモアと同様、将来を嘱望されている若手将校たちが口々に同意を示すのだから、なおのことである。
「この、コメ……」
ギルモアは匙を用い、つやりと輝くそれを持ち上げてみせた。
「麦が不足し、こんなものを買わねばならなくなったのも、元はと言えばあのアスルなる男がフウリンカを用い、我らの兵站をズタズタにしたせい……!
そこへ、いけしゃあしゃあと売りつける提案をする方もする方であるが、買う方も買う方だ。
果たして、ワム様はいかにお考えなのか……!」
腹は減っているが、自分の経歴に特大の傷を付けた者から仕入れたそれを口にする気は、どうしても起きず……。
ただ匙を睨み据えていると、取り巻きの一人がぼそりとつぶやく。
「もしやとは思うが……。
ワム様は、正統ロンバルドとの和議を考えておられるのではないか?」
「和議だと? ありえぬ!」
それを聞いた別の者が、食卓に拳を叩きつける。
「あのふざけた男が提案しているのは、この元獣人国地方からの全面撤退であるという……。
そのような案、呑めるはずがない!」
「そうとも! 我らファイン皇国が、この地に対してどれだけの人と金を投じてきたか分かっているのか!?」
「そもそも、元姫を嫁にしたのだかなんだか知らぬが、ここは我らが正統な戦で手にした地!
それを愚劣極まりない手段でかき回しておいて、手を引けなどとは片腹痛い!」
怒りに燃える若手将校たちであるが、懸念を口にした当の本人は至って冷静であった。
「無論、ありえない話ではあると思う……。
思うが、しかし、現実問題として、フウリンカなる賊共……ひいてはそやつらからブラスターなる武器を供給された民草を相手にするのは、極めて困難だ」
将校の視線が、ギルモアに注がれる。
この中で、それを最も理解しているのは他ならぬギルモアであり……。
「まあ、な……」
その言葉には、うなずく他に術がなかった。
「相手にするが難しき場合は、和睦するのが常道……。
無論、相手のばかげた要求をそのまま呑む必要はないし、向こうもまさか通るとは思っていないだろう……。
ゆえに、交渉と調整は必要になるだろうがな……」
「その第一段階が、このコメであると?」
コメが乗せられたままの匙を掲げながら、ギルモアはふんと鼻を鳴らす。
「本当に我らと和議を結びたいならば、このような獣人の食い物ではなく、超古代の遺物から得られたという品……。
それこそ、あのブラスターでも寄越して欲しいものだな」
そう吐き出すと同時に、匙を置く。
結局、この食事において……。
ギルモアがコメを口にすることは、ただの一度もなかった。
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現在、正統ロンバルドの王アスルとその一行は、『フクリュウ』なる奇怪な船舶を用いて港に逗留中であり、連日に渡って登城しては様々な交渉を申し込んできていた。
交渉の内容は、話をするまでもなく拒否したものや、先日行われた食糧の買い付けなど多岐に渡るが……。
皇国側の主だった者たちを集めての会談は、初回に続いてこれが二度目のことである。
これは、アスル王たっての願い入れであり、誰が見てもなんらかの思惑あってのことと見抜けるものであったが……。
――面白い! あえて乗ってやろうではないか!
……若き女総督のひと言によって、実現の運びとなったのだ。
この会談には、当然ながらギルモアも参加することとなったが……。
「なんだ、あの奇天烈な装束は……?」
「ロンバルドの品、ではないよな……?」
「一体、どのような布を使っているのだ……?」
自身は加わらないまでも、周囲で交わされる小声のやり取りには心中うなずかざるを得なかった。
今回、アスル一行が着用してきた装束……。
それは、これまでのような獣人国の伝統にのっとったものではない。
使われている布地は不思議な光沢があり、既存のあらゆるものとも異なる品であると一目で分かる。
それが、人の手によるものとは思えないほど緻密な縫製で、皇国の軍服にも通じる趣の制服に仕立て上げられているのだ。
「どうやら、我々の格好で驚かせてしまったらしい!」
謁見の間……その中央で玉座を降りたワムと対峙するアスル王が、舞台役者のごとき大仰な身振りでそう叫ぶ。
「しかし、それも無理なきこと……。
人の手では到底生み出せぬこの逸品は、超古代から得られた技術で生み出したものなのだから!」
「ほう! それは面白いものを見せてもらった!
それで、此度はどのようなご用向きか!?
――まさか、その服を見せびらかすために皆を集めたわけでもあるまい!?」
どうにも劇場型の演出を好むらしいアスル王に合わせ、ワムもまた役者のごとき振る舞いを交えながらそう尋ねる。
アスル王はその問いに、にやりと笑ってみせると……。
一団の最後尾に立つサムライへと、目くばせしてみせた。
そのサムライは、ツヅラと呼ばれる獣人国伝統の蓋つきカゴを抱えており……。
主の命に応じ、ワムの眼前へ出てひざまずくと、うやうやしくそれを差し出してみせる。
「今回、皆様方に集まってもらった理由……。
それは、我々から総督殿への贈り物を見てもらうためだ!
……今、我々が着用している制服と同じ、超古代の技術を使った贈り物を、な」
「……ほう?」
アスル王の言葉に、ワムが興味深げな笑みを浮かべてみせた。
そして、傍らへ立つダーク種のエルフへ任せることもせず、自らツヅラの蓋を開いてみせる!
「――何っ!?」
「――あれはっ!?」
「――まさかっ!?」
今度ばかりは、ギルモアもざわめきの中へと混じることになった。
しかし、それも当然のことだろう……。
ツヅラの中へ、厳重に収められていた物……。
それは、フウリンカなる賊が用い、獣人たちの間へ密かに流している武器――ブラスターライフルだったからである。




