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ユリウス・ボルト・ファイン

 ――裏通りの、一本一本に至るまで。


 街の中は、あらゆる場所が石畳で舗装されており、これまで見てきた様々な都市と比べれば、隔絶したものを感じる。


 ちがうのは、道行く人々もまた同じ……。

 彼ら彼女らが身にまとう衣服には、いずれもツギハギといったものが見当たらないのだ。

 服というものは、一つの財産……。

 そのような常識は、どうやらここでは当てはまらないようである。


 どころか、特に若年(じゃくねん)層の者たちは上着から靴に至るまで、自己のこだわりを持って選び抜いているようであり……。

 これは他国においては、相応の裕福さを持つ者にしかできない楽しみであった。


 何よりこの街には、自分が生まれ育ったようなスラムが……貧者たちの巣窟が存在しない。


 何もかもが、規格外の豊かさ……。

 それが、ファイン皇国の皇都リパを見て回って上での感想であった。


 だが、この豊かさは……他者から奪った上で成り立っているものだ。

 ラトラ獣人国やミネラ鉱人国など、ファイン皇国が侵略し収奪の限りを尽くした国々の犠牲があって、初めて成立するものなのである。


 人によっては、これを醜いと感じるかもしれない。

 しかし、自分自身はそうと感じず、驚くほど冷めた心でこれを受け取っていた。

 それは、携帯端末を通じて街中の映像などを受け取った彼の主も同じ……。


 ――指導者にとって、何よりも重視せねばならぬのは自国の繁栄を置いて他にない。


 ――それをがむしゃらに成し遂げたファイン皇帝の手腕は、やはり評価されるべきものであると思う。


 同感である。

 どのような美辞麗句を並べ立てようとも、しょせん、この世は奪い合いであり蹴落とし合いだ。


 容赦なく奪い、蹴落とすことでこれだけの豊かさを得た皇国のあり方は、国家としていっそ健全であるとさえ言えた。


 リパの中央広場を見据える大鐘楼(しょうろう)……。

 その最上階へ人知れず潜り込み、時を待ちながらそんなことを考える。

 腕の中には、運命的な出会いを果たした相棒――ブラスターライフル。

 しかもこれは、他の者が使っているのとちがい銃身が長く、より長距離での狙撃に適した仕様となっていた。


 これを――肩に担ぎ上げる。

 誰から教わったわけでもなく、自分自身が独自に生み出した構えだ。

 この構えだと通常のサイドスコープでは覗き見ることができないため、延長部品を取り付け改造してあった。

 これを見た時、周囲の者たちは「なんの意味が?」「撃ちづらいだけでは?」と、口々に疑問を呈したものである。


 呈したが、実際に百発百中の成績を出すと、一様に押し黙ることとなった。

 余人が同じことをしても、結果を出すことはできまい……。

 これなるは、自分にだけ適合する唯一無二の狙撃法なのだ。


 全ての準備を終え、ひたすらに時を待つ……。

 そういえば、彼の主は最後にこう付け足していた。


 ――だからまあ、俺たちが利を得るために利用したところで、文句を言われる筋合いはないよな。


 まったくもって同感である。


「ちょろいもんだぜ……」


 彼は――辺境伯領一腕の立つ殺し屋は、薄い笑みを浮かべてみせた。




--




 英雄色を好むとはよく言ったもので、ファイン皇帝も数多くの女を愛しており、その結果として、当然ながら数多くの皇子皇女が生まれている。

 その数……実に百人以上。


 そうなってくると問題になるのが後継者争いであり、病に伏せっている現皇帝がいまだそれを指名していないこともあり、子供たちの争いは文字通り血で血を洗うものとなっていた。

 とはいえ、長きに渡りそれが続けばある程度の派閥整理も済んでくるというもので、現在、最も皇帝に近いと称されているのが長男ユリウス・ボルト・ファイン皇子である。


 彼がそれだけの地固めを済ませられたのは、先んじて生まれたという利もあるが、何よりも本人の能力こそ最も大きいだろう。

 政務をやらせれば、父である皇帝も舌を巻くほどであり……。

 戦場に出れば、その武勲は比類なきものであった。


 実際、病床に伏せる現皇帝に代わって公務のほとんどは彼が担っているのだから、皇帝も正式な発表の機をうかがっているだけであり、暗黙の了解として彼を後継者に任命していると見てよい。


 そのようなわけで……。

 中年の域を超え、壮年の域に達しつつある実質的な皇国最高権力者は、今日も今日とて執務室で仕事に追われていた。

 ユリウスほどの男が、こうまで時をかけねばならぬ問題……。

 それは、今年になって大陸を襲った大冷害の補填を置いて他にない。


 補填というのは、要するに従属させた各国や各種族からの収奪を意味するわけであるが、これは何も考えずにただ奪えば良いというものではなかった。

 各地に総督として派遣されているのは、主に彼の血を分けた弟たちであり……。

 これは皇国の民を救うためという名目で、彼らの力を削ぐまたとない機会なのである。

 それとは逆に、自分へ恭順する者に対しては極限まで負担が少なくなるよう配慮もしていた。


 まさに、暗闘という言葉こそがふさわしい。

 事実上、皇帝位を巡る争いには決着がついているものの、権力を求めての闘争に終わりなど訪れないのだ。


「ふむ……やはり、元獣人国地方からの輸送が滞っているようだな」


 報告書に目を通しながら、自分の考えをまとめるためにあえてそう口に出す。


「もしやとは思いますが、ワム殿下はこの機に乗じようと考えているのでは……?」


「はっはは」


 すかさず副官が告げた危惧の言葉を、しかし、鼻で笑い飛ばした。


「確かに、やつは大した()()だ。

 女の身でありながら、弟たちよりもよほど見込みがある。

 元獣人国地方という、重要ではあれど遠方の土地を任せている辺りにも、私の評価が表れている」


 ユリウスは基本的に、自分へ忠実な者たちを本土から近くの土地へ総督として任じ、そうでない者を遠隔地へ派遣している。

 しかし、皇国が待望していた海を有する元獣人国地方となると、話はいささかややこしい。


 重要性を考えれば、忠実にして有能な者を派遣するべきであるが……。

 そういった者たちを配するには、いささか距離がありすぎる。

 苦悩の末に、皇女でありながら異例の抜擢(ばってき)をしたのが、ワム・ノイテビルク・ファインであるのだ。


「しかし、だからこそ軽率に動くような真似はすまいよ。

 まあ、どのような理由があるのか……。

 繋ぎを欠かすような女ではないから、近い内に判明するだろうさ」


 そこまで告げると、席を立つ。


「いずこへ?」


「いつもの休憩だ。

 気分転換に、街を眺めてくる」


 それだけを告げ、執務室を出る。

 部屋を出ると同時に、護衛の魔法騎士二名がすぐさま追従してきた。

 権力者の常としてそれを空気のように受け入れつつ、城内に存在する尖塔(せんとう)を目指す。

 最近は武芸を磨く時間を削らざるを得なくなっていることもあり、階段を上るのは良い運動となった。


 そして、頂上に存在する窓から王都の街並みを見渡す。

 これは、ユリウスが最も楽しみにしている日課である。

 徐々に徐々に……発展し豊かになっていく街並みを眺めるのは、無類の喜びであった。

 そのような心境に至ったのは、我が子が成人し、すでに己が手を離れつつあるのも大きいだろう。


 ――いっそ、犬でも飼ってみようか?


 ふと思い浮かんだ庶民的な考えに苦笑しつつ、大鐘楼(だいしょうろう)に目をやる。

 彼がその光を捉えたのは、あるいは王者にのみ宿る運命力の働きであるかもしれない。


 しかし、捉えたところでいかほどの意味もない……。

 遥か太古の時代から持ち越されたその光は、王であろうと物乞いであろうと等しく死を与える、破壊の光であるのだから……。




--




 こうして次期皇帝だった男、ユリウス・ボルト・ファインは人生の幕を閉じることとなった。

 死体の眉間には、見たこともない焼けただれた穴が開いていたという……。

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[一言] そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!
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