メテオすぎるオペレーション 前編
遥か天上には、星の光またたく夜空が広がり……。
下を見やれば、分厚い雲の絨毯がどこまでも続いている……。
まるで、黒と白とに世界が切り分けられているような……。
そんな光景の中を突き進むのは、なんとも無機質で、武骨で、どこまでも機能性を追求した飛行機械である。
――甲虫型飛翔機。
通常は甲虫にも似た形状をした機体に、搭乗者がむき出しでまたがり操縦する『マミヤ』製の乗り物であるが、本機に関してはいささか様相が異なった。
超高空の環境に対応するため、パイロット・シートは角ばった形状のカバーで覆われており……。
尾部には、機体そのものにも匹敵する大きさのカーゴ・ユニットを装着しているのだ。
これらは、単独での高空長距離輸送に対応するための装備である。
しかも、わざわざ雲海の上を飛行しているのだから、本機が請け負った任務は秘密裏のものであることがうかがえた。
果たして、カーゴ・ユニットの中に収められているのは、どのような代物であるのか……。
いや、何者であるのか……。
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――ドワーフ。
常人のおよそ半分程度しかない背丈が特徴的な種族である。
しかしながら、彼らをチビ助と思いあなどってはならない……。
矮躯に見合わぬ怪力は、自身の倍ほどもある大岩を担ぎ上げるほどのものであり……。
しかも、闇の中でさえ見通せる強力な暗視能力と、有毒性の気体にある程度は耐えられる解毒能力すら有しているのだ。
ミネラ鉱人国は、そんなドワーフたちによって構成された国家であり、国土の実に八割以上を山岳地帯に覆われている国だ。
いや、国であった、というのが正解か……。
侵略政策を推し進めていたファイン皇国は、この国に対しても容赦なく襲いかかり……。
山岳という地の利を活かして善戦したものの、圧倒的な物量を前にドワーフ戦士たちはあえなく破れ、他の国々同様従属を強いられたのであった。
皇国がドワーフたちに対して、求めたもの……。
それは鉱夫としての働きであり、鍛冶師としての働きである。
このように述べると、それまでの生活となんら変わりはないようにも思えるだろう。
何しろ、ミネラ鉱人国は大陸北部でも有数の鉱脈地帯であり……。
そこから得られた鉱山資源を用い、良質な金属製品を作って輸出するのはかねてよりドワーフたちが生業としていた仕事であるからだ。
ただし、皇国が求めてきた働きは規模が異なる。
何しろ、大陸北方で覇を唱える皇国が必要とする金属製品の、ほぼ全てを賄わせようというのだ。
生産拠点の、一極集中……。
国家規模で見るならば、人や物の移動量を節約でき、しかも、生産効率を極限まで高めることが可能な良策に思える。
だが、何事も言うは易し……。
実際にこれへ従事させられる者は、たまったものではない。
ドワーフたちは、馬車馬に例えるのもはばかられるほどの壮絶な労働を強いられており……。
毎年、多数の者が過労死する有様となっていた。
例年であってさえ、そうなのだ。
大陸北部を……いや、おそらくは大陸全土を冷害が襲った今年の悲惨さときたら……。
満足に食事を取ることもできぬ状況であっても、皇国は決して要求をゆるめたりはしない。
元鉱人国地方のドワーフたちは今、あらゆる意味で限界に達しつつあった……。
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かつての時代、ドワーフたちは各々が棲み処とする鉱山都市でその腕を競い合ったものであるが……。
皇国の支配下に置かれてからは、元鉱人国地方に存在するわずかな平地に築かれた生産拠点へ集められ、大規模な鍛冶仕事を命じられていた。
これもまた、生産と輸送の効率を高めるためであり……。
ひいては、ドワーフたちをより管理しやすくするための施策であった。
そんな生産拠点の一つ……。
かつては国名にも用いられていたミネラ山脈の麓に存在するそこは、元鉱人国地方最大規模のものであり……。
すなわち、最も酷死者と餓死者が多い拠点である。
「今日も、こんだけか……」
水よりはマシな濃度の麦粥を金属器に注がれたドワーフの一人が、ぽつりとそう漏らす。
夜空を見れば、分厚い雲が覆っており……。
ちらちらと、雪が降ってきていた。
なんとも言えず寒い夜であり、いかに屈強なドワーフであろうと、これだけで体温を維持するのは不可能である。
大鍋からこれを配給する皇国兵にじろりと睨まれ、あわてて配給待ちの列から退散した。
適当な場所に座り込み、粥をすする……。
かつての昔……。
ドワーフといえば、年齢を問わずヒゲを生やした老人のごとき姿であるという勘違いが、他種族に横行していたらしい。
そうなった原因は、種族そのものが閉鎖的な気質であったことに加え、他国へ行商などにおもむくのが年老い一線を退いた者たちだったからなのだが……。
今となっては、勘違いと言い切れないかもしれない。
見回せば、どのドワーフも過酷な労働に疲れ切り、実際の何倍もの年輪を重ねたような顔をしてしまっており……。
自分と同じ――皇国の占領後に生まれた若年層であっても、中年の境を越えているかのように錯覚してしまうのだ。
自死を選ぶ潔さや勇気はなく……。
さりとて、明日への希望など抱けるはずもない……。
言うなれば――終末園。
残された時間の全てを、家畜にも劣る労働環境で皇国に捧げられさせ、使い潰される……。
ここは、そういう場所であった。
「はあ……」
配給所から離れた場所の地べたに座り込み、白い息を吐き出す。
「どうした? 坊。
早く食べねば、冷めちまうぞ?」
「爺ちゃん……」
そうしているところに声をかけてきたのは、祖父であった。
ろくに手入れもされていない白ヒゲは、腰どころか膝にまで届くほどであり……。
ややにごりの色がある瞳には、深き理知の光が宿っている。
他種族の者が、ドワーフと言えばと聞かれて思い浮かべるだろう、典型的な姿をした老人なのだ。
「こんなんでも、貴重な食べ物だ。
熱い内に食っちまって、今夜の寒さに備えにゃあな」
自身も粥が注がれた金属器を手にしながら、祖父が隣に座り込む。
「ああ、そうだな……」
返事をして、金属器に口をつける。
そのまましばし、互いに粥をすすった。
「なあ、爺ちゃん……」
「なんだ?」
「俺たちに、明日はあるのかな?」
雪の舞う夜空を見上げれば、分厚い雲が覆っており……。
自分たちの未来、そのものにも思える。
「あるさ」
だが、祖父はそんな考えを寸分の間も置かずに否定してみせた。
「最後の最後、ギリギリまでがんばり、踏ん張り抜けば必ず未来は開かれる。
お前の父親が、戦へ出立する前に言い残した言葉だ」
「父ちゃんが?」
「そうとも。
……あいつはそれで死んじまったが、お前はドワーフ戦士の息子としてその魂を受け継がねばならん。
だから、二度とそんなことを口にするな」
優しくも厳しい、祖父の言葉……。
それに思わず息を呑むが、でもという言葉を口にしてしまう。
「でもよう……。
もう、俺たち全員ギリギリまでがんばってるし、踏ん張り抜いているよ……」
「だったら、どうだと言うんだ?」
その言葉に思い浮かんだのは、夢想だ。
過酷な労働の中で、半ば現実逃避のように抱いている妄想……。
「超人が、欲しい……。
皇国の連中を、のきなみやっつけてくれるような、そんな超人が……」
そんな、かなわぬ願いを口にした瞬間である。
――ズズン!
という音と共に、天から何かが……おびただしい量の土くれを巻き上げつつ降り立ったのだ。




