皇国の意思、ワムの意思
ラトラの都を貫く通りにおいて、列を成した獣人たちが肩に担ぐそれは、およそ成人男性一人分ほどの重さであったが……。
誰もが重みを感じていない様子であり、それどころか、その重みと肌触りを再び得られたことに喜びを感じているかのようであった。
野次馬となって見物しているのは、厳選なる抽選の結果、この労働を得る機会に恵まれなかった者たちであり、実にうらやましそうな表情である。
しかし、それも当然のことであろう……。
アスル王が臨時雇用する許可を得て、『フクリュウ』からの荷運びに従事させている獣人たち……。
彼らが担いでいる物はといえば、これは米俵であった。
この元獣人国地方において、見かけなくなって久しい……そして、獣人たちの魂が求めている品である。
『フクリュウ』から搬出され、今ノイテビルク城に運び込まれている米俵の数はぴたりと百俵。
正統ロンバルドからファイン皇国へ贈られる、美物である。
特筆すべきは、この労働へ従事した獣人たちへの報酬だ。
――一人につき、米一斗と味噌一升!
……これが、アスル王の提示した報酬である。
『フクリュウ』から放たれた光が、都の上空そのものを帆布として描いた虚像の中で、「何しろこの地の通貨を持ち合わせていないものでな」と、冗談めかして語った王であるが……。
それが、獣人たちにとって何よりの報酬であることは語るまでもない。
今年の冷害により困窮している今、上質な食糧は金貨と同等の価値があり……。
まして、皇国の占領政策によって失われて久しい米と味噌が報酬というのであれば、熱狂した獣人たちが朝一番に港へ押しかけるのは当然のことであった。
太っ腹であるのは、抽選から漏れた者たちにも残念賞としてモチが振る舞われたことであろう。
『フクリュウ』の存在そのものや、上空に描いた巨大な虚像にはド肝を抜かれた獣人たちであったが……。
名高い侍大将バンホーが常に先頭で指揮を執っていたこともあり、今や、アスル王が正統ロンバルドなる国の王であることと、生き残っていた獣人国の姫君を妻として迎えたことを事実として受け入れつつあった……。
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「えー、それでは……。
記念すべき初の外貨獲得を祝して!
カンパーイ!」
正統ロンバルドの王都ビルク……。
そこに最近、建設を進めつつあるビル前の広場で、コップを打ち鳴らす音が響いた。
ここは将来、行政の中心地となる場所である。
最初は伝統的な城を建設する案も出たが、それは俺が却下した。
これから、俺たちが普及させていくことになる『マミヤ』製の兵器……。
それらに対し、城というものがいかに無力であるかはノウミ城の制圧戦で実証済みだからである。
だったら、機能性と快適さを重視しようということになったのだ。
とはいえ、ここが実際に機能するのは相当先の話である。
雇用した職人たちが、まだまだ『マミヤ』から得られた機材や技術に不慣れということもあり……。
基礎工事も半ば、広場は剥き出しの土という状態だからな。
かように残念なロケーションではあるが、並べられたテーブルの上にはウルカたちが腕を振るった心づくしのご馳走が並んでおり、集まった人間たちがめいめいにそれを楽しんでいた。
にわかな立食パーティーの目的は、俺が口にした通り初の外貨獲得を祝うというものである。
親愛なる女総督殿と、初の会談をしてからはや数日……。
最大の目的である皇国軍全面撤退に関する交渉は当然ながら一ミリも進んでいないが、副次的な成果を得ることはかなっていた。
すなわち、余剰食糧の輸出。
相手方の兵站を乱しているのは俺なので、自分で火をつけて自分で消火するかのごとき行為ではあるが、とにもかくにも売りつけ成功である。
まあ、そもそも論として、風林火の暗躍がなくても向こうは食糧そのものが不足していたわけであるし、ワム女史の好奇心に助けられたという一面もあるな。
それにしても、外貨獲得かあ……。
じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
今現在、我が正統ロンバルドはあの手この手でごまかして内需を生み出し、経済を回しているわけであるが、そんなものはしょせん小手先の技に過ぎない。
やはり、金というのはあるところから引っ張り出してくるのが基本なわけで、それが小規模なりとも成功し、まずはひと安心である。
「マスター、お疲れ様です」
料理を盛りつけた紙皿と、酒の入ったプラコップを手にし……。
今日も発光型情報処理頭髪を派手に輝かせながら、イヴがそう声をかけてきた。
「おう、ありがとさん」
彼女から料理と酒を受け取りながら、ふと思う。
なんか、イヴのことすっげー久しぶりに見たような気がする……。
おかしいな? 毎日会ってるのに……。
いや、それを言うなら、なんか俺自身も魂の質量が減じているというか、存在感そのものが希薄になっているような……?
なんだかよく分からないが、少しばかり天の采配にケチをつけたい気分である。
そんな考えを振り捨て、イヴに向き合う。
「と、言っても今回の話をメタル越しにまとめ上げてくれたのはソアンさんだけどな。
モチはモチ屋……。
持つべきものは、頼れる兄弟子だ」
そう……。
メタルアスルを使って交渉の場に立ち、この話をまとめ上げてくれたのは他ならぬソアンさんであった。
さすがは、辺境伯領が誇る納屋衆筆頭といったところか……。
向こうのトップが決断力に優れていた点を加味しても、これだけの速さで決着をつけられるのは彼以外にいまい。
「それにしても、意外なことです」
「意外って、何がだ?」
「ソアン様は、皇国との交易に乗り気ではないようでしたから」
「ああ……」
そう言われて、思い出す。
思えば、獣人国を救うための会議をした時にも、ソアンさんは皇国との関わりそのものを持つべきではないというスタンスだった。
彼は立場上、かの国に関する情報を俺たち以上に耳へ入れており、それらを総合的に考えての判断である。
だから、イヴが疑問に思うのも当然だが……それに対する答えは、簡単だ。
「まあ、今回というか、今現在俺たちが相手にしているのはファイン皇国ではなく、ワム・ノイテビルク・ファインという個人だからな。
何しろ、向こうは電話もメールもない。
当然、本国へ報告は送っているだろうが……どのくらいかかるかな? どれだけがんばっても、一ヶ月以上はかかると思う。
ファイン本国は、俺たちと交渉するどころか、正統ロンバルドの存在そのものすら知らないわけだ」
「ですが、ワム女史はファインの姫であり、獣人国の総督を務める人物です。
その判断は、皇国の判断と捉えてもよいのでは?」
「そうでもないんだな、これが」
米を使って作った酒をちびりと舐めつつ、俺は笑みを浮かべてみせた。
「賭けてもいいが、あの女の判断はどれもこれも独断さ。
まず間違いなく、ファイン本国とは……父親である皇帝とは考え方が食い違っているはずだ」
そして続けて、こう言い放ったのである。
「何しろ、あの女……俺と同じ匂いを感じる。
実を言うと、当初の策がご破算になって困っていたが、糸口を掴んだ気分だ」
そんな感じで悦に入る俺であるが、ふと、イヴがじっと見つめてきていることに気づく。
「ん? どうした?」
「マスター、敵対している相手とはいえ、お間抜けお笑いキャラ扱いするのはどうかと思います」
「お間抜けお笑いキャラじゃないやい!」
お前、俺のことなんだと思ってたの?




