対面
都中の獣人たちが通りに押しかけ、人垣となりて中央を行く一団を見守る……。
これなる光景は、一見すればいくらか前……ギルモア・オーベルク率いる奪還軍が、命からがら帰還した時と同様のものに思えた。
しかし、あの時と今回とでは、大きく異なる点がある……。
「あれは……! バンホー様だ! 侍大将が帰還なされたのだ!」
「ああ! ああ! あたしもあの方の顔は知ってるよ!
――ほら、坊や! よく見な!
あの方が、あんたに名前を付けて下さったお侍様なんだよ!」
「やっぱり、噂で聞いてた勇者たちっていうのは生き残ったお侍様たちだったんだ!」
……集った獣人たちが歓声を上げ、熱狂と共にこれを迎えている点であった。
彼らが湧き立つのも、当然のことであっただろう……。
魔法騎士たちに先導され、通りを行く正統ロンバルドなる集団……。
最後尾の者が掲げる旗こそ、ラトラ獣人国のそれではなく、黒十字の紋章であったが……。
肩衣に平袴、そして腰に下げた大小という出で立ちは、失われて久しい武士のそれである。
しかも、一団の先頭に立つ侍こそは、その名も高きかつての侍大将――バンホーなのだ。
彼の顔を知る者がそれを指摘し、最強の武士が帰還したことを喜べば、周囲の者たちもそれに乗っかってはしゃぎ出す……。
ラトラの都は今、人々が発生させた騒音の坩堝となっており……まるで、かつての時代に行われたお祭り騒ぎのごときであった。
「でもよう、お侍様方に守られている中央の人間……。
あれは一体、誰なんだ?」
「いや、俺っちにそんなこと聞かれても……」
「バンホー様方が守ってるんだから、ファインやレイドみたいな国の人間じゃねえよな……?」
「ああ……。
ところで、あの服って確か、うちの王様が着てたようなやつだろ?
なんで、普通の人間がそれ着てるんだ?」
そんな騒ぎの中……。
獣人たちが指さしては首をかしげているのが、一団の中心で侍たちに守られている――人間の青年である。
年頃は、二十代の半ばといったところだろうか……。
整ってはいるが、どこか親しみの持てる顔立ちをしていた。
特徴的なのは、その服装……。
――束帯。
漆黒に染め上げられたその装束は、かつての時代……獣人国王族のみに許された品だったはずだ。
整えた黒髪の上には烏帽子も被った完全装備であったが、その足取りからは、この装束を着慣れていないことがうかがえる。
「分からねえ……分からねえ、けど」
誰かが、かぶりを振りながら己の気持ちを絞り出す。
「きっと、俺たちを……獣人国を救うために現れた御仁にちがいねえ!」
それは、どこまでも楽観的な……そして都合の良い希望に満ちた観測。
しかし、この通りに参じた全獣人が心に抱いた願いでもあった。
--
――趣味の悪い城だ。
わざわざ獣人国時代の城――すなわちウルカ生誕の場所――を焼き払い、新たに建設された城、ノイテビルク城……。
そこに一歩踏み入れるなり、俺はそのような感想を抱いた。
ここへ来るまでに見た、都の光景……。
隷属を強いられている関係上、当然ながらどこかすすけた……貧しさを感じる部分はあったが……。
その街並みは、独自の歴史と文化を感じさせる、調和の取れたものであった。
しかして、この城はどうか。
なるほど、白亜のそれは大層に立派であり、皇国の力というものを否が応でも感じさせる。
しかし、それ以上に強調されているのが……かの国の傲慢さだ。
総石造りの城は、木と紙で構成された都の建物と比べると浮きに浮いており……まるで、『マミヤ』の空間プロジェクター技術を使ったコラージュのようである。
メタルアスルを介し、疑似的にこの空気へ触れている俺でさえ、これほどの嫌悪感を抱くのだ。
周囲を守ってくれているバンホーたちの心中たるや、いかばかりか……。
普段のライフルやアーマー、フライトユニットといった装備は『フクリュウ』へ置き去りにし、サムライとしての正式な装束に身を包んだ六人のサムライをちらりと見やる。
皆が皆、口を固く引き結び表情を殺しており……。
胸にたぎる激情を押し殺していることが、うかがい知れた。
ちなみに、いつもの七人ではなく六人なのは、万が一の時を考え、エルフ女性と結婚している彼のみ『フクリュウ』に待機させているからである。
その彼にも、メタルアスルが撮影した映像はリアルタイムで中継されているので、潜水艦内で同じようにしているのだろうな。
そのまた余談となるが、タスケたち現地組を連れて来ていないのは、あくまでも正統ロンバルドとして訪れているのと、彼らには現在進行形で破壊工作を命じているからである。
「――こちらへ」
皇国が誇る魔法騎士らに先導されながら、悪趣味な城の中を歩む。
周囲には、赤い軍服へ身を包んだ者たちが、順路を示すようにずらりと居並んでいた。
こうして数で威圧するのは、それだけこちらを危険視しているからか、はたまた単なる権威主義なのか……。
とはいえ、俺は腐っても王子様であるし、バンホーたちは歴戦の勇士だ。
そんなものには物怖じせず、つかつかと城内を歩む。
城というものは、時に敵襲を警戒して無駄に複雑な造りをしているものであるが……。
これも強者としての驕りか、ノイテビルク城にそのような仕掛けは存在せず、実にあっさりと謁見の間へたどり着くことができた。
騎士たちが開いた大扉をくぐり、これだけで幾人もの庶民を生涯食わせられる値がつくだろう、真っ赤な絨毯が敷かれた広間を進む。
途中で隊列を入れ替え、俺自らが先頭となる形で広間の中ほどに立ち止まった。
そして、数段上の位置から玉座に腰かける人物を見やる。
敵対している相手に、こんな言葉を使うのはどうかと思うが……。
美しい――女である。
後頭部でまとめられた白金の髪はそれだけで生まれの高貴さを感じさせ、顔立ちもまた、気高さという概念を女性の形へ押し込めたかのようだ。
身にまとった赤い軍服は魔法騎士の資格を示すものであったが、他の者らに比べると明らかに装飾が多く、別格の存在であることを直感させる。
脚を組み、玉座に座っているだけだというのにスキがうかがえないのを見ると、その軍服を得られたのは血筋によるものだけではあるまい……。
――ワム・ノイテビルク・ファイン。
……この地を治める、女総督だ。
その傍らには、一人の女魔法騎士が控えているのだが……。
特徴的なのは、彼女がエルフであることだろう。
ただし、エンテたちとは異なり、肌は小麦色だし、髪は銀に輝いている。
その辺りは、住んでいる地方の種族差なのだろうか?
全身へ漂わせる殺気じみた威圧感といい、見ただけで心の弱い者ならば射殺せそうなほど鋭い双眸といい……。
なんとも近づきがたい雰囲気の女であり、こちらもまた、相当の使い手であることがうかがえる。
さしずめ、ワムの腹心といったところであろう。
差別主義者の多い皇国において、異種族をその位置に据えているのは少々意外だがな。
互いが互いを観察するには、十分な間を置いた後……。
「父たる皇帝陛下よりこの地を預かりし、ワム・ノイテビルク・ファインである!
異国の者たちよ、まずは名乗るがよい!」
玉座に座したワムが、朗々と響き渡る声でそう告げる。
だが、俺はにやりと笑いながらこう返した。
「まずは、その尻を上げられよ!
我が名はアスル・ロンバルド!
ウルカ姫の夫にして、正統ロンバルドの王である!」




