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黒船来襲

 今より昔……ファイン皇国がラトラ獣人国に攻め入ったのは、海に隣接する領土を得るためであった。

 そして、現在……海上交易に関してはこれまでの侵略行動が祟り、目立った成果を出せずにいたが、その分、力を入れられているのが漁業である。


 特に今年は、かつてない規模の冷害により農作物が壊滅状態だったこともあり……。

 総督であるワム主導の(もと)、簡易な釣り船が量産され、少しでも釣りの心得がある獣人たちはこれに乗船することを要請されていた。

 破格であったのは、その待遇。


 ――五公五民。


 ……である。

 これはすなわち、釣果の半分を実際に作業へ従事した者が得ても良いと、認めたことを意味する。

 今までの占領地政策から考えれば、信じられぬ割り合いだ。


 従来の政策に則るならば、これは九公一民か、あるいは公の総取りというのが相場であり、海辺に住まう獣人たちはこれに飛びついた。

 結果、元獣人国地方で最大規模の漁港を持つラトラの都港湾部においては、獣人国時代でも考えられぬほど大量の釣り船が行き交う光景が見られるようになったのである。


 獣人たちは、知る(よし)もないことであるが……。

 これなる政策は、若き女総督の独断だ。

 当然ながら、会議に参加した幕僚(ばくりょう)たちは猛反発したが……。


 ――海の仕事に関しては、元よりこの地へ暮らしていた獣人たちの力が必須!


 ――そこへろくな報酬も与えぬことで、手を抜いた仕事をされては本末転倒ではないか!


 こう一括することで、押し切ったのである。

 結果、この政策は当たった。

 無論、水産資源と言えど冷害による影響を受けぬわけではなかったが……。

 それでも、冷害によって悪化した食糧事情を多少なりとも軽減する効果が見られたのだ。


 とはいえ、このような事をするから、内輪からの引きずり落としを警戒せねばならぬわけであり……。

 麗しき女総督の苦労が、しのばれる逸話と言えよう。


 さて、そのような事情により、いよいよ身を切り裂くような寒さを伴う海風が吹く中……。

 今日も今日とて、木の葉のごとき()()()な釣り船の群れが、釣果を求めて港湾部に浮かんでいた。

 これまでの季節に比べると、特に近海での獲物が限られてくるのが冬時分の釣りであるが……。

 誰もが、腹を満たすため集中して釣り糸を垂らしていたものだ。


 異変が起きたのは、ちょうど、太陽が中天に達した頃である。

 ゴボゴボと……無数の気泡が、海中から浮き出てきたかと思うと。

 突如として海面が盛り上がり、簡易な造りをした釣り船たちはそれに押し流される形となったのである。


 幸いにして、転覆する船が出なかったのは、まるでそうなるよう加減したからのようであった。


「――な、なんだ!?」


「――海の底から何か出てくるぞ!?」


「――クジラか!? それとも魔物か!?」


 慌てて釣り竿をしまい、船にすがりつく獣人たちがそう口にしたのも無理はあるまい……。

 海中から、徐々に徐々に……せり上がってきたモノ……。

 それは、獣人たちの誰も見たことがないほど巨大な存在であった。


「い、いや……生き物じゃないぞ!

 全部が鉄で出来てやがる!」


 獣人の一人がそう叫んだ通り、それは生物ではなかった。

 全長は実に八十メートルほど、横幅は九メートルほどもあるだろうか……。

 いかにも海中での抵抗が少なそうな流線形をしており、その全てが漆黒の金属によって構成されている。


「船……なのか……?」


 到底、人の手で建造できるものとは思えず……。

 しかして、人造物であることが明らかな巨体を見上げながら、誰かがそうつぶやく……。


 自分たちが乗っている、木の葉のごときそれとは比べ物にならぬ巨大さ……。

 その上、海中から浮上してくるという特異性……。

 それらを加味した上でなお、この建造物からは船舶特有の気配というものを感じ取れたからである。

 そして、その推測は正しいことが証明された。

 他でもない……。


『こちらは正統ロンバルド所属の揚陸潜水艦『フクリュウ』である。

 まずは、諸君らの仕事を邪魔する形になった件について、深く謝罪したい』


 『フクリュウ』を名乗った巨大建造物――センスイカンというらしい――から鳴り響いた、人の声によってである。

 窓や出入り口どころか、継ぎ目一つ見当たらない漆黒の金属に覆われたセンスイカンの内部……。

 おそらくは、そこに座しているのだろう人物が、続けてこう告げた。


『さて、本題であるが……。

 ――本艦は、ラトラの都への寄港を希望するものである!』


 (のち)の歴史にこの出来事は、黒船来襲として記録されることになる……。




--




 知らせを聞きつけ、ラトラの都港湾部に急きょ駆けつけたファイン皇国の兵たち……。

 彼らが目にしたのは、およそこの世のものとは思えない光景であった。


「まるで、小島だな……」


「あの巨大さでは、到底接岸などかなわんぞ……」


 緑の軍服を着たレイド兵たちをあえて制し、一団の先頭に立った赤い軍服の者たち……。

 皇国が誇る魔法騎士たちが、口々にそうつぶやく。


 『フクリュウ』なる奇怪極まりない船は、船体の上半分に当たる部分を海上に露出させており……。

 今は、使いとして派遣された小舟の誘導を受けつつ、港への接岸を目指している。


 ――ついに来たか!


 話を聞いた女総督の電撃的判断による寄港許可であったが、これはしかし……船体があまりにも大きすぎた。

 獣人国時代より漁業が盛んであり、皇国の支配下に置かれてからは、将来的な海上交易を見据えて積極的に整備されてきたラトラの都が誇る港湾部だ。

 最新式の帆船であっても、ここの岸壁(がんぺき)は十分受け入れ可能であったが……これはあまりに、規格外すぎる。


 これではまず、水深が足らぬと見受けられたが……。


「――おおっ!?」


「――浮き上がったぞ!?」


 これを解決したのは、あまりに想像外の力であった。

 船体の下部……海中に浸っているそこから、緑色の光が溢れ出し……ついには、海そのものすら緑に染め上げたかと思うと……。

 『フクリュウ』の船体全てが、浮力を無視して浮かび上がり、足らぬ水深を克服してみせたのである。


「は……はは……」


 魔法騎士の一人が、思わず笑い声を漏らす。

 目の前で繰り広げられる非現実的な光景の数々に言葉すら失い、もはや笑うことしかかなわくなったのだ。


「こんなもの……勝てるわけがない……。

 かなうわけがない……」


 栄光ある魔法騎士の口から漏れ出るなど、あってはならぬ言葉であったが……。

 それは、駆けつけた皇国兵たちのみならず、野次馬として遠巻きに見守る獣人たちですら共通の見解だったのである。

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