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ギルモアの決断

「くそっ……!

 (いくさ)の形か……っ!? これが……っ!?」


 陣幕を張ることで、一応はそれらしき体裁を整えたものの……。

 いまだ撤去の見通しがつかぬガレキや、焼け落ちた城の柱やら何やらが散乱するノウミ城跡地にて、机代わりにしているタルに拳を打ち付けながらギルモア・オーベルクはそう怒鳴り散らした。


 その言葉にびくりと身を震わせたのは、此度(こたび)の軍議に参加した魔法騎士たちである。

 指揮官の怒りが、部下である自分たちに向けられたものではないのは分かっている……。

 しかしながら、この状況で慰めの言葉など出ようはずもなく、若く経験が不足した指揮官の姿にただただ顔を見合わせるしかなかった。


「すでに、ノウミ入りを果たしてから一週間か……!」


 そんな彼らの心中を察する余裕もないのか……。

 タルに叩きつけた拳を震わせながら、半ば独白するようにギルモアはそうつぶやいた。


「糧食の残りはどうなっている!?」


「――はっ!」


 指揮官の問いかけに、兵站を担当する責任者が一歩前へ歩み出る。


「持ち込んだ兵糧の残りは、節約しておよそ一週間分といったところかと……」


 そのまま、手にした羊皮紙を見やりながらスラスラと見解を述べた。


「一週間……!

 つまり、実際の限界はもっと近いということか……っ!」


 ギルモアとて、最高指揮官としてワム直々に任命された俊英(しゅんえい)である。

 怒りの炎を燃やす胸中に残った冷静さで、素早く決断を下す。


「……三日だな。

 あと三日の内に、物資を再徴収する目処が立たなければ、全軍で街中を強行突破し撤退するしかない」


 ノウミを撤退した後、近隣拠点へ移動するまでに消費する食糧……。

 それを考えれば、三日という期限は妥当なところであり、居並んだ魔法騎士たちはただうなずく他になかった。


「本来ならば、とうに下男(げなん)共をかき集め、城の再建に取りかかっているはずだったものを……!

 まさか、このような戦い方を挑んでくるとは……!」


 ギルモアはそこまで言った後、軍議用の仕切りとして用いられている陣幕をちらりとまくり上げる。

 そうして、露わになるノウミ城跡地の光景……。

 それはまさに、敗戦の軍そのものといった有様であった。


 目立つのは、脚やら腕やらに包帯を巻きつけたレイド兵たちの姿……。

 城外を警戒する者たちを除けば、誰もがしゃがみ込み、傷の痛みにうめいている。

 だが、そのような者たちはまだマシなもので……。

 胴に傷を負った者は地面に転がされ、脂汗を流しうわ言をつぶやきながら……ただただ、緩慢(かんまん)な死を待つばかりであった。


 彼らは、物資の再徴収及び下男(げなん)の確保を命じられて街中へ派遣された者たちである。

 だが、彼らを待ち受けていたのは、奇妙な筒から放たれる光の線による攻撃であった。


 時に、物陰から……。

 時に、曲がり角へ待ち伏せる形で……。


 ノウミの町人たちは例の筒を手にし、皇国兵へ襲いかかってきたのである。

 特徴的なのは、襲ってくるのは常に一人からせいぜい三人程度であり……一撃を浴びせた(のち)はさっさと逃げ隠れてしまうことであろう。

 こんな戦い方は、皇国の歴史に……いや、大陸そのものの歴史にも存在すまい。


「建物が立ち並ぶ街中は、迷路のごときもの……。

 せっかくの数も、このような場所では活かせぬ。

 仕方なく分散した我らを、隠れ潜み、散発的に攻撃を行い削っていく……。

 ――これを用いてな」


 陣幕の内に戻り、足元へ転がされていた品を手に取る。

 ごとりとタルの上に置かれたのは、獣人たちが用いている奇妙な筒であった。

 皇国兵とて、ただただやられているばかりではない……。

 時には反撃が成功し、襲ってきた者を返り討ちにすることもあった。

 この筒は、魔法騎士の一人が得た戦利品である。


「それにしても、奇妙な武器だ……。

 素材からして、金属とも木材とも異なる品を用いている……」


 筒の先をなぞりながら、そうつぶやく。

 そして、タルに置かれたままなそれの引き金に手を触れ、引いてみようとするが……。


「そして、せっかく奪ってもどういう理屈か我らでは扱うことができぬ」


 弩弓(どきゅう)のそれによく似た引き金は、にかわで固めたかのようにうんともすんとも言わなかった。


「筒の各部に存在する、様々な部品……。

 それらをどのようにいじってみても、獣人らがそうしているように扱うことはできませぬ」


「果たして、どのような仕組みなのか……」


「そして、これを獣人に持たせれば子供ですら訓練された兵をたやすく殺せるのだから……」


 魔法騎士たちが、口々にそう述べる。


「賊共は、ただこのノウミから去ったわけではなかった……。

 城の物資を町人たちへ配ると共に、自分たちが扱っていたこれらの武器も渡していた……。

 そこへ、我らがまんまとやって来る……。

 あえて、入って来るまでは手を出さず息を潜め……。

 周辺へ兵を出し、数が減ったところで牙を剥く、か……。

 やってくれたものだ」


 ギルモアが口にしたのは、この一週間の総まとめといったところであった。


「今となっては、うかうかと城の跡地から外へ出ることもかなわぬ……。

 まるで、カゴの鳥だな」


 そこまで言い切り、ふっ……と自嘲の笑みを漏らす。


「これなる武器の脅威を見誤っていた……。

 ただ強力な飛び道具であることが、脅威なのではない……。

 手にするだけで、単なる町人が魔法騎士にも匹敵する戦力となる……。

 そのことが、真に脅威なのだ」


「とはいえ、ノウミの町人共に渡った筒の数は五十から百程度と見られます……。

 尋常な戦いであったならば、ひと息に踏みつぶせるものを……!

 それを奴ら、飛んで跳ねて隠れ潜み……!

 ホマレとやらが、聞いて呆れるわ……っ!」


 悔しげにそう吐き出す魔法騎士に、ギルモアはうなずく。

 しかし、同意は示しつつも、次に続いたのはある種敵方を褒め称える言葉であった。


「見誤っていたのは、そこもだな。

 獣人共はおそらく、我らをせん滅しようだとか、拠点を奪い返そうだとかは思っていまい。

 ただ、今やってるように嫌がらせをしたいだけだ。

 物資や下男(げなん)の調達をとことん邪魔し、この筒から放たれる光線で恐怖を与えたいのだ。

 結果、我らは(きゅう)している……。

 いかなる軍も、恐怖と飢えには勝てぬ」


 それは、このノウミ城跡地でうずくまるレイド兵たちを見れば明らかな事実だ。

 ただでさえ、士気の低いレイド兵たちであるが……。

 彼らは今、物陰や死角から突如として放たれる光の線に、心からおびえすくんでいた……。

 これでは、いくら尻を叩いたところで物の役には立たぬ。


「ともかく、先にも述べた通り三日だ」


 決然とした表情と共に、冷静さを取り戻した若き指揮官が魔法騎士たちを見回す。


「周辺へ捜索に出した兵たちも、いまだ連絡がつかぬが……。

 三日の内に帰還せぬようであれば、負傷したレイド人共々見捨て、我らは目抜き通りを突撃する形でノウミから脱出を果たす。

 無論、その間にできる限り街の攻略を試みるが……」


 ――それは、難しいだろう。


 あえて言葉にしなかったギルモアの意思を、魔法騎士たちは正確に汲み取りうなずく。

 そして、三日後……。

 撤退の策は、実行へ移されることになったのである。

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