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ある獣人村の光景

 ノウミの街に残留した兵たちが、予想に反し抵抗らしい抵抗を受けなかったことから少々緩んでいたのに対し……。

 姿を消した賊の探索及び殲滅(せんめつ)の任を与えられ、周辺部の農村に派遣された兵たちは常に緊張へ包まれていた。


 各隊の人数は、それぞれ百ずつ……。

 しかも、手厚いことにその内へ十五人ずつの魔法騎士が割り当てられている。

 これは、元獣人国地方におけるレイド兵と魔法騎士の比率を考えるならば、破格の数であると言えるだろう。


 賊共が手にしていたという、光の線を放つ筒や雷を生み出すという球……。

 それら、伝聞でしか知らない未知の脅威を重く見た司令官ギルモアによる采配である。

 また、各隊にはいざ賊を発見した際、殲滅(せんめつ)が困難であるならばただちに撤退して良い(むね)、固く言い含められていた。


 所在を確定した(のち)、圧倒的な数でこれを押しつぶす……。

 これこそ、ギルモアが導き出した必勝形なのである。


 だから、その農村に足を踏み入れた部隊も、普段の威圧的な振る舞いとは打って変わり、常に誰かが誰かの背後を守れる全周囲警戒態勢でゆるり……ゆるり……と、中央部に位置する広場へ足を運んだのであった。


「不気味なものだな……。

 獣人共、我らが押し寄せてきているというのに、顔を出すことすらしない。

 ここへ来るまでに見かけたいくつかの家も、もぬけの殻だったしな……」


 レイド兵を盾とする形で、隊の中央に陣取る魔法騎士たち……。

 その内の一人が、ぽつりとそのような言葉を漏らした。


「となると、当たりを引いたか?」


「いや、村人の気配も感じられないが、賊の気配というものも感じられないぞ。

 報告によれば、城を襲撃した人数は五十少々であったという……。

 ノウミの人間を吸収していくらか数を増してる可能性も考えると、こんな農村に潜んで一切の痕跡を残さないとは考えられん」


「……だな。

 ここまで見てきた足跡から考えても、住人の人数を上回るとは思えない」


「賊共が一つにまとまっているとは限らないんじゃないか?」


「その場合、かえって好都合だ。

 ここにいる我らだけで、十分に潰せる数へ減っているということになる」


 魔法騎士たちのそんな会話を背で聞きながら、緊張に冷や汗をかくのは周囲を警戒するレイド兵たちだ。

 もし、賊との交戦という事態に陥った場合……。

 彼ら魔法騎士の盾となり、矢面に立たされるのは自分たちなのである。

 ファイン人は非情だ。

 自分たちレイド人が、獣人たちに対しそうであるように……。

 と、その時である……。


「おい、見ろ!」


「あのガキ! あんなところで何をやってやがる!?」


 レイド兵たちが異変に気づき、そちらの方を指差した。

 皇国兵たちが足を踏み入れた広場の、端……。

 どうやら、村の共有財を収める倉へ続いていると思わしきそこで、一人の獣人娘がしゃがみ込んでいたのである。

 年の頃は、十かそこらであろう……。

 キツネの特徴を備えた、獣人であった。

 尾は、帯のごとく腰に巻き付けられており……これは、皇国へ恭順する獣人の姿勢である。


「おい、様子を見て来い」


「……はっ!」


 魔法騎士にうながされ、レイド兵の一人が隊を離れそちらに近づく。


「おい、ガキ!

 貴様、ここで何をしている!?

 他の村人らはどうした!?

 それから、妙な道具を持った連中がここへ来なかったか!?」


 そして、背を向けたまましゃがみ込む娘に怒鳴り立てる形で問いかけた。

 返事は、ない。

 娘はレイド兵に背を向け、しゃがみ込んだままである。

 いや、よくよく見ればこれは、拝んでいるのか……?

 娘が手を合わせる先には、粗末な木の棒が突き立てられていた。


「おい!」


 なおも怒鳴るレイド兵であったが……。


「……ここに、ゴスケ兄ちゃんが眠ってるんだ」


 娘が、ぽつりとつぶやく。


「ああん!? ゴスケだあ!?」


 ようやくにも反応を示した娘であるが、意味の分からないその言葉にレイド兵が眉を寄せる。


「知るか! 聞かれたことを答えやがれ!」


「ちょっと怒りっぽかったけどさ……。

 子供衆の面倒もよく見て、気のいい人だった。

 自慢の兄貴だったよ」


 顔を向けないまま、語られる言葉の数々……。

 淡々としたその声音には、どこか不吉さが宿っていた。

 そして、次の瞬間……腰に回していた尾をぴんと逆立てながら、娘は振り返ったのである。


「――けど、あんたたちに殺された!」


 決然と叫びながら、娘が突き出した物……。

 それは、小娘の手には少々大振りな筒であった。

 筒は、中ほどからやや角度をつけて折れ曲がった形状をしており……。

 その折れ曲がった部分を、手で握れるようになっている。

 そして、人差し指が触れる部分には、弩弓(どきゅう)のそれに酷似した引き金が存在しているのだ。


 伝え聞いた話とは、大きさが異なる……。

 しかし、これはノウミ城を攻め落とした賊が手にしていたという――。


 ――ピュン!


 どこか、気の抜けた音と共に……。

 筒の先端部に開けられた穴から、光の線と呼ぶしかない何かが放たれる。

 そしてそれは、娘へ怒鳴り散らしていたレイド兵の胸を穿(うが)ち、瞬時にその命を断ったのであった。


「――例の武器を持っているぞ!?」


「――捕らえろ!

 ……いや、殺せ!」


 レイド兵がどうと倒れたのを見て……。

 魔法騎士たちが、すぐさま指示を下す。

 そのようにしてレイド兵らをけしかけつつ、自分たちも魔術を使用するべく腰のサーベルを抜き放ったが……。


「――逃げたぞ!」


「――追え! 追え!」


 娘はレイド兵を倒すと同時、すぐさまきびすを返して駆け出していた。

 距離を置き、逃げ回る相手にそうそう当たらないのは弓も魔術も同様であり……。

 前面に押し出したレイド兵が射線を妨げていたこともあって、魔法騎士の放った炎弾はむなしく地面を焼くに留まる。


 そこからは、追いかけっこだ。

 獣人が身体能力に優れるとはいえ、通常、大人の足で子供に追いつくくらいはたやすいことであるが……。

 この娘に関しては、極めて強力な武器を有している。

 それが、時おり振り返っては光線を発射してくるのだからこれはたまらない。


 もとより士気にかけるレイド兵であるから、追う足が鈍くなるのは当然であり……。

 これを盾とする魔法騎士も、同士討ちを恐れて自慢の魔術を有効に使えず、なかなか少女に追いつくことはできなかった。


 そんなことをしている内、今は休耕中の田畑に囲まれたあぜ道へ一行は至ったのだが……。

 田畑の中へ、人一人ほどの大きさにまとめ干されている麦わらの数々……。

 そろそろ秋を終え、冬を迎えようかというこの時期にいまだそれが放置されている不自然さに気づく者は、いなかった。


「――今だ!」


「――かかれ!」


 麦わらの中から叫び声が響くと、それを投げ捨て中から獣人たちが姿を現す。

 獣人たちの装いは、一般的なヒャクショウのそれであったが……。

 手にしているのは、娘が持っていたのをそのまま大きくしたような……伝聞で聞いたのと瓜二つの筒!


「――いかん!」


「――罠だ!」


 気づいたところで、もう遅い。

 あぜ道を進んだ必然として、隊列は縦に長くなっており、魔法騎士の盾となる物は何一つ存在しなかった。

 しかも、これを挟み込む田畑の中に隠れ潜んでいた獣人たちは、見事にこれを挟撃する形となっているのだ。


「まずは赤色からやれ!」


 ――ピュン!


 ――ピュン! ピュン!


 ……と。

 獣人たちの手にした筒から光線が放たれ、不意を打たれた魔法騎士たちが魔術を使えないまま打ち倒される。


 筒を手にした獣人の数は、最初の娘を含め十人いるかどうかであったが……。

 唯一対抗可能な魔法騎士を失ったこの隊に、勝ち目などあるはずもなく……。

 この村に足を踏み入れた皇国兵は、ことごとくが打ち倒されたのであった。


 無念の死を遂げたゴスケなる青年の魂にも、これで安らぎが訪れるにちがいない……。

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