ノウミ奪還軍
緑の軍服に身を包んだ者たちがずらりと列を成し、街道をなかば占拠しながら歩んでいく様は、さながら大蛇のごときであり……。
その後には、赤い軍服の者たちが騎乗し追従している……。
緑に対し赤が占める割合は、せいぜいが五分程度でしかなかったが……。
皇国本土にて鍛え抜かれ、その全てが卓越した剣技と魔術を使いこなす彼ら魔法騎士こそが、この軍における中核である。
そんな、魔法騎士たちの中央……。
ひと際目立つ羽飾り付きの兜を被った騎士――ギルモア・オーベルクは、一種の高揚感に包まれながら手綱を握っていた。
先鋒を務めるレイド人の兵たち……。
そして、それに続く魔法騎士たちを眺めながら、思う。
――ようやく機会が回ってきた!
ギルモアこそは此度のノウミ奪還軍における最高指揮官であり、それはそのまま、ノウミの新たな統治者として任命されたことを意味する。
名門オーベルク家に生まれたギルモアは、今年で25歳……。
男として、いよいよ形になってきた年齢だ。
当然ながら、その胸には燃え上がるような野心が潜んでいた。
潜んでいた、が、この十年……それを叶える機会には恵まれなかったのである。
獣人たちを支配下に治め、念願の海を手に入れたからか……。
はたまた、偉大なる皇帝陛下も寄る年波には勝てず衰えたのか……。
この十年間、皇国は一旦、拡張路線を止めていた。
それはすなわち、手柄を得る機会がなくなったことを意味する。
――この手腕を、発揮する機会さえあれば……!
その一念で務めてきたギルモアにとって、これは降って湧いた……そしてまたとない機会であった。
反乱分子――獣人流に言うならば、イッキを蹴散らし……。
見事、元獣人国地方における要衝たるノウミを治めてみせる……。
これは終着点ではなく、始まりに過ぎない。
――これを足がかりにワムを手に入れる!
――そしてゆくゆくは、私も皇族として台頭するのだ!
ギルモアが夢想するのは、そんな未来である。
若き女総督はいまだ未婚であり、いずれは婿を迎え入れねばならぬのは必定。
年齢的に釣り合いが取れ、また、それだけの手柄を立てたとあれば、ギルモアが第一候補となること間違いないだろう。
情報によれば、賊共は見たこともない武器を扱うというが……。
知っていさえすれば、恐れることはない。
しょせん、ノウミを落とせたのは相次ぐ初見殺しによる奇策であり、これだけの手勢で身構えていればどうとでもなるはずなのだ。
ギルモアにとって、賊共は贄である。
己を更なる高みへ押し上げるための、生贄だ。
しかし、そう考えているのは相手方も同じ……。
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「ふうん……なんとも拍子抜けだな」
ノウミの街から、すでに賊共が立ち去っているというのは報告で聞いていたが……。
実際に、一度も刃を交えることなく全軍が入城を果たしてしまうと、言葉にした通り拍子抜けである。
とはいえ、入城と言っても焼き払われたノウミ城は瓦礫の山となっており……。
ギルモア率いる兵たちは、その跡地へ野営を敷くことになったわけであるが……。
「ギルモア様、いかがいたしましょうか?」
副官の言葉に、間髪を入れず答える。
「まずは、瓦礫の撤去が先決だ!
街の獣人共をかき集め、これに当たらせよ!
そして、各隊は周辺の村々を探索し、賊共の掃討に務めるのだ!
賊共は、奇妙な武器を使うという……。
くれぐれも油断せぬよう、言い含めよ!」
ギルモアの命に従い、廃城で一夜を明かした軍は有機的に動き出す……。
半分ほどは城の復旧作業に当たり、もう半分は賊を相当するべく周辺地域に散って行った……。
それこそが、相手の狙いだったのである。
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かつて、ファイン皇国によって祖国を滅ぼされ……。
今は、市民権欲しさに皇国の尖兵となっているレイド人の兵たち……。
そんな彼らにとって、今回与えられた任務は実に手慣れた代物であった。
その任務とは、すなわち、
――賊がノウミの町人らへ振る舞って行った物資の再徴収。
――及び、下男の確保。
……この二つである。
レイド人にとって、こういった任務はただ手慣れているだけでなく、己の加虐心を満たせる娯楽でもあった。
兵となり、一定の市民権を与えられはしたものの、やはり、生粋のファイン人とレイド人とではあらゆる待遇に格差が生じている。
しょせんは滅ぼされた国の人間でしかないという、どうしようもない劣等感……。
それを晴らすのに、獣人という存在はうってつけであった。
ファイン人が長男であるなら、レイド人は次男であり、獣人たちは末弟に位置する……。
弟というものは、兄に何をされようとも従わねばならないし、また、持ちうる全てを差し出す義務が存在するのだ。
よって、この日……ノウミの街を練り歩くレイド人の兵たちは、実に意気揚々としていたものである。
「獣人共! 喜べ!
焼け落ちた城に収められていた物資の数々……。
貴様らはそれに、いくらか手を付けてしまっただろうが……。
寛大なるギルモア様は、これを許すとおっしゃられた!
しかも! 城の再建という栄誉ある任に加わる資格を与えるとも!
さあ! ただちに賊共が配った品々を返却し、働ける者たちは城に向かうのだ!」
数人ずつで小隊となりながら、街のあちこちでそのようなことを大声で呼びかけていく……。
だが、そんな彼らに対し、獣人たちが示した反応は、
――沈黙。
……この二文字であった。
「へっ! 見ろよ!
獣人共め! 尻尾を巻いて家に閉じこもっていればお目こぼししてもらえるとでも思ってやがるのか!?」
この小隊を率いるレイド兵が、部下たちにそう声をかける。
そう……獣人たちは息を潜めるようにしながら、木と紙で作られた伝統的な家屋に閉じこもっており……。
誰一人として、表に出てくる者はいなかった。
それは、今日だけがそうなのではない……。
ギルモア率いる軍がノウミ入りを果たしたその時から、ずっとである。
「はっ! この軍に編成された時は、戦になるかもと覚悟してたのによ……!
連中、なんの抵抗もしてみせねえんだもんな!
ホマレってのは、無抵抗な腰抜けって意味だったか!?」
声をかけられた部下も、聞えよがしな声でそう応じた。
奇妙極まりない強力な武器を有していたという賊そのものは、ノウミからすでに去っている……。
しかし、何はともあれ、ノウミという一大拠点が陥落したのは確かなのだ。
残された民がこの機に乗じ、ありあわせの武器で挑んでくることもありうると誰もが覚悟していた。
だが、実際にはこれである。
カタナを奪われて久しいとはいえ、タケヤリの一本すら持ち出してくる気配がない……。
つまるところ、獣人は人間として一段も二段も劣る、負け犬に過ぎなかったというわけだ。
「ちっ! 挑発しても出てきやがらねえ!
……しょうがねえ。割り当て分は果たさねえと、うるさく言われるからな。
どっか、適当な長屋にでも踏み込むか……」
小隊長がそう言いながら、裏路地へ当たる一角に足を踏み入れたその時だ。
たった今、過ぎ去った家屋の木戸……。
――ピュン!
――ピュン! ピュン!
その隙間から、どこか気の抜けた音と共に光の線がいくつも撃ち放たれ……。
レイド兵の小隊は、一瞬の内に皆殺しとなった。
そして、似たような光景は、ノウミの街各所で見られたのである。




