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女総督の推測 後編

 ワムがいよいよ危機感を抱き始めたのは、ノウミの街に潜ませているシノビらとのつなぎが途絶えたと、報告を受けた時である。

 今のところ、シノビらへ重点的に命じているのは、反乱分子となりえる者らの調査及び排除だ。


 その内、ラトラの都で任に当たっていた者たちが先日、全滅し……。

 今度は、叔父であるスタインが治めるノウミへ潜入していた者たちが、おそらくは同じように全滅した。

 これにきな臭さを感じないのならば、総督失格である。


 ワムはただちに一筆したため、伝令を走らせた。

 持たせた書状には、最大限の警戒をするようにと書いてある。


 ――叔父とシノビらを顔合わせしていなかったのは、失策であったか。


 後悔先に立たずとは、まさにこのことだ。

 潜入先の統治者に直接報告せず、いちいちラトラの都に居るワムへ指示を仰ぎ、それでようやく足元の動きが統治者本人へ伝わるというのは、いかにも迂遠(うえん)である。


 とはいえ、スタインの他国人……ひいては異種族嫌いは、ワムもよく承知していることであり……。

 無理矢理に顔合わせしたところで、彼女が望むような上手いシノビの使い方ができていたとは、到底思えぬところであるが……。


 そして、ノウミに走らせた伝令とちょうど入れ違いになる形で……。

 想定していた最悪を上回る報は、もたらされた。


 ――ノウミ城陥落!


 ――城主であるスタイン・ノイテビルクはあえなく討ち死にした模様!


 これを聞いた時、ワムは思わず頭を抱えたものだ。

 ノウミといえば、元獣人国地方における流通の要衝……。

 まさか、そこが落とされるとは……。


 どれだけ悪くとも、せいぜい叔父が暗殺される程度だろうとタカをくくっていたワムにとって、まさしく青天の霹靂(へきれき)と呼ぶべき一報である。


 衝撃を受けはしたが、しかし、このような時ワムの決断は早い。

 すぐさま、一軍を派遣することに決め、その人選と準備に取りかかったのである。


 とはいえ、トップの決断がいかに早かろうと、それですぐさま動けるわけではないのが軍隊という生き物だ。

 準備を進めると同時に、ワムは可能な全ての手段を用いて情報収集に努めた。

 すると、悪い知らせが続々と届く……。


 最も頭を抱えたのは、ノウミ城を落とした賊が、これを占拠することなく焼き払ったという報告だ。

 取られたのならば、また取り返せばよい……。

 しかし、完膚なきまでに焼き払われたとなれば、これは……。


 繰り返し述べるが、ノウミは流通の要衝であり、ノウミ城はそれを円滑に進めるための様々な機能を備えた拠点である。

 それが、失われた。

 この状況を人体に例えるならば、大動脈が切断されたに等しい。

 占領地の統治をするためには、物資という血流が巡ること必要不可欠であるが、此度(こたび)の破壊によって各所で血栓が発生すると確定してしまったのだ。


 ――この痛手を取り戻すためには、どれほどの対価を支払わなければならないか。


 ひどい頭痛を覚えるが、問題はそれだけではない。

 今回、ノウミ城を攻め落とした賊……。

 獣人流に言うならばイッキの一団が手にしていたという、摩訶不思議(まかふしぎ)な装備の数々である。


 おそらく、慈悲によるものではなく、あえてこれを伝えさせるため逃がされたファイン人の侍女たち……。

 彼女たちの証言をそのまま信じるならば、賊は木造とはいえ分厚い城門を一瞬で破壊できる強力な武器を有しており……。

 彼らが手にしていた奇妙な筒は、魔術以上に強力で精密な光の線を放ち、レイド人の兵たちを次々と打ち倒したという……。

 しかも、一部の者は空を自由に飛び回り、魔法騎士はそやつらが投げた雷を発生させる球によって、黒焦げの死体へ変じたと言うのだ。


 冗談だと思いたい……。

 寝言は寝て言えと、そう言いたい……。


 しかし、直接会ってみた侍女らの瞳は正気の色を有しており……。

 そもそも、ノウミ城が落ちるという異常事態が起こっているのだから、それだけの異常な何かを賊が有しているのだと、納得する他になかった。


 ――皇国内部の何者かが、自分を失脚させるために画策している。


 事ここに至ると、そのような常識的推測は頭から吹き飛んでしまう。

 元獣人国地方という盤を挟んだ、顔の見えない何者か……。

 そやつは、もっと得体の知れない何かだ……。




--




「得体が知れない、ですか……。

 確かに、賊が持っていたという武器の数々は、にわかには信じがたい代物ですね」


 ――パチリ。


 ……と、対面に座り、盤の上へ駒を打ちながらヨナはそう答えた。

 場所は、ノイテビルク城に存在するワムの私室……。

 主従で対局しているのは、大陸北方地方において一般的な盤上遊戯である。

 しかし、ワムはその言葉に軽くかぶりを振った。


「確かに、用いた武具の数々も得体が知れず、また、脅威だ。

 しかし、それ以上に解せないのは、奴らの目的なのだ」


「目的、ですか?」


 ――パチリ。


 ……という音と共に、主が差した一手を見据えながらヨナがそう尋ねる。


「そうとも」


 その言葉に、寝間着姿の女総督は盤を指差しながらうなずく。


「戦いというものは、およそこの盤上遊戯と同じだ。

 手駒を配置していき、陣取り、ここは己が領域だぞと主張する……。

 しかし……しかし、だ。

 ノウミ近隣拠点から放たれた斥候(せっこう)の報告によれば、賊は城を焼き払った後、持ち出せるだけの物資を持ち出し、一部はノウミの民草に振る舞った(のち)、各地へ散って行ったと言うではないか?」


「敵の黒幕が獣人を扇動している以上、軍――あえて軍と表現しましょう――の目的は獣人国奪還を置いて他にない。

 なのに、せっかく手に入れた一大拠点を破壊するだけ破壊して放棄したのが不可解だと?」


 ――パチリ。


 主人の手に対し、咎めの一手を打ちつつヨナが再び尋ねる。

 普段はまとめているところを、寝間着姿に合わせ下ろしている白金の髪をもてあそびながら、ワムはううむとうなってみせた。


「どうにも、敵方とこちらとて勝利の条件が異なっている気がしてならぬ。

 そこが、得体の知れぬところなのだ……」


 駒を手に取り……。

 しかし、それを打つことはせず、考えあぐねる。

 そして、ともかくの結論を出した。


「とにかく、落ち延びた侍女や近隣から放った斥候の情報のみではらちが明かんし、何よりノウミを抑えることができん。

 全ては、明日出立させる軍が持ち帰る情報待ちだな」


 ――パチリ!


 力強い一手を差しながら、そう宣言する若き女総督であったが……。


 ――パチリ。


 黒肌の女エルフは、一瞬の間も置かずに返しの手を打ってみせた。


「なあ、ワムよ……」


「待ったなし、です」


 師にして姉代わりにして副官たるエルフは、涼しい顔で主人の問いかけに応じたものである。

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