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女総督の推測 前編

 獣人国伝統様式の建物が立ち並ぶラトラの都において、唯一、ファイン皇国の建築様式を用いた白亜の城――ノイテビルク城。

 その総督室に足を踏み入れられるのは、当然ながら相応の地位を持つ者であり、獣人が入室するなどもってのほかである。

 一部の、例外を除いては、だが……。


 執務机の前でうやうやしく(こうべ)を垂れるこの獣人男こそは、その数少ない例外に属する者の一人であった。

 獣人ではあるが、その装いは町人たちが着ているような着物姿ではない。

 皇国式の……それも、相応の地位や財を持つ者が身に着けるような装束を着ていた。

 しかも、城で働いている下男(げなん)たちとは異なり、腰の尾を帯のように巻き付けることなく、自由に伸ばしているのだ。


 男の正体は――シノビ。

 それも、かつて御庭番(おにわばん)として獣人国王家に仕えていた一族を束ねる、頭領である。

 今は総督室の主であり、ひいては元獣人国地方の主でもあるワム・ノイテビルク・ファインに雇われ、下級貴族に相当する地位を与えられていた。


 余談だが、そのような特権を与えられているのはこの男のみではない……。

 かつての獣人国においてそれなりの地位を有し、なおかつ、皇国に恭順した者たち……。

 若き女総督は、そういった者たちに同様の特権を与え、己が手足として操っていた。

 被支配者層の中にも、勝ち組と負け組の区分を作る……。

 これこそ、占領地を円滑に経営するための秘訣なのである。


「……分かった。

 引き続き、残党の捜索と排除に務めよ。

 ――下がってよろしい」


「――ははっ!」


 執務机へ収まったワムにうながされ、頭領は皇国式の礼法にのっとった動作で部屋から退室していく……。


「どうにも、面白くないな」


 その足音が消え去るのを待って、ワムはぽつりとそうつぶやいた。

 白金の髪を片手でもてあそぶ仕草は、この女総督が深き思慮を巡らしている合図である。


「面白くない、ですか?

 私にはただ、シノビたちが返り討ちにあっただけであると思えますが?」


 俗にダーク種とも呼ばれるエルフにして、自身の副官たるヨナ……。

 彼女があえて口を挟むのは思考を加速させるためであると承知しているワムは、素直に己の考えを言の葉へ乗せることにした。


「面白くない点は、二つある。

 一つは、いかにサムライが手強いとはいえ、それを十分に知っているはずのシノビたちが返り討ちにあったということ……。

 それも、どうやら敵に一切の損害を与えられずに全滅している。

 高い金を出して雇い入れただけあり、奴らは有能だ。

 それが簡単に敗れたというのが、どうもな……」


「しかしながら、シノビらの検分によれば、死体の傷はなまかな腕の者では作れない鋭さであったとのこと……。

 単純に、相手方の実力が想像以上であったということでは?」


「その検分結果に一つ、気になる点があるのだ」


 ワムは執務机の引き出しを漁り、一枚の羊皮紙を取り出す。

 そこに書かれているのは、あの夜……サムライ共の拠点を襲撃し、返り討ちにあったシノビらの検分結果であった。


「見ろ……。

 他の者たちはカタナで切り捨てられたとあるが、一団を率いていた小隊長のみは奇妙な火傷によって死んでいる。

 まるで、焼きごてを突き刺したかのような深い傷……。

 そんな技の持ち合わせは、サムライ共にあるまい?」


「ならば、どのような方法を用いたと姫様はお考えなのですか?」


「まあ、魔術だろうな。他の方法が思いつかん」


 ふと思いつき、ワムは手にしていた羊皮紙をひらりと宙に放った。

 そして、次の瞬間、奇妙な死に方をした小隊長の名が書かれた部分に人差し指を突き出す!

 すると……おお……まるで焼きごてを突き刺したかのように……。

 その部分のみが焼けただれ、小さな穴が開いたのである。


「……お見事」


 実に地味であるが、余分な害を及ぼさぬ精密な魔術……。

 副官にして魔術の師でもある女エルフが、主人の腕前を褒め称えた。

 だが、ワムはその言葉に軽く首を振った。


「見事なものか。至近距離だからこそできたことだ。

 おそらく、状況から考えれば、小隊長を()った者は相応の距離を置いた状態でこれを果たしている。

 炎弾や風刃(ふうじん)ならばともかく、そんな器用な殺し方を遠距離から成すなどあたしには不可能。

 ちなみにだが、お前はどうだ? 我がお師匠殿」


「弟子の技量はすでに師と同等の域へ達しています……。

 姫様にできないことは、私にも不可能ですよ」


「ふん、そうか」


 聞きようによってはこれも賞賛と取れる言葉へ、若き女総督はつまらなそうに鼻息を鳴らした。


「獣人には魔術を使えぬ以上、他種族の……それも、相当な使い手が密かにこれと接触し、手を貸していることになる。

 一体、何者だ……?」


「姫様は、皇国の人間が手を貸しているとお考えなのですか?」


 ヨナの言葉に、再び髪をいじり始めたワムは軽くうなずいてみせる。


「これほどの術を使うとなると、そうとしか考えられん。

 魔術師……ひいては魔法騎士の育成体制確立こそ、我が父最大の功績であり、我が国が他国に対して最も優れている部分……。

 魔術と言えば、ファイン。この点のみは疑ってないよ」


「他の点に関しては、疑っていると」


「まあ、な……」


 思わず本音を口にしていたことへ気づき、苦笑いを浮かべてしまう。

 見た目は若くとも、ヨナはエルフ……。

 年老いた自分の父よりもはるかに年長であり、彼女に比べれば自分はまだまだ小娘に過ぎないのだ。


「悲しいかな。

 急激に拡大した上、あたしを始め子だくさんの皇族家だ。

 内輪もめの種を植えたら、大荘園が出来上がるさ」


 おどけたように肩をすくめながら、そう言い放つ。


「さてはて、サムライ共に手を貸し、おそらくはあたしの失脚なり暗殺なりを狙っているのはどこのどいつであろうか……。

 心当たりは数限りないが、先にも述べた通りな腕達者となると、な……」


 その後も、ヨナと会話しながら考えを巡らせてみたが……。

 あいにくと、答えが出ることはなかった。


 そして、一週間後……。

 ノウミ城陥落の知らせが、ラトラの都に届いたのである。

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