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謎の青年

「――ぶはっ!

 ……はあっ! はあっ!」


 まるで、駆け終えた馬がそうするように……。

 大口を開け、息を吐き出す。

 季節は晩秋だというのに、全身は汗で濡れねずみとなっており……。

 肌に貼りつく着物の感触が、なんとも言えず気持ち悪かった。

 ただでさえろくに飯を食えていない体は、すでに疲労の限界を超えており……。

 膝から崩れ落ちてしまわないよう、刀を地面に突き刺し、支えとする他にない。


「――タスケ!

 ケガはないか!? どうだ!?」


 その様子を見かねたのだろう……。

 同志の一人が、駆け寄って来た。

 見れば、その同志は顔にも着物にも襲撃者の返り血を浴びており……。

 自分もそうなのだと気づいたのは、ハッとして頬に手を当てたからであった。

 なるほど、かように血まみれであるならば、ケガがないか心配もするわけである。


「はあっ……!

 俺は、大丈夫です……っ!」


 息も切れ切れであるが、どうにかこうにかそう答えた。

 そんなタスケを見て、どうやら大丈夫そうだと確信した同志は、深くうなずきながらこう言い放ったのである。


「そうか……!

 では、やるぞ」


「え……?

 やるって、何をですか?」


 間抜けにもそう答えたタスケに、同志は無言であごをしゃくった。

 そうすることで、指し示されたもの……。

 それは、致命傷を負い倒れ伏したものの、いまだ絶命せず苦しみにあえぐ襲撃者たちであった。


「体も、そして心も苦しかろうが……。

 トドメを入れてやらねばならぬ。

 それが、戦いに勝利した者の務めなのだ」


「……っ!?

 はい……」


 同志にうながされながら、かつての忍びたちに……本来は仲間だったはずの者たちにトドメを入れていく。

 その感触も、最期の瞬間に放たれた恨みの言葉も、ぐっと飲み込むより他になかった。




--




 そうすることで、名実共に一人前の侍が誕生した(のち)……。

 勇士たちと侍大将たちは、月明かりと奇妙な道具の光に照らされながら、向かい合う形となった。


「バンホー殿……!

 おお、こうして向き合っても幻を見ているかのようだ。

 まさかとは思うが、拙者は裏切り者共の凶刃に倒れ、いまわの際に幻を見ているのではあるまいか!?」


「夢ではないさ……!

 ほれ、こうして足もちゃんと付いているだろう?」


 頭目の言葉に、伝説の侍がにやりと笑いながら両脚を指し示す。

 股引(ももひき)をはいたそれは、まぎれもなく実体であった。


「それで……姫様は、ご無事なのですか?」


 ごくりとツバを飲み込みながら放たれた言葉に、バンホーは顔をきりりと引き締める。

 そして、深く……深く首肯してみせたのである。


「ご無事だ……!

 今は、安全な場所で待機しておられる」


 ――おお!


 その言葉に、勇士たち全員が湧き立った。


 ――姫様が!


 ――ウルカ様が生きておられる!


 侍大将ほどの者が断言するからには、疑う余地などあろうはずもない。

 自分たちが忠誠を尽くすべき相手は、いまだこの世に現存しておられるのだ!


「あー、話に割って入るが……」


 そこで言葉を挟んだのは、先ほどから奇妙な道具で一同を照らしてくれていた青年である。

 キツネの特質を備えた獣人である彼は、ただ一人、この場で刀を持たず代わりに奇妙な照明器具と……もう片方の腕で、昏倒した襲撃者を肩にかついでいた。


「ひとまず、この場を離れた方がいい。

 新手が来ないとも限らんし、こいつにいくつか聞きたいこともあるしな」


「ふむ、アスル様のおっしゃる通りですな……」


 肩にかついだ虜囚を見ながら放たれた言葉に、バンホーがあごをさすってみせる。


「ですが、そやつに関してはどうか……。

 腐り果てても、忍びは忍び。

 そう簡単には口を割らぬと――」


「――こんなこともあろうかと、オーガ用特製ドリンクをパチッてきている」


「あ、なら大丈夫ですな」


 アスルなる人物の言葉にあっさり納得した侍大将は、勇士たちを見回すとこう宣言した。


「我らが先導いたす。

 各々(おのおの)方、ここを離れて安全な場所に参ろう」


「しかし、安全な場所と言っても……」


 その言葉に、頭目が難色を示す。

 そもそも、安全な場所と言えば、こここそ絶対に安全な隠れ家だったはずなのだ。

 他に、行く当てなどあるはずもないのである。

 だが、そんな一同に、バンホーとアスル青年はこう言ってみせたのだ。


「心配するな。

 拙者らには――」


「――天の目がついているのさ」




--




 オタカ山と言えば、ラトラの都にもほど近い山であり、古くから信仰を集めてきた霊山でもある。

 ゆえに、獣人国が滅ぼされてからは、皇国の占領政策により閉山されており……。

 なるほど、身を潜めるのにうってつけと言えばうってつけであった。

 今が、夜分でなければ、だが……。


「まさか、こんな夜中の山を迷いなく先導しきるとは……」


 アスル青年の先導に従い、荒れ果てた深夜の山道を進み……。

 かつては山小屋として使われていたらしい、ボロボロの小屋に辿り着くと同時、タスケは思わずそうつぶやいてしまった。


「言っただろう? 天の目がついてるって。

 俺はただ、その誘導に従っただけさ」


 気絶した忍びを肩にかついだアスル青年が、懐中電灯というらしい照明器具を天に向けながら、ぱちりと片目をつむってみせる。

 天の目というのが、何を示唆しているのかは分からないが……。

 なるほど、迷いなき足取りは、はるか天上から地上の様子を俯瞰(ふかん)しているかのごときであった。


「うわっぷ!?

 人が使ってないと、建物ってのはこうも簡単に痛んじまうんだな」


「屋根も壁もボロボロですが、まあ、とりあえずの拠点としては十分に使えるかと」


 クモの巣を顔に貼りつけたアスル青年と、バンホーがずんずんと小屋の中に入って行き……。

 彼らの仲間やタスケたち勇士も、それに続いた。


 なるほど、アスル青年の言っていた通り、小屋は痛んでない箇所を探すのが難しいほどの有様であったが……。

 それでも屋外に比べれば、格段に快適であるのは間違いない。

 何より、これほどの山深くであれば、敵襲の心配もあるまいというのが嬉しかった。


「さすがに薪を集めてる暇はないからな。

 とりあえず、これで勘弁してくれ」


 かつて参拝に訪れた者たちが使っていたのだろう囲炉裏の上に、アスル青年が懐中電灯を吊るす。

 深夜の山道を歩いた体は光だけでなく、焚き火の熱を欲していたが、こればかりは致し方ないだろう。

 気絶した忍びは、紐を使い親指同士を後ろ手に結んだ上で転がしておき……。


 勇士たち十一人……。

 そして、侍大将率いる八人の助太刀たちが、やや密集した形で腰を下ろすことになった。


「それで、バンホー殿……。

 他の方々は見知った相手でありますが、そちらのお方は?」


 開口一番、勇士たちの頭目が最も聞きたかったことをバンホーに尋ねる。

 彼が視線を向けた先にいたのは、他でもなくアスル青年であった。


 どうも、物腰を見るに侍というわけではなさそうであり……。

 そして、奇妙極まりない道具を操る。

 助太刀へ現れた際に放たれた、不可思議な光条なども気にはなるが……。

 まずは、この人物について尋ねるのが先決であった。


「うん、さっきからの会話で分かっていると思うが、俺の名はアスル……」


 皆の視線を一身に集めたアスル青年が、あぐらをかきながらそう名乗る。

 そして、次の瞬間には、にやりと笑いながらこう言い放ったのだ。


「――ウルカの夫にして、お前たちへ勝利を届けに来た者だ」

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