救いの手
囮情報に釣られ、まんまと一所に集まった自称勇士たち……。
これを一網打尽にすべく包囲を敷いた忍びたちにとって、この横やりは全くの予想外であった。
そもそも、かつての侍共が拠点として選んだのは、周囲に他の住民もいない郊外の民家……。
そこへ真夜中に襲撃を仕掛けたのだから、余人がこれに気づくはずもないのだ。
しかも、たった今、小頭を撃ち抜いた摩訶不思議な光条……。
忍びらとて、かつての大戦は経験してきている。
しかし、あの光は明らかに……ファイン皇国の魔法騎士たちが扱う魔術とは、異なるものであった。
それでいて、その殺傷力――絶大なり。
胸に焼けただれた穴を開けられ、倒れ伏した小頭がもう絶命しているのは、誰の目にも明らかであった。
「――何奴!?」
包囲網を敷く忍びの一人が誰何するのと、強烈な光がこの場にいる者らを照らし出したのはほぼ同時のことである。
「――むう!?」
驚いたのは、忍びたちばかりではない……。
「――なんだこの光は!?」
「――魔術か!?」
刀を構えていた自称勇士らもそれは同様であり、今ばかりは、敵味方の垣根を越えて光源を見据えることになったのであった。
「各々方、安心めされよ!
――拙者らだ!」
光を生み出した者たち……。
それは一見すれば、八人ばかりの旅人たちである。
だが、冷害により獣人という獣人が飢えにあえいでいる昨今……。
ましてや、こんな刻限に尋常な旅人がうろついているはずもなかった。
しかも、旅人の一人は、強烈な光を生み出す見たこともない筒を手にしているのだ。
およそ暖かみというものが感じられぬ、その青白い光が忍びらを……そして自称勇士たちを照らし出しているのである。
旅人たちが、次々と菅笠を投げ捨て、背負っていたわら包みを地面に落とす。
そうすることで、露わになった彼らの顔は……!
「――バンホー殿!」
自称勇士らを率いる頭目が、乱入者の一人を見てそう叫ぶ。
――バンホー!
それはかつて、侍大将として知られていた名……。
当然ながら、忍びらもその人相はわきまえていた。
なるほど、狼の特性を備えた獣耳と尾といい……。
ただ立っているだけでありながら、スキの一つも見い出せぬ姿といい……。
旅装束で偽装こそしているものの、その姿はまぎれもなく獣人国きっての武人だったのである。
だが……。
「侍大将バンホー! 貴様! 『死の大地』に追われ、ウルカ共々死んだはずではないのか!?」
忍びの一人が、そう叫ぶ。
他でもない……。
皇国と通じ、その手引きをしたのがここにいる忍びたちであるのだ。
「ふん……!
貴様ら裏切り者共を誅するためならば、地獄の底からでも蘇ってみせようぞ!」
バンホーが……。
そして、一人を除いて彼の率いる仲間たちが……。
地に落としたわら包みから、何かを取り出す。
それは――刀であった。
自称勇士らがどうにか調達した、ひと山いくらの品ではない……。
いずれも、彼らが秘蔵し、『死の大地』へ落ち延びるまで守り抜いた名刀であるにちがいない。
「どうやら、俺は手伝わん方がいいようだな?」
「ええ、アスル様はどうかこれ以上手をお出しにならず!
残るこ奴らは、拙者らがブラスターではなく刀でもって成敗いたします!」
唯一、刀を取り出さなかった一人にバンホーがそう言い放つ。
バンホーに様付けで呼ばれる、この男……。
さっきから謎の道具で照らしていたのが、こいつだ。
見れば、もう片方の手にも見たことがない道具を手にしているようだが……。
果たして、何者なのか……?
忍びらが、それを考える暇はなかった。
「皆の者! バンホー殿と共にこの場を切り抜けるぞ!」
――おおっ!
完全な包囲網を敷いたはずが、死んでいたはずの侍大将率いる一団と自称勇士とで挟撃される形となり……。
月と星と……そして、不気味な青白い光に照らされての乱戦が始まったからである。
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包囲殲滅を図るはずが、逆に挟撃される形となった。
かかる事態に忍びたちが選んだ対処は、とにかく動き回り、敵味方が入り乱れる混戦状態を生み出すことである。
この判断は、正しい。
いまだ数が互角である以上、前後左右どちらに敵味方がいるか判然としない状況に持ち込めば、十分な勝機があるからだ。
また、例の不可思議極まりない光条による攻撃も、飛び道具であるからには、乱戦状態になれば同士討ちを避けるため、使用不可能になるという目論見もあった。
統率者たる小頭を失い、しかも、熟考する暇などないこの場面においては、満点とも言える判断である。
裏切りこそしたが、忍びたちとて数々の修羅場をくぐってきた猛者たち……。
死にぞこないの侍共ごときに、遅れなど取るはずがないのだ。
そう、相手がただの死に損ねた侍ならば、である……。
かつての侍大将バンホーと彼が率いる一団は、モノがちがった。
まさしく……一振り一殺!
彼らが刃を振るうたび、忍びたちは一人……また一人と、屍へ変じていったのである。
技量もさることながら、不可解なのはその元気さであろう。
元獣人国たるこの地ばかりか、大陸全土が冷害に苦しむこの時勢だ。
現に、先ほどまで戦っていた自称勇士たちは、明らかに空腹で力を落としていたのである。
しかし、バンホーらにその様子はない。
全身の隅々に至るまで力がみなぎっており、精神力のみでは決して発揮できぬ気迫を放ってくるのだ。
「ぬるい! エサを与えられれば即座に尻尾を振る畜生共など、しょせんはこの程度か!」
獣人にとって最大限の侮辱である言葉を放ちながら、バンホーは同時に襲いかかった二名の忍びをまとめて切り捨てる。
あまりに正確な動きで繰り出されるその斬撃は、目で捉えることすらかなわず……。
もはや、この場にいる忍びで相手取ることなど、不可能であると察せられた。
「――退けい! 退けい!」
今回参加した面子では小頭に次ぐ立ち位置である忍びが、そう叫ぶ。
しかし、あえて敵味方入り乱れる状況を作ったのは当の忍びたちであり……。
容易にここから抜け出すことは、できなかった。
その中で、いち早く乱戦状態から抜け出せた者が一人……。
「――許せ!」
仲間らにそう叫びながら、一目散に駆け出す。
非情なのではない。
情報を持ち帰り、新たな主に伝えることもまた、彼らの使命なのだ。
「おいおい、もう少しゆっくりしていけ」
そんな彼の前に立ちふさがったのは、例の奇怪な照明を持った男である。
「ッ!?
――どけえい!」
これを倒さねば、逃げ去ることはできない。
忍びは手にしたサーベルを掲げながら、全力で男に突撃した。
そしてこれを――振り下ろす。
駆け引きも、技もない……。
愚直にして最速の、脳天を狙った一撃だ。
そして、それは……実にあっさりと、男の頭をかち割ったのである。
「――ええっ!?」
あまりにあっさり入ってしまったので、逆に驚き、声を発してしまう。
サーベルの刃は、脳天を割って鼻の辺りにまで深々と食い込んでおり……。
無防備にこれを喰らったこいつは、何しにここへ来たのかと思わされた。
が……。
「おー、結構いい一撃だったぞ。
ま、防ごうと思えば魔術なしでも余裕だったがね」
サーベルが食い込んだ男の頭部……。
それがまるで、金属のような光沢へと変じていた。
しかも、そうなると同時に、頭部そのものが流体のごとくうごめきだしたのである。
「な……あ……!?」
思わずサーベルを手放し、後ずさってしまう。
「フハハ……怖かろう?
――しかも! 脳波コントロールしている!」
……なんか急に自慢し始めた。
そして、自慢しながらよいしょとサーベルを引き抜いた男の頭は、傷一つなく……元の状態へ戻っていたのである。
「しかも! 選べる七種の自爆モードを搭載している!」
よく分からないが、それはあって嬉しいものなのだろうか?
その疑問を、発することはかなわなかった。
「――おあたあ!」
「――あべしっ!?」」
恐るべき速度で踏み込んできた男の拳をみぞおちに喰らい、忍びは気絶してしまったのである。




