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襲撃者たち

「――かかれっ!」


 戸が蹴り破られるのと、襲撃者たちが踏み込んできたのは同時のことである。

 襲撃者の手にした凶刃が真っ先に襲いかかったのは、他でもない――タスケであった。

 最も遅れて参じた都合上、彼の座っていた場所こそが最も出入り口に近かったのだ。


「――うおおっ!?」


 タスケが初撃を防げた理由は、二つある。

 一つは、この十年……皇国の目をかいくぐり、密かに鍛錬を積み上げてきたこと。

 実戦こそまだ経験していないものの、若き獣人の体は修練を忠実になぞり、とっさに動いてくれた。

 もう一つは、抜き身の状態で刀を手にしていたことだ。

 いかに愚直な鍛錬を重ねていようとも、無防備な状態であったなら即応しきれなかったにちがいない。


 ――ガキリッ!


 ……という、金属同士のぶつかり合う不快な音と共に刃と刃がぶつかり合う。

 つばぜり合いの形だ。


「――おおっ!?」


「――何者だっ!?」


 さすがは、今回の計画に加わった勇士たち……。

 他の獣人たちも素早く構えを取り、襲撃者たちを迎え撃つ。

 それでようやく、タスケにも相手を見る余裕というものが生まれた。

 生まれた、が……。


「――獣人だと!?」


 襲撃者たちの正体は、まったくもって予想外のものであった。

 覆面こそしているものの、出で立ちはごく普通の町人風……。

 しかし、それぞれが手にした刃は……!

 今、自分がつばぜり合いを演じているこの得物は……!

 皇国兵と同様の――サーベル!?


「うぬらっ! 御庭番(おにわばん)の者たちか!?」


 タスケらの頭目と呼ぶべき獣人が、即座にその正体を看破しながら鋭い突きを放つ。

 狙いは――タスケと動きを封じ合う形となった襲撃者!


「――おおっ!?」


 それを受けて、つばぜり合いをしていた襲撃者は素早く後ずさり、ようやくタスケの動きは自由となった。


「はっ……! はあっ……!」


 これが、実戦というものか……!

 ごくわずかな時間、つばぜり合いをしていただけだというのに、タスケの息は切れ切れとなり、全身の筋肉は悲鳴を上げている。

 もし、助けに入ってくれるのがもう少し遅かったならば、そのまま押し負け切られていたにちがいない。


「タスケ! 大丈夫か!?」


「気を抜くなよ!」


 タスケにとっては師とも兄貴分とも呼ぶべき者たちが、そう声をかけながら壁となり、襲撃者たちをけん制する。

 それが嬉しくもあり、情けなくもあったが……。


「――は、はい!

 それで、こやつらは!?」


 口をついて出たのは、別の言葉であった。


「こやつらは、薄汚い裏切り者よ!」


 襲撃者の一人が放った投てき用の短剣を素早く切り払いながら、頭目がそう吐き捨てる。


「その役目は、王家の影となり仕えること!

 しかし、こやつらは姫様を裏切り、その所在を皇国に伝えたのだ!」


「そして今また、我らの動きを嗅ぎつけ襲ってきたというわけだろう……!」


「お主には、そのような裏切り者共がいたことを教えたくはなかったが、こうなっては仕方あるまい……!

 心せよ! タスケ! こやつらもまた姫様の仇だ!」


 勇士たちと裏切り者たち……。

 民家の中で向き合う両者の間で、爆発的に殺気が膨れ上がった。


「さっきから黙って聞いていれば、裏切り者、裏切り者と好き勝手に吠えてくれる……!」


 先ほど、タスケとつばぜり合いを演じた襲撃者――噂には聞いたことのある忍びが、覆面を剥ぎ取りながらそう吐き捨てる。


「うぬら侍が、我らに何をしてくれた!?

 銭をくれたか!? 飯を食わせてくれたか!?

 あの年若い姫を守り続け仕え続ければ、いずれそれが得られたとでもいうのか!? ええ!?」


「だから裏切ったと?」


「そうとも……!

 皇国は、あのワムという女は、うちのおぼこいのとちがって気前がいい。

 十分な金を与えてくれたし、一族の安堵(あんど)を約束してくれたとも……!」


(ほまれ)を捨てた、面汚しめ……!」


「貴様らは、(ほまれ)とやらでも食っていればいいさ!

 ――あの世でな!」


 頭目と襲撃者の口論が終わり……。

 互いに一歩、また一歩とにじり寄る。

 そして――ぶつかり合った!




--




 白刃と白刃が交差し……。

 時には、その辺へ転がっていた湯呑みなどを蹴り飛ばし、相手へのつぶてとする……。

 この時のタスケをひと言で表すならば、それは、


 ――無我夢中。


 ……と、いうことになるだろう。

 どのように刀を振るい、どのように立ち回ったのか、本人でさえ記憶が判然とせぬ。

 それどころか、時間間隔すらあいまいであり、一晩中戦い続けたようにも思えるし、ほんの数瞬しか経っていないようにも思われた。


 ともかく、気が付いてみれば誰かが蹴り破った雨戸から外に転がり出て……。

 勇士たちとかつての忍びたちは、月明かりが照らす屋外へとその戦場を映していたのである。


 月と星の光が冷静さを取り戻させてくれたのだろうか……。

 素早く周囲を見回し、敵味方の状態を把握する。

 幸いにして、勇士たちにケガ人はいない。

 さすが、かつての大戦(おおいくさ)を生き延びた猛者(もさ)たち……。

 いずれも刀を構え、健在な姿を見せていた。


 一方、忍びたちの損害は甚大だ。

 踏み込んできたのは確か、五、六人ばかりであったと思うが……。

 内、三人ばかりは腕や脚を押さえ、止血に務めていた。

 死んでこそいないが、事実上、無力化したものと思ってよい。


「タスケ! ようやった!」


「へ? え!?」


「なんだ、自分でも意識せずやったか!?

 あの腕を押さえてる(やから)、やったのはお主だぞ!?」


「――っ!?

 お、おお!」


 自分でも気づかなかった手柄を指摘され、気合の叫びを上げる。

 いける……!

 これなら、切り抜けられるはずだ……!


「さすが、と言っておこうか」


 しかし、最初につばぜり合いをした忍びは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった様子で一同を見回してみせた。


「まさか、不意を打ってなお一人も討ち取れぬとはな……。

 尋常な勝負では、勝ち目がありそうにない」


「ふん、ならば尻尾を巻いて逃げ帰るか!?」


「まさか……」


 頭目の言葉に、忍びは肩をすくめてみせる。


「お主らは知らんだろうが、そもそも忍びの戦いとは尋常に行うものではない。

 例えば、圧倒的な数であらかじめ包囲を敷いたりしておくものなのだ」


 その言葉と、同時のことだ。


「――!?

 おい! 囲まれているぞ!」


 勇士の一人が叫ぶと、闇に潜んでいた者たちの姿が明らかとなった。

 これまで、その存在に気付かなかったのは忍びが誇る隠形(おんぎょう)の技か……。

 気づいてみれば、勇士らは自分たちに倍する人数の襲撃者に囲まれていたのである。


「く……!? むう……!?」


 その事実に、頭目が冷や汗を垂らした。


 ――よいか、タスケ。


 ――戦いにおいて、囲まれ、挟まれるという状況は己の死を意味すると心得よ。


 稽古をつけながら、何度となくタスケにそう言い含めてくれたのは他ならぬ彼であるのだ。

 まさにこの状況は――死地!

 勇士らは、脱出不能の包囲網を敷かれていたのである。


「観念するがいい……!」


 例の忍びが、仲間らに合図を出すため片手を掲げた。

 そして、その手を振り下ろす――ことはかなわなかったのである。


 なんとなれば……。

 どこからか飛んできた謎の光条が、その胸を穿(うが)ち、命を断ったからであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 無事に完結での完了までいくことを願っております 頑張ってください
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