潜入者たち
今宵は、分厚い雲が空を覆っており……。
星の光はおろか、月明かりすらも地上に届くことはない。
ゆえに、はるか高空から地上を見下ろすそれの姿を、見咎める者はいなかった。
それについて、端的に言い表すならば、それは、
――鋼鉄の巨人。
……と、いうことになるだろう。
長身痩躯なシルエットをした全長は、およそ九メートルほどであろうか。
全身を覆う装甲は赤を基調とした塗装がなされており、各部に白と黄色が配されていた。
もはや滑稽とすら言えるほどに格好良さを追求したその配色は、見ようによっては宮廷の道化師がごときである。
頭部は、亀の甲羅を思わせる配置で目とも口とも思える部品が備えられており、頭頂部からは巨大な二本の角が突き出ていた。
背部からは、マントのごとき装甲が突き出しており、どうやらこれが浮遊力を与えているようである。
『こちらカミヤ。地上に人影はない。
――どうぞ』
自らをカミヤと名乗った赤き巨人がそう独り言をつぶやくと、地上の方でも動きが生じた。
かつて、獣人国と呼ばれていた地方の海岸……。
地理的な要因から漁村も存在しない砂浜に、海から何者かが上陸したのである。
その者もまた――巨人だ。
全長はやはり、九メートルあまり……。
全体的に分厚く、がっしりとしたシルエットをしており、装甲は黄を基調とした塗装が施されている。
頭部は箱型であり、雑に目のような部品を取り付けた……いかにも武骨な造形をしていた。
最大の特徴はじゃばら状となった両腕部であり、見るからに強大な力を秘めていそうである。
『こちらトク。
――了解した。今より潜入組の上陸を開始する』
高空と海岸……。
声での会話など不可能なはずであるが、どうやら二体の巨人は問題なく意思疎通を図れているようだ。
自らをトクと称した巨人が振り向くと、彼がたった今姿を現した海面に新たな動きが生じた。
まるで、クジラが打ち上げられるかのように……。
トクと比較しても、はるかに巨大な鋼鉄の固まりが海中から砂浜に這い上がってきたのだ。
鋼鉄の塊は、いかにも水中での抵抗が少なそうな流線形をしており、見ようによっては船舶のようでもある。
もっとも、海面ではなく海中を進む船が存在すればの話であるが……。
鋼鉄の塊は底部から不可思議な光を放っており、どうやらそれが地上を這うための推進力となっているようだ。
上陸し終えるのと同時に、その光が消え去り……。
代わって、横腹の一部が稼働し、上から下へ……砂浜へ向けて、装甲の内側を見せるようにしながらこれを下ろす。
見れば、装甲の内側は階段状となっており……。
これを使って、内部から素早く、八人ばかりの人影が砂浜へと降り立った。
闇夜にまぎれているため、人相の判別は難しいが……。
どうやら、いずれも獣人のようである。
手には手甲、下には股引、上半身は合羽を羽織り、すねには脚絆を装着……。
加えて、頭には菅笠をかぶるという、獣人国において一般的な旅装姿であった。
一点、奇異に映るのは、全員がいかにも大仰なわら包みを背負っていることであるが……。
荷運びにでも従事しているのだと、思えないこともない。
「なつかしい、ものですな……」
一団の先頭に立つ、おそらくは頭目なのだろう獣人が、膝をつきながら浜の砂をすくった。
闇夜にまぎれている上、菅笠をかぶっていては人相など確認しようもないが、どうやらそれなりに年を食っているようである。
しかしながら、ちょっとした動作一つを取ってもスキというものが見当たらず、いずれなんらかの武芸を極め抜いているのだろうことがうかがえた。
「おいおい、お前たちが国を追われてからまだ一年も経っていないぞ?」
他の者らが、同じように感極まった様子で周囲を見回す中……。
冷静にそう言い放ったのは、鉄の塊から最も遅れて出てきた青年であった。
「アスル様と出会ってからの時間が、それだけ濃密であったということです。
それで、いかがですかな? メタルの具合は?」
そう言われ、アスルと呼ばれた獣人が、体の調子を確かめるように腕やら足やらを動かしてみせる。
「魔術が使えない点を除けば、普通に動いているのとなんのちがいもないな。
ただ……」
「ただ……?」
「耳が頭の上にあったり、尻尾を動かせる感覚というのは、どうにも違和感が拭い去れない」
「ほっほっほ……」
アスルの言葉に、老齢の獣人がほがらかな笑みを浮かべた。
「我ら獣人というのは、感情の動きが耳や尾に出てしまうもの……。
常にアスル様が操縦するわけではない点をかんがみても、やはり、メタルには極力無言無表情を貫いてもらい、人前には出ないようにしてもらうのがよろしいでしょう」
「そうだな。
その辺りのことは、お前たちに任せるよ」
アスルが肩をすくめるのと同時……。
トクと称する巨人が、膝をついて一同を見回した。
『それじゃあ、おれは潜水艦を連れて海中に待機させてもらう。
これは繰り返しになるが……。
おれたちロボットは、人間同士の戦いには介入できない。
いざという時は、携帯端末の緊急コールを押せばカミヤがすっ飛んでいくことになるが……。
くれぐれも、過信はしないようにしてくれ』
その言葉に、浜へ降り立った獣人たちが顔を引き締めながらうなずく。
「では、各々方……参りましょう。
我らの国を……ラトラ獣人国を取り戻すための、布石を打つために」
老齢の獣人がそう告げると……。
提灯の用意を整えた一団は、迷いなく浜辺を後にしていく……。
月明かり一つない暗闇の下、提灯の光が揺らめく様は、鬼火が浮かんでいるかのごときであった……。




