獣人国を救え!
「――と、いうのが現在のファイン皇国並び、ラトラ獣人国の情勢だ」
重要な相談をする際は、ここに集まるのがお決まりとなっている『マミヤ』の会議室……。
大円卓そのものをスクリーンとし、カミヤが撮影した様々な映像や、各種のデータを表示しながら、俺はそう言葉を締めくくった。
「ふうむ……」
腕組みをしながらうめいたのは、我が友ベルク……。
他にも、ウルカ、バンホー、エルフの長フォルシャ、エンテ、オーガ、ソアンさんといった面々が円卓に座しており、俺の背後にはイヴとルジャカが控えていた。
要するに、正統ロンバルドの幹部が大集合しているわけだ。
「まず最初に確認しておきたいのだが……」
それまで、沈黙を保っていた長フォルシャが片手を上げながらそう尋ねる。
「このまま放置していた場合、我らに……正統ロンバルドになんらかの形で害が及ぶことはあり得るのだろうか?」
その言葉に、びくりと肩を震わしたのがウルカとバンホーだ。
俺はあえて、それに気づかなかったふりをしながら偉大なエルフに回答する。
「それに対する答えは、あり得ないというものになる。
現状、『死の大地』としての封印を解いているのは、あくまで至辺境伯領の方面……。
皇国側に面した地域は、一部の資源採掘基地を除きいまだ人を寄せ付けぬ状態だ。
ウルカたちがここへ流れ着いた時のように、一部の根性ある者たちが命からがら訪れることくらいはできるだろうが……。
まあ、組織だった行動は不可能と見ていい」
「なるほど」
俺の言葉に、納得したのか長フォルシャがうなずいてみせた。
「そうなると、だな……」
続いて、ベルクが自分の意見を述べ始める。
それは、この場において出てくるのが当然の……。
極めて冷静で、非情な意見だった。
「放置するのが一番だろうな。
正統ロンバルドを拡張していけば、いずれかの皇国とはぶつかるのが必然。
そこで大規模な内乱が起きるのだと見込める以上、放置しておけばただそれだけで将来の敵が弱体化することになる」
「まして、我らは近い内に旧ロンバルドと事を構えることになる。
我が出陣すれば勝利は必定であるが、この拳が届く範囲には限度というものがある……。
わざわざ、多方面に敵を作る必要はあるまい」
ベルクの言葉を引き継いだのは、オーガだ。
「ちなみに、拳が届く範囲ってどのくらい?」
「およそ五十メートルといったところか」
「あ、そう。ありがとう」
君、別に魔術とか使えるわけじゃないよね?
……どうやって五十メートル先に拳を届けるのだろうか?
まあ、いいや。考えるのをやめよう。こいつに関してはなんでもありだ。
ともかく、二つもの……長フォルシャも加えれば三つの冷静な意見が飛び交い……。
しん……とした静寂が会議室を満たす。
「商売人としての見解を述べてもよろしいか?」
それを打ち破ったのは、頼れる兄弟子ソアンさんである。
よく手入れされた禿頭をつるりと撫で上げると、辺境伯領一の大商人は自分の見解を述べ始めた。
「ロンバルドとはあまり国交がないファイン皇国ですが、絶無というわけではありません。
これまで、ごくわずかにですが、使者を乗せた船の往来がありました」
ソアンさんの言葉は、事実である。
そして父上――ロンバルド18世は、それを通じて皇国の覇権主義を見抜き、危険視するに至ったのだ。
ちなみに、現在正統ロンバルドでは漁業用潜水艦や電動貨物船『ヨネマル』を運用しているが、これらは万が一にも皇国側の船と接触しないよう、カミヤによりナビゲートされていた。
「私も仕事柄鼻が利きますので、いくらかそこから漏れ出した話を掴んでいるのですが……。
以前、旧ロンバルドを支援した時のようなことは不可能でしょうな。
占領地全てを含めたかの国は、旧ロンバルドをはるかにしのぐ巨大さな上、徹底した収奪体制を敷いています。
こちらがいくら万民の救済を訴えようと、支援した端から全ての物資を本国に集めることでしょう」
「でしょうね」
兄弟子の言葉へ、素直にうなずく。
まあ、最初にウルカたちと出会い、話を聞いた時から察していたことだが……。
ファインとの平和的な解決は、絶対にあり得ない。
かの国と交流を持つ時というのは、ぶつかって叩き伏せる時なのだ。
再び、会議室を静寂が支配する。
「――皆様方! 何卒、お願いいたします!」
今度、それを破ったのはバンホーであった。
円卓に座しているため、土下座とはいかぬが……。
卓の上に額をこすりつけんばかりに頭を下げたその姿勢には、老サムライの気持ちというものがにじみ出ていた。
「我らが祖国の救済が、正統ロンバルドの利にならぬことは百も承知!
しかし、どうかそこを曲げて支援を願いたい!
このままでは……! このままでは、なんの罪もない獣人たちが飢え死にするか、あるいは、勝ち目のない反抗を選んで殺されることになるのです!」
「バンホー……」
我が妻が……。
ウルカが、なだめるようにその背中をさする。
人生のほぼ全てを潜伏生活に費やしたとはいえ、彼女も一国の姫君……。
軽々と、頭を下げるような真似はしない。
しかし、想いは育ての親と同じであるのが見て取れた。
「なあ、どーしても助けてやることはできないのか?」
それを見て、口を開いたのがエンテである。
「やっぱりさ……このまま放っておくのって、かわいそうだよ。
獣人国の人たちだけじゃなくって、ファイン皇国に支配されてる人たち全員がさ」
子供らしい、実に素直な意見……。
しかし、それはこの場にいる誰もが胸の中へ抱いている想いだったのである。
「アスル、お前はどう考えているのだ?
結局のところ、我らがどう動くかはお前次第だ」
ベルクがそう言うと、全員の視線が俺に集まった。
それを受けて、俺はようやく温めていた考えを口にしたのである。
「まず、前提として兵を動かすことはしない」
ウルカの方を見ないようにしながら、大前提を告げた。
「理由は二つ。
俺たちの主力はベルクから借り受けた辺境伯領の兵だが、獣人国は彼らにとってなんのゆかりもない遠方の地……。
行けと言われれば行くかもしれないが、士気はお世辞にも高くなるまい。
俺は、飯を食ってない軍と士気の低い軍ほど弱いものは、この世にないと考えている」
「いかにもだな……。
派兵すると言ったならば、私も立場上反対せざるを得なかっただろう」
俺の言葉に、ベルクがうなずく。
こいつからすれば、辺境伯領の兵は自分の子も同然だ。
それも当然のことだろう。
付け加えれば、旧ロンバルド側の守りを薄くしては本末転倒であるしな。
「二つ目は、装備の問題だ」
「装備って、ブラスターがあれば普通の軍なんて相手にならないだろう?」
俺の言葉に、ブラスター大好き娘たるエンテが反対意見を出した。
しかし、俺はそんな彼女にちっちと指を振ってみせる。
「自治区で魔物と戦った時のことを思い出せ。
ブラスター……というか、銃火器が真価を発揮するのは防衛戦だ。
まして、話を聞く限り皇国は魔術の使い手を相当数揃えている。
雨あられと魔術が降り注ぐ中に突っ込ませれば、いかに『マミヤ』の装備があっても被害が大きくなりすぎる」
「じゃあ、どうすんだよ……?
見捨てるっていうのか?」
「いや、見捨てもしない」
そこで初めて、俺は愛する妻の方を見た。
「兵は出さない。
出さない、が……。
俺は、最も効果的な支援を獣人国に……ひいては、皇国に弾圧される全ての者たちにするつもりだ」
「アスル……貴様、何か悪いことを思いついているな?」
「あ、バレた?」
付き合いが長い親友の言葉に、俺はにやりと笑ってみせる。
「俺は常々考えていたんだ。
ブラスター……あの武器をどのように使われると、自分にとって最も嫌かってな。
せっかくだから、ファイン皇国にはその実験台となってもらおう」
それから俺は、皆と一緒に考えを詰めていった。
ファイン皇国よ、知るがいい……。
何も、総力戦ばかりが戦の形というわけではないのだ。




