こちらの事情を明かした
たおやかな少女に見えて、その実は誠の勇士――ウルカ殿が口をつけたのを皮切りに……。
他のサムライたちも、意を決してビールへ口をつけていく。
――ままよ!
……そんな心中の言葉が聞こえてくるかのようだったが、次の瞬間、口に白いヒゲを生やした彼らの顔が、ほころんだ。
「――美味い!」
「麦の酒など、皇国のそれに思えて苦手さを感じてしまったが……」
「いやいや、皇国の者共もここまで美味な酒は飲んだことがあるまい!」
「さよう! 『死の大地』を歩み続けて火照った体……内側から冷まされていくようでござる!」
本当の、本当に大丈夫なんだろうか……?
次の瞬間、全員が泡吹いて倒れ、滅びた祖国の今は亡き知己と再会したりしない……?
俺の不安を知ってか知らずか、バンホーが笑顔を浮かべながらこちらに向き直る。
「アスル殿……!
今の拙者らには、これなる酒が伝説にうたわれる神の水にも思えます……。
あなた様の心づかい、誠、感謝のひと言……!」
そのまま、あぐらをかきながらのお辞儀だ。
そんなに美味しいの……?
君らのことよく知らないけど、信じていいの……?
みんなして、俺のこと騙そうとかしてないよね……?
「マスター、何をうたがってるのかは分かりませんが、お一人だけ飲み物に口をつけないのは不作法であるかと思われます」
立ったまま微動だにせずにいたイヴが、七色に髪を輝かせながらそう告げる。
そうだよな……少なくとも、即効性の毒という線は消えたわけであるし……。
ここはひとつ、この俺も腹をくくるべきところであろう。
「バンホー殿、顔を上げられよ……。
このような飲み物、そう大したものではない。
だが、貴殿らにお喜びいただけたならば何よりだ」
そうやって、見栄を張りながら自分もビールへ口をつけた。
つけた、が……。
――嗚呼。
これは果たして、俺の知るビールと同種の酒であるのか……?
なるほど、これを冷やした状態で供するというイヴの判断は正解だ。
まるで、喉元を刃物でえぐられたかのような……。
すさまじい衝撃が、俺を襲う。
ビールであるのだから、当然ながらこれは――苦い。
苦い、苦いがこれは……キリリと研ぎ澄まされた苦味であり、なんとも言えぬ爽快感へ変じて俺を魅了する。
その後に感じられるのは……甘さ。
過去に飲んだビールと比べれば、こちらのそれはやや控えめなものだ。
だが、ややもすれば舌を疲れさせるだけの色合いもあったあちらに比べ、この甘さの何と上品で心地良いことか。
そして、この身を内から冷やしていく圧倒的な涼感……!
たった今飲み込んだばかりのビールが全身を駆け巡り、これまで流れていたぬるま湯のごとき血へ代わって、毛穴一つ一つに至るまで完全に冷却していく感覚……!
俺ですら、感動を覚える味だ。
『死の大地』をさまよい、全身が鍛冶場の鉄がごとく変じていた彼らには、ことのほか染みることだろう……。
……美味い!
……美味すぎる!
こんな美味い酒、生まれて初めて飲んだぞ!
そんなことを考えながら、酒杯から口を放した時である。
サムライたちが、またざわついていた。
「おい、今、生まれて初めて飲んだとか言ってたぞ……?」
「さっき、大したものではないとか言ってなかったか……?」
「何かどうにも、言ってることと実際の態度にちぐはぐさを感じるような……」
そのようなことを、ヒソヒソと話し合っている。
横を見れば、ウルカ殿とバンホーもあ然とした顔をしていた。
ふむ……。
これは、あれだな……。
長きに渡る『死の大地』生活での悪癖が出たっぽいな。
意を決し、訊ねてみる。
「あの……もしかして今、感想を口に出してしまっていたか?」
「ええと……その……」
ウルカ殿が、困った顔をしながら隣のバンホーを見やった。
それを受けて、初老のサムライはうやうやしく目を閉じながらこう告げたのである。
「……琵琶法師もかくやという、見事な語り口であらせられました」
やだ!? 超恥ずかしい!
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その後……。
二口、三口と飲み物へ口をつけつつ……俺は自分の事情を話していた。
「……そのようなわけで、これなる泉や草花も、今飲んでいる飲み物や料理も、俺が発見した超古代文明の遺物がもたらし、また保管していたものなのだ」
何をするにしても、舐められてはならないとハッタリをきかせていたが……。
こうなっては、もうあまり意味があるまい。
口調もやや砕けたものに変え、素のアスルとして話す。
「アスル様のご事情、理解いたしました」
そういえば、獣人国にはサドーなる文化があると聞いたこともあるが……。
その成果なのか、敷き物に座って飲み物を持つという姿なのに、ウルカ殿は凛として美しい。
背中に見えざる支柱でも立てているのかと、問いたくなるくらいピンと伸ばした背筋のまま、少女が超古代文明の遺物――『マミヤ』を見やった。
「にわかには信じがたい話でありますが、ああして遺物の実物と、存在しないはずの泉や草花を見せられては、信じないわけにはいきませぬ」
「いかにも……。
今日この時間、この場所へ居合わせたことは……やはり天の差配を感じまする」
ウルカ殿の言葉に、バンホーが深くうなずく。
「まあ、助けられる命が助けられたことには、確かに天意を感じるな……」
同意はするが、方向性は少しばかりズラしておく。
――この出会いは天の意思!
――ぜひ、祖国再興に力をお貸しくだされ!
……などとせがまれては、たまったものじゃないからである。
俺が動くなら、それはどこまでも祖国ロンバルドに生きる民のためだ。
彼らには悪いが、よその国の人間など、究極的にはどうなろうと知ったことではないのである。
「そのようなわけで、こちらの事情は話させてもらった……。
次は、そちらが話される番だと思うが、いかがかな?」
ビールを舐めながら、そのように問いかけた。
それにしても、マジで美味いな。これ。
真面目な話をしていなければ、もっとグビグビ飲んでつまみにも口をつけていたところだ。
そんなことを頭の片隅で考えていた、その時である。
「ぐ……うう……っ!」
サムライの一人が、何か泣き出してしまっていた。
――やはり毒か!?
緊張しどうにか胃の中身を吐き出せないか思案する俺であったが、どうやら違ったようだ。
先に手を付けることを上座三人が無言で許可した結果、彼らは行儀が悪くならない範囲で料理を口にしていたのだが……。
その中の一つ、知らぬタレをからめた鳥の串焼きを食べた彼が、感動に身を震わせていたのである。
「これは……甘辛くされているが……下地となっているのはまぎれもなく醤油……!
まさか……またこの味を口にできるとは……!」
串焼きを手にし涙を流しながら、サムライがそう独白した。
「ショウユ、というのは?」
「わたし共の……滅ぼされた故郷、獣人国で使われていた調味料です。
今は皇国の命により、作ることすら禁じられています」
俺の質問に、ウルカ殿がそう答える。
伝統的な調味料を、作らせることすらしない、か……。
どうやら、皇国の政策は俺が想像するよりもはるかに苛烈なものであったらしい。
「あらためて、お聞きしましょう。
あなた方の抱えた、ご事情を……」
俺がうながし……。
ウルカ殿とバンホーが、彼らの事情を語り始めた。