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アスルと奴隷商 前編

 正統ロンバルドの君主アスル・ロンバルドは今のところ、表明した通りに古代の遺産から受けられる恩恵を人々に分け与えていた。


 おそらくは、民衆の順応性をかんがみてのことであろう……。

 それらは、一足飛びに暮らしを変えるものではない。


 しかしながら、辺境伯領の領都ウロネスの海を行き交うようになったスクリュー船といい、季節というものを無視して種々様々な作物が並ぶようになった目抜き通りの市といい……。


 着実に、確実に生活が豊かになっていることを、辺境伯領の人々は実感し始めていた。


 だが、アスル・ロンバルドが全ての人々、全ての職種に対して手を差し伸べているかと言われれば、それは否である。

 あまねく全ての人々を救うことなど、人の身には不可能なものであるが……。

 これは、そういった(たぐい)の話ではない。

 ある業種の人間のみを、彼は明確に冷遇しているのだ。

 その業種とはすなわち、


 ――奴隷商。


 ……である。


 事の発端は、人工大河大工事における人足の募集であった。

 このように大規模な人手の募集があったならば、当然ながらそれに飛びつくのが奴隷商というものである。

 しかしながら、辺境伯を通じて打診した商談のことごとくを、アスル王は門前払いにしたのだ。


 これには、奴隷商たちも困惑した。

 かつて、秘密裏にではあるが彼は相当数の奴隷を購入し、今では中核の人員として起用している。

 これは、『テレビ』によって広く報道されている事実であった。

 で、あるから、この商売そのものに嫌悪感を抱いているはずはないと思っていたのだが……。


 まったくもって、当てが外れたものである。

 まさか、これほど大規模な公共事業で奴隷身分を完全に排除するとは……!


 その真意を掴めず、悶々(もんもん)とした日々を過ごす奴隷商たちが解答を得られたのは、ある日のことであった。

 他でもない……アスル王自身が辺境伯の屋敷に彼ら奴隷商を招集し、会合を開いたのである。


 正統ロンバルドの王都ビルクからもたらされた美味なる料理や酒がずらりと並ぶ席で、彼は開口一番にこう言ったものだ。


 ――率直(そっちょく)に言おう。


 ――大変、申し訳ないことだと思うが、私はお前たちの商売を完全に終わらせることになる。


 彼が語った構想は、このようなものであった。

 アスル王は何も、法をもって奴隷制度を撤廃しようと考えているわけではない。

 しかしながら、彼の政策は広く人々の暮らしを豊かにし、教育を与えていくものであり……。

 その結果として、奴隷身分に堕ちるような人々は激減し……やがて完全に消滅するというのだ。


 ――何も、お前たちだけをいじめようというものではない。


 ――例えば、馬車商売に携わる人間なども、今後同じような憂き目にあうことだろう。


 ――言わばこれは、変わりゆく時代の必然。


 ――お前たちには申し訳ないが、どうか、今の内から身の振り方というものを考えて頂きたい。


 誰も手を付けずにいる料理が冷めゆく中で……。

 奴隷商たちは沈黙と共に、その言葉を受け取ったものであった。


 そして、その中に一人……ある決意を抱く者がいたのである。

 その者の名を、テス・カーツイという……。




--




「ちょろいもんだぜ……。

 あの国王気取りの、大してキレイでもない顔をフッ飛ばしてやればいいんだろう?」


 とある宿の一室……。

 テスと二人きりで向かい合った男は、さらりとした黒髪をかき上げながらそう言い放った。


 男の名を、テスは知らない。

 しかし、何者であるかは知っていた。


 ――辺境伯領一腕の立つ殺し屋。


 何人たりとも、この男から逃れることはできない。

 これまで、奴隷商として培ってきた黒いつながり……。

 その全てを駆使して、接触することに成功したのだ。


「しかし、あんたも妙なことを考えるもんだな……」


「妙なこと……?」


 辺境伯領一腕の立つ殺し屋の言葉に、思わず首をかしげる。


「あの国王気取り、間抜けなツラしてやがるがやってることは本物だ。

 ここに来るまで、目抜き通りの市が目に入らなかったか?

 今までとは比べ物にならないくらい、色んな種類の野菜が並んでやがる……」


「何が言いたい?」


 奴隷商として鳴らしてきて、二十年以上……。

 胆力には自信があるテスの眼差しを、辺境伯領一腕の立つ殺し屋は涼しげに受け流した。


「殺すのは俺だ。

 だが、その依頼をしたのはあんただ。

 あんた……大勢の恨みを背負うことになるぜ?」


「……ふん。

 辺境伯領一腕の立つ殺し屋というのは、つまらぬことを言うものだな」


 今度は、テスが鼻で笑う番だ。

 テスは七年前……念願の我が子を授かっている。

 今の生活を守るためならば、どのような悪事にも手を染める覚悟であるし、そのために何百何千の人間が嘆くことになろうとも知ったことではなかった。


「お前は、依頼を忠実に果たしてくれさえすればそれでいいのだ」


「ふん……俺ともあろうものが、つまらねえことを聞いちまったようだな」


 そう言いながら、辺境伯領一腕の立つ殺し屋が肩をすくめてみせる。


「ところであんた……後ろを見てみな?」


「後ろ?」


 そう言われ、思わず振り向くが……。

 そこにはただ、宿の壁があるばかりだ。


「おい、何も――」


 再び辺境伯領一腕の立つ殺し屋を見ようとして、絶句する。

 そこには、誰もおらず……。

 今まで会話していたのが、夢幻だったのではないかと思わされたのだ。


「……さすがだ」


 だが、その事実へかえって胸を撫で下ろす。


 ――辺境伯領一腕の立つ殺し屋!


 ――その実力は、評判にたがわぬものだ!


 これならば、確実に依頼を遂行してくれるにちがいない……。

 そう……。

 正統ロンバルドの王アスル・ロンバルドが、めったに戦わないだけで実はメチャクチャに強かったりでもしない限り!




--




 数日後……。

 そのようなわけで、安心しきったテスが屋敷に帰った時のことである。

 メイドから来客がいると聞かされたのだ。

 そのような約束はなく、なぜ予定にない客を家に上げたのかと問い詰めても、メイドは困り果てた様子を見せるばかりであった。


 ――これだから、奴隷上がりは使えない。


 自身の商売を棚に上げつつ、談話室へと向かったのだが……。


「おー、そうか!

 お前は足し算を覚えたのか!

 偉いぞ! その調子でよく学び、お父上を助けてやれ!」


 そこから響いた声は、つい先日の会合で聞いたものと全く同じなのであった。

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