脱炭素&脱現世
――多数の人間が集まる共同体にとって、必要不可欠なものは何か?
以前の俺であれば、この問いに対してそうだな……水源とでも答えていたことだろう。
だが、今の俺は違う。
自信を持って、こう断言するはずだ。
――それは、発電所だ。
……と。
――電力。
正統ロンバルドにとって……というより、これから先の全人類にとって必要不可欠なエネルギーである。
今の俺たちは、生活に必要な全てをソーラーパネルによる大規模太陽光発電によってまかなっていた。
そう、生活に必要な電力を、だ。
産業には用いていない。
今現在、ベルクに集めてもらった知恵者らの研修をしつつ運用している各地の採掘基地では、別の発電方法を用いていた。
――プラネットリアクター。
『マミヤ』や、カミヤたち三大人型モジュールに用いられている動力炉である。
本来はキートンたちの予備部品として『マミヤ』に保管されていたそれを、ドーンと正統ロンバルド中央部の地下に設置し、キートンが敷いた送電網を通じて各基地を稼働させているのだ。
今現在、辺境伯領に設けつつある製紙プラントや、エルフ自治区の養鶏場はソーラーパネルを用いたごく小規模なものとなっているが……。
いずれは、同じように発電施設を建てて拡張する必要が生じるだろう。
ならば、今後もプラネットリアクターを作っていけばいいのではないか?
誰もがそう思うだろう。俺だってそう思った。
それをしない理由は、二つある。
一つは、材料の不足。
かの動力炉を作るにはゼペリウムなるレアメタルが必要となるのだが、それが正統ロンバルドには埋蔵されていないのである。
いかに『マミヤ』が万能であろうと、さすがに無から有を生み出すことはできないというわけだ。
そしてもう一つは――石油である。
石油がなくて、困っているわけではない。
むしろ、ダダ余りになって困ってしまっていた。
石油という資源は様々な素材を生み出すのに使われるため、それが豊富に存在するのは嬉しいことだ。
しかも、この油は燃料としても極めて優秀である。
従って、その使い道として、火力発電所の設置を検討するのはしごく当然のことであった。
ただ……その場合、大きな問題が発生する。
燃やす際に排出される、二酸化炭素だ。
俺たち人間も吐き出している気体なのだから、ちょっとやそっとなら、なんの問題もないのだが……。
それが大量に排出されるとなると、話は別だ。
スクールグラスを使って学んだところ、我らが先祖はこれによって母なる星――地球の環境をズタボロにしてしまい、再生させるまでにドえらい苦労をしたらしい。
わざわざ、同じ轍を踏む理由はない。
幸いなことに、一から技術を生み出し、発展させていかなければならなかった先人たちとちがい……俺たち現代人は、解決策を最初から得ることができる。
後の世を生きる人たちのために……。
そして、連産品――特定製品のみを作れず必ず全種の油を生産してしまう――の宿命として、めっちゃくちゃに余ってしまっている石油燃料を有効活用するために……。
先人が生み出してくれた解決策を使用していくことは、必要不可欠であると言えるだろう。
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……なのだが。
「なあ……やっぱりこれ、食べなきゃダメかな?」
『マミヤ』に存在するキッチン……。
普段は足を踏み入れる機会のないこの場所で、眼前に出された皿を見ながら俺はイヴとウルカに尋ねた。
「品質に一切問題はありません」
イヴがそう断言し、
「味付けの方も、問題ないはずです……」
ウルカが、目を逸らしながらそう答える。
ないはず、か……味見はしなかったのだな? 我が妻よ。
しかし、それも無理からぬことだろう……。
皿に乗っているのは、なんの変哲もない肉オンリーの塩串焼き。
しかしながら、この肉……正体は肉ではなかった。
ではなんなのかというと、その答えは皿の隣にある。
ビーカーの中へ収められたそれを、どう形容したらいいものか……。
色合いは、新鮮なレバーのそれ。
一見すれば液体のようにも見えるが、ビーカーを手に取って揺らしてみると奇妙な弾力があると分かり……ブヨブヨとそれが揺らめく様は、見ていて大変に気色悪い。
「水素菌、か……。
これを加工するとこんな串焼きができるとか、魔術を使える俺が言うのもなんだが魔術そのものだな」
――水素菌。
それこそが、手にしたビーカーの中に収まった液体の正体だった。
いや、液体呼ばわりはこいつらに悪いか……。
何しろ、これは無数の菌が集合した立派な生物なのだから。
「西暦と呼ばれた時代に研究され、幾度もの技術革新を経て生み出された改良品種です。
加工してしまえば、味、栄養価共に通常の家畜肉と比べていささかもそん色ありません。
言ってしまえば、すごく肉っぽいキノコです」
「いやあ、これをキノコと同じように考えるのはきついぜ……なあ?」
「あ、はは……」
ウルカにビーカーを見せると、ひきつった笑みを浮かべられてしまった。
「抵抗を感じられているようですが、これを常食できるようにならなければ環境破壊待ったなしです。
何しろ、この菌類は二酸化炭素を食べることにより成長するのですから。
本来ならば環境を破壊する各種施設や乗り物が、そのまま良質な肉を産出するファームへ転じる必須技術です」
「ううむ……」
そう言われてしまえば、是非もない。
エルフ自治区を襲った魔物の大発生……。
そしておそらくは、今年の大冷害も……。
いずれも、環境破壊を恐れたこの惑星による免疫反応であるというのが、『マミヤ』の見解である。
なんの対策も無しに二酸化炭素をバカスカを排出していけば、あのレベルの災害が幾度となく襲いかかってくるのだ。
たまったものではない。
本来は異分子である俺たちが嫌われてしまうのは仕方がないとして、友好的に共存を目指す姿勢は見せてしかるべきであろう。
「よ……よし!」
ビーカーを置き、意を決して串焼きに噛みつく。
そして、咀嚼してみたのだが……。
「あ、普通に美味しい」
結果は、イヴが保証した通りなんともあっけないものであった。
味わいは、鳥のささみにも似た淡白なもの……。
噛み応えも、元があんなブヨブヨだったとは思えないほど、しっかりとした肉のそれである。
「うん、全然いける。七味マヨネーズとかつけたい」
もぐもぐと食べながら、そんな感想を口にした。
そんな俺の様子を見て、ウルカがほっとしたように手を合わせる。
「よかったです……。
『実験用』という付箋の貼られた肉を調理する時は、肉そのものから『コロ……』とか『……シテ』とか不気味な声がして気が気じゃありませんでしたから」
それを聞いて、ぴくりと身を震わせたイヴだ。
「ウルカ様。
ただラップをしてある方ではなく、付箋の貼られたトレーに入った肉を使ってしまったのですか?」
「ええ、そうですけど」
きょとんとした顔のウルカであるが、オチの気配を感じた俺は戦慄しながらイヴに尋ねる。
「イヴ……付箋が貼られた方の肉って?」
「オーガ用の新作ドリンクに使おうと思った特性肉です」
「食べるとどうなる?」
俺の質問に対し、イヴはどこからともなく小さな箱を取り出した。
見た感じ、錠剤が入っているようである。
「苦痛に耐えられなくなった時、これをお飲みください。
痛みが和らぎます」
「そうか……うん、なるほど。
ウルカ、自分を責めないでおくれ。
――後でまた会おう」
そう言って薬を受け取った俺は、颯爽とこの場を立ち去った。
向かう先は、自分の部屋であり……。
死んだ祖父とビルク先生が待つ、あちらである。
――サラバダー!




