ツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃん 後編
今現在、『テレビ』画面の左側から七割ほどを使用する形で映し出されている光景を簡潔に説明するならば、それは、
――未来の戦い。
……と、いうことになるだろう。
腕を変形させ、おそらくは魔術によるものだろう弾を発射させられる青色の戦士が、画面の中を時に跳ね、時には鋭い滑り込みを見せて……縦横無尽に駆け回って行くのだ。
行く手に立ち塞がるのは、どこかユーモラスさを備えた敵の数々であり、これらは一見すれば魔物のようにも思えるが、どうやら全身を鋼で構成されている非生物であるらしき点が大きく異なる。
そして、青き戦士を操っているのは……。
画面の残り三割ほどに上半身を映した、一人の獣人少女であった。
『いいこと!?
このゲームで大事なのは、むやみやたらに特殊武器を温存しないこと!
必要な箇所で、必要な武器を適切に使っていく……。
そうするのが、結局はライフとエネルギーを節約することにつながっていくんだから!』
ハスキーな声でそう告げるオオカミ耳の美少女は、現実の存在ではない……。
どこか抽象的な絵で描かれた、非現実の存在である。
『ま、まあ……。
いつかあんたたちがこのゲームを遊べるようになった時、ティウンティウンしまくろうと私が知ったことじゃないんだけどね!』
若干、顔を赤らめながら横を向くその仕草は……カワイイ!
少女の名は――ツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃん!
『マミヤ』から得られたテレビゲームなる遊戯の光景を定期的に『テレビ』で放送してくれている、謎の美少女であった。
どうやら、正統ロンバルドが設けたブームタウンなる開拓地では遊べているようであるが……。
当然ながら、それ以外の地域へ住む人間にとって、テレビゲームというのは未知にして無縁の遊戯である。
しかしながら、その内容を知らずとも、それを遊んでいる姿を見るのは不思議な楽しさがあるもので……。
ホーバンちゃんのプレイ動画は、『テレビ』が映す番組の中でも上位に位置する人気を誇るのであった。
そうなると、必然、人々はある疑念を抱くようになる。
すなわち……。
――ホーバンちゃんの正体は、どのような人物なのであろうか?
……このことだ。
ある者は、ウルカ王妃が演じていると推測し、またある者はそれに勝るとも劣らない獣人美少女であろうと推察した。
中には、「いや、おっさんだろ」と夢のないことを言う者もいたが、そういった人間は拳によって改心させられたものである。
そしてここに……その正体へ迫ることのできる、幸運に見舞われた者がいた。
彼の名は、アドルフ。
身分的には一神官に過ぎぬものの、その有能さから何かと現教皇ホルンに重用されているいわば懐刀である。
今回、彼に課せられた任務はずばり、正統ロンバルドへと赴き、印刷機なる道具とそれにまつわる消耗品を受け取り、その使い方を学んでくることであった。
腹心たるアドルフをわざわざ指名したことからも、この任がどれだけ重要であるかはうかがい知れるというもの……。
アドルフの見せた気合は目を見張るほどのものであったが、実の所、それは任務の重要さが理由ではない……。
そう……彼はホーバンちゃんの大ファンだったのである。
なんならば、ガチ恋勢と言っても過言ではない。
王宮の権力も教会には及ばず、彼は日頃から『テレビ』に接することができていたのだが……。
そんな日々を過ごすうち、彼はホーバンちゃんの動画にドハマりしてしまったのであった。
で、あるからはるばる野を越え山を越え森を越え……。
正統ロンバルドに辿り着いた彼は、印刷機の扱い方を学ぶ日々の中で機会を待ち続けた。
そして、『マミヤ』内でホーバンちゃんの収録を行うと聞いたアドルフは、その期を逃さず見学を願い出たのだ。
正統ロンバルドの王、アスルはこれを即答した。
「テレビ収録の見学? いいともいいとも!
そうやって見聞を深めてくれるのは、こちらとしても大歓迎だ」
さっすが、話が分かる!
実の所、アドルフは結構な保守主義者であったが、この瞬間に旧王家へ完全に見切りをつけたものだ。
そして、今に至る……。
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普段、教育番組などが収録されているのとは別に設けられたスタジオ……。
そこに足を踏み入れる際の心境を、どう形容すればよいものだろうか……。
――まるで、天に輝く星を掴み取ったかのような。
そのような、心持ちだったのである。
――主よ! 感謝します。
スタジオに入る前、アドルフが捧げた祈りは生涯で最も熱烈なものであっただろう。
――果たして、実際のホーバンちゃんはどのような人物であるか。
そう思いつつ踏み入ったアドルフを待ち受けていたのは、一人の獣人サムライであった。
獣人のサムライはこの地に来て幾度となく目にしたが、彼はその中で最も老齢であり……そして、最も恐るべき使い手である。
着ている制服は、他の者らも着用している『マミヤ』のもの……。
腰にブラスターなる謎の道具だけでなく、カタナという獣人国伝統の剣を下げているのも他のサムライらと同様だ。
しかし、そのスキのなさといったら……。
彼の場合、種族的な特徴である獣耳と尾はオオカミの特性を備えているのだが、まさしくかの狩猟動物を、人の形へ押し込んだかのようであるのだ。
武芸の心得がないアドルフであっても、並々ならぬ力量を備えた剣士であると直感できる。
おそらく、栄誉ある王宮騎士団であっても彼に比肩する使い手を探すことは難しいだろう。
そんな彼が今、印刷機を操作するのにも使用する端末に向けて静かに瞑想していた。
端末にはテレビゲームを始めとする様々な道具が取り付けられており、彼自身も、獣人向けに作られた耳当てのような品を装着している。
その耳当てから口元に伸びた、筆のようにも見える部品を指で押さえながら、老サムライがおもむろに口を開く。
「あー、テス。テス。
――ふっふふーん。ふっふふーん」
とても渋い声で放たれたそれは、いつもホーバンちゃんの放送冒頭部で流れる鼻歌であった。
と、そこで老サムライが目を開き、ゆらりと立ち上がる。
彼ほどの武人であれば入室に気づかなかったはずもないが、おそらくは精神の集中を優先していたのだろう。
……これから行われる、収録に向けて。
「見学の話、承っております。
ドーモ。アドルフ=サン。
ツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃんのナカノヒトです」
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彼は信仰を捨てた。




