ツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃん 前編
はるかな古代……。
地球という惑星で、この貴い技術を発明した人も、きっと俺と同じ事業に着手したのではないだろうか?
目の前にずらりと並んだ聖書を眺めながら、俺はそのようなことを考えた。
『おお、これは素晴らしい……。
一文字一文字がはっきりとしていて読みやすく、装丁といい、紙の質といい、文句の付け所もないのがカメラ越しにも判別できます』
聖書の山を積んだ机の向こうで、モニターの中からそう言ってくれたのはホルン教皇である。
教会の最高権力者であり、聖書を手に取らせたら右に出る者のいない彼がそこまで言ってくれたのは、ありがたい。
ちなみに彼の方は、別れ際に渡した携帯端末を使ってこの会談に挑んでいた。
『それで、確かなのですか……?
この聖書を生み出すための道具と紙を、我が教会に無償でお譲り頂けるというのは?』
聖職者というよりは商売人といった顔つきで、前のめりになりながらそう尋ねてくるホルン教皇だ。
「印刷機や端末、それらを充電するためのソーラーパネルなどは無償で提供いたしますが、紙に関しては初回のみのサービスですよ。
そちらに関しては辺境伯の領分ですので、彼と交渉して頂きたい」
『ふうむ……これは、辺境伯殿の信仰心が試されますな』
「ええ、大いに試してやってください。
私は、それを面白おかしく見させていただきますとも」
『はっはっは……』
「はっはっは……」
お互いに顔は笑わず、ただ笑い声だけを上げる。
あいつにはゲームで負けた恨みがあるので、イイ感じに懲らしめてやってよね!
『それにしても、驚きですな……』
「驚き、とは?」
ホルン教皇の言葉に、そう返す。
『その……』
「印刷機ですか?」
『そう、その印刷機とやらを用いての聖書大量生産……。
巨万の富を生み出すことは、商人ならぬ身でも分かります。
その権益を、我々に譲り渡すとは……』
「我が妻の祖国……獣人国には、こういった言葉があるそうです。
『餅は餅屋』……ああ、餅というのは食べ物の名です」
こないだ食べた餅のことを思い出しながら、かの言葉に関して説明する。
余談だが、俺が餅を初めて食べた時は、死んだ祖父やビルク先生にその美味しさを解説する羽目になったものだ。
死んでから蘇る自信のない人は、食べる際に十分注意しよう!
「何かを扱わせるならば、その専門家へ任せるに限る……という意味です。
聖書を扱わせるならば、教会を置いて他にない」
『ですが、陛下の狙いはそれだけではないのでしょう?』
「いかにも」
俺は腹芸が得意なタイプではない。
なので、ホルン教皇の言葉にはあっさりとうなずいた。
「私は、これを皮切りに書物を生産する業種……出版業というのですが、これを教会に担ってもらおうと考えているのですよ」
『ほう……』
聖書に限ったものではなく、出版業全ての権益を回す……。
そこから生み出される利益を瞬時に理解した偉大な聖職者が、ずずいとこちらに顔を寄せる。
うん、近い近い近い。
あまり失礼なことを言うべき相手ではないが、おじ様のどアップとか見たいものじゃないのです。
「何しろ、猊下には……ひいては教会には、様々なご面倒をおかけしていますからね。
どうです? その後は?」
『まあ、大方そちらの予想通りというところでしょう。
表立って非難したり妨害したりといった動きはありませんが、ちょっとした嫌がらせのようなものは受けていますよ』
苦笑を浮かべながら語る教皇殿だ。
第一王子の考えたことだろう、ちょっとした嫌がらせか……詳しく聞くのはやめておこう。
『そのことに関しては置いておくとして……。
そういったあれこれに関する手間賃として考えても、やはり過分に過ぎるのではないですかな?
これでは、陛下の利が損なわれますぞ?』
ホルン教皇の言葉に、苦笑を浮かべる。
どうやら、その辺りにおいて……俺と彼には根本的な考えちがいが存在するようだ。
「利を捨てること……それこそが、私の目的なのですよ」
『なんと!?』
俺の言葉へ、無駄にドアップを決めている教皇が大きく驚いてみせた。
「そもそも、私が『マミヤ』を探索したのは、その恩恵を広く人々に分け与えるため……。
断じて、自身がそれを独占するためではないのです」
『その第一歩として、先ほど言っておられた……その……』
「出版業ですか?」
『そう! その出版業を我らに任せると?』
「そういうことになります……」
椅子に背を預けながら、ここでもなく今でもない……先の光景を見据える。
「私はね。
猊下にお預けする出版業や、辺境伯に任せる製紙業を皮切りに……。
様々な産業を、人々に預けたい。
預けて、育んでもらいと、そう考えているのです」
余談だが、ベルクの奴に製紙業を任せるのは、豊富な木材資源や水資源を必要とするかの産業と、辺境伯領の特性が噛み合っているからだ。
「そうやって、言わば中間層と呼ぶべき人間が主流となる世を生み出す……。
それこそが、我が究極の望みであり、肉親と袂を分かってまで求めているものです」
『しかし、その行く先で……陛下が中間層と呼んだ人々は、王政や貴族階級の廃止を望むのではありませんか?』
ホルン教皇の言葉に、大きく笑みを浮かべる。
さすが、手段はアレとはいえ実力でその地位を勝ち取った人物だ。頭の回転が早い。
「いいじゃないですか……。
みんなで決めてくれた方が、私が楽をできて!」
『…………………………』
俺の言葉に、ホルン教皇はようやく向こうのカメラから身を離してしばし沈黙したが……。
『はっはっは、楽ですか!?
それはいいですな! はっはっは!』
その果てに、笑ってみせたのである。
「ま、今は将来楽をするために、苦労を買って出ている最中です……。
で、この取り引きも、その一環であるわけですな。
今回預けるのは、馬車での輸送が可能な程度の小型機であり、それだけでは到底、私が満足する規模の出版業務は担えませんが……。
今の内から猊下の下でそれに習熟させ、小規模ながらも出版業を育ててもらうことで、きたる未来に備えてもらうわけです」
『きたる未来、ですか……』
それはすなわち、教会が巨大な利益を手にする未来……。
それを描いた腹黒い大人は、にやりと笑みを浮かべてみせた。
まあ、せいぜいそれを担える人材を育ててやってください。
宗教勢力に一切手を入れるつもりがないことは、何一つ言及してないことから察しているでしょう?
王家や貴族とちがって、あなた方は人々がどれだけ豊かになろうと、不要になることはないからね。
『承知しました。
きたる未来に備えた土壌作り……手伝わせて頂きましょう!』
「そう言ってくださるとありがたい。
それで、物の受け渡しに関してですが……。
そちらから、特使を派遣してもらう形でよろしいか?」
『ふうむ……そちらから人を出してもらっても、王領に立ち入ることはかないませんからな。
しかし、いかに教会が不可侵の存在であるとはいえ、そう上手くいきますかな?』
「その辺は、あまり心配する必要はないでしょう。
何しろ、取り締まるべき騎士たちもその全てが敬虔なる信徒なのですから。
まあ、あまりいい顔はされないかもしれませんけどね!」
『でしょうな! はっはっは!』
「はっはっは……!」
そんな風に笑い合いながら……。
俺たち二人は、細かいところを詰めていったのである……。




