旗印と王都の名
人が集まり、一定以上の集団を形成するならば……。
是が非でも、必要となるものがあった……。
すなわち、旗であり、名である。
今日、俺を始めとして、イヴ、ウルカ、ベルク、エンテといったメンバーが会議室に集結したのは、まさにそれを決するためであった。
事の発端は、ルジャカが漏らしたひと言である。
「陛下、隠れ里と称していた町には名を与えないのですか?
それと、今後のことも考えると、正統ロンバルドを象徴する旗が必要不可欠かと存じますが?」
……ごもっともだ。
というわけで、諸々のことにかまけてそれをほったらかしにしていた我々は、ようやく重い腰を上げるに至ったのであった。
「さて、こうして我々が集まったのは旗のデザインと隠れ里の新しい名を考えるためであるが……。
旗に関しては、別にこのままでいいのではないか?」
最大母数を誇る団体――辺境伯領代表として呼ばれたベルクが、開口一番にそう告げる。
「それに関しては、俺も同感なんだよなー。
『米』の文字を使った旗、インパクトあるし、書きやすいし、なんかエキゾチックな感じあるし、これに関してはこのままでいいと思うんだけど?」
「アスル様、それは……」
そんな俺の言葉に、ウルカが苦笑を浮かべた。
「できれば、わたくし共獣人勢の気持ちも汲んで頂けますと……。
あの旗は、アスル様たちの感覚で例えるなら、でかでかと『パン』と書かれているようなものですので……。
食糧配給ならばともかく、国の象徴としては……」
「あー、そりゃ、ちょっと微妙だなー。
それに、オレもどうせならもっとカッコイイ旗がいいと思うぜ?」
獣人勢代表のウルカに、エルフ代表のエンテが同意の意を示す。
むむ、愛する妻にそう言われては仕方がないか……。
「そうか……そこまで言うなら、仕方がないな。
俺としては、正統ロンバルドだと長いし『米』の読み方を変えて略称をべいこ――」
――ブッブー!
……突然と言えば突然に過ぎる出来事へ、思わず周囲を見回してしまう。
それは俺ばかりでなく他のメンバーも同様であり、全員が横やら上やらをきょろきょろと見やっていた。
「……今の、聞こえた?」
「はい、確かに聞こえました。
まるで、脳の中へ直接鳴り響いたかのようです」
恐る恐る尋ねると、イヴがハッキリキッパリとそう断じる。
「これは……いつもの超技術とやらか?」
「ベルク様、それはノーです。
『マミヤ』にそのような機能は備わっていませんし、備わっていたとして、今それを使う必要はありません」
「でもよーオレにもハッキリ聞こえたぜー?
こう、アスルがべいこ――」
――ブッブー!
「……また、聞こえましたね」
ウルカが俺の腕にしがみつきながら、天井を仰ぎ見た。
「分からん……天の声としか思えない。
ただ、今までの流れだと、だ……」
そのことをちょっと嬉しく思いつつ、俺は推測のまま先の言葉を口にしようとする。
「べいこ――」
――ブッブー!
……ああ、はい。
「あのー、天よ?
恐れながら尋ねますが……その略称は避けよ、という意味でしょうか?」
――ピンポンピンポーン!
行き届いてる……!
天の配慮が行き届いてる……!
「よ、よし!
ともかく、『米』の字に代わる新しい図案が必要だな!
みんな、何か案はないか!?」
パンと手を叩きながら、話を切り替える。
なんだかよく分からんが、ともかく問題のありそうな案にはダメ出ししてもらえるっぽいのでどんどんいってみよう!
「う、うむ……。
ああは言ったが、私の方で案は考えてみた。
――これだ」
謎の脳内音声については考えることを放棄したのか、ベルクが懐から一枚の羊皮紙を取り出し広げる。
そこに描かれていたのは、剣にヘビがまとわりつく図案であった。
「わらべ歌にもなっている、建国王ザギの逸話をそのまま使ったものだ。
旗印としては、ふさわしいと思うが?」
ベルクの言葉に、一同でそれをまじまじと見つめる。
「カッコイイし、これでいいんじゃないか!?」
最初に賛成したのは、エンテだ。
しかし、それと対照的に難しい顔をしたのが俺とウルカである。
ちなみにだが、イヴはこういうのあんまり興味ないのかただ眺めているだけだ。
「確かに、旗印としてはいいんだけどな……」
「これを発表したとして、やや描きづらい図案なのが気になります」
夫婦で顔を見合わせながら、その点について指摘する。
「こういうのって、パッと見て分かるシンボル性と、誰でも簡単に模写できるシンプルさが大事だと思うんだよな」
「あー、まー、確かにちょっと描きづらいな。
ヘビがグルグルしてるとことか」
書き物用に用意した紙へ真似して描きながら、エンテがそう感想を告げた。
「ふむ……。
ならばここは、言い出しっぺが代案を披露するべきではないか?」
「おう。
俺のはちょっと自信があるぜ」
ベルクの挑発的な言葉に、俺は不敵な笑みを浮かべながら懐の紙を取り出す。
そこに描かれていたのは、下から上に向かって弧を描く弦月に、鋭い十字が突き刺さるという図案だった。
「ほう……見るからに描きやすいな。
それで、意味はなんだ?」
「おう!
十字は言わずもがな、主の象徴!
そして下部分は、人々が生きる大地……この惑星を意味している!
つまり、まるでこの世界そのものを連邦のごとくまとめあげるような、崇高な意思を――」
――ブッブー!
「――アバババババッ!?」
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あ、お祖父様。ビルク先生。お久しぶりです。
ええ、はい。すぐ帰りますので……。
――ジェア!
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「……何があったの?」
蘇生し床から起き上がった俺は、開口一番にそう尋ねる。
「突然、どこからともなくビーム・バリアーが発生し、マスターを捉えました。
対抗するバリアーを持たないマスターは、普通に焼け死んだのです」
「そうか……反省をうながされちまったようだな。
えーと、つまりこの図案は避けた方がよいと?」
――ピンポンピンポーン!
……できれば、おしおきはなしでお願いします。天よ。
最近、死んでないからちょっと油断したな。あいてて……。
「おそらく、なんらかの超やばい何かに抵触してしまう可能性があるのだと思います」
「そうか……超やばい何かに抵触してしまうなら仕方がないな」
イヴの言葉に気を取り直しながら、再び着席する。
その後も、俺たちは天からのダメ出しにおびえつつも議論を重ね……。
最終的に、旗印は白い四角を黒十字で区切るシンプルなものとし……。
隠れ里の名前は、さっき会った亡き師の名前を頂いて『ビルク』と定めたのである。
……俺の図案、本当になんでダメだったんだろう?
なんなら、人が宇宙に至った世紀でも通用しそうな――。
――ブッブー!
……うす。




