アスル・ウォーズ エピソード5 モヒカンの逆襲 3
――これがあの、『マミヤ』内部か!
旧王国の王都フィングに現れた時とちがい、今は地上に停泊している巨大船の内部を歩く。
こうして中に入ってみると、外側から見た印象とは大きく異なることに気づく。
船内は細い通路が複雑に交差し合っており、昔、アスル陛下に見せてもらったアリの巣の図解を彷彿とさせるのだ。
そんな狭苦しい通路で、ルジャカを先導し歩くのは、『テレビ』を視聴可能だった頃に画面の中で見た少女――イヴである。
抜群の美少女と言ってよい容姿に、摩訶不思議に輝きを変化させる髪……。
既存いかなる種族とも特徴が合致しない彼女を見ると、ついにアスル陛下の下へ来たのだと実感できた。
その他、船内ですれ違ったのはエルフの女性や……なんと話に聞く獣人のサムライたちである。
――エルフはともかくとして、獣人はなぜここに!?
もしかしたならば、『テレビ狩り』の後に報道されたのかもしれぬが……まあ、いいだろう。
ここで陛下に仕えることがかなえば、その辺りもおのずと知れてくるのだから……!
「こちらが、マスターの私室となります。
すでに来訪はお伝えしてありますので、遠慮なくお入りください」
相変わらずの達筆で『アスル』と書かれたネームプレートが貼り付けられた扉に、イヴが案内してくれた。
「で、では……!」
ごくりとツバを飲み込み、扉の前に立つ。
念願のかなう時に限って、妙な緊張を覚えてしまうのは人間の性であるにちがいない。
ともかく、これをノックしようと拳を振るったのだが……。
「――わわっ!?」
拳が触れるか触れないかというところで、扉がスウッと横にスライドしてしまい、必要以上に前のめりとなっていたルジャカはつんのめってしまった。
「はっはっは!
その調子だと、『マミヤ』へ入る時のエレベーターでも驚いたことだろう?
ここへ来るとな、俺も含めてみんなそうなるんだ。恥じることはないぞ」
床を見る姿勢となっていたルジャカの頭に、なつかしく……そして暖かな言葉が浴びせられる。
その声を聞いて、ルジャカは……即座に顔を上げることが、できなかった。
瞳の奥からこみ上げてくるものをぐっとこらえ、そして、騎士としての礼法にのっとりその場で膝をついたのである。
「騎士、ルジャカ・タシーテ!
あなた様に忠誠を捧げるべく、ここへ馳せ参じました!」
そして、腰の愛剣――ああ、これもこの方から贈られたものだ――を引き抜き、柄を差し出す。
――コッ! コッ!
……と、靴底が床を叩く音が近づき、差し出した剣の柄が握られた。
「ルジャカ・タシーテを、我が騎士として任じよう」
そしてそのまま、剣の腹で両肩を順に叩かれる。
「……よく来てくれた。
ふふ……思えば、騎士として忠誠を誓ってくれるのはお前が初めてだな。
頼りにしているぞ、ルジャカ!」
渡した剣を返されて、ようやく顔を上げることがかなう。
そこにあったのは、王都上空そのものを『テレビ』と化して映し出していたのと同じ顔……。
最後に会った時より、少しだけ年輪を重ねた顔だ。
「……過分なお言葉、光栄に存じます」
こみ上げたあらゆる感情を飲み込むように、返された剣を鞘へ戻した。
そして立ち上がったルジャカの手を、陛下が固く握りしめる。
「それにしても、ここまで来るのには苦労したことだろう?」
「いえ、それほどのことは……。
ブームタウンと呼ばれている町までは馬でしたし、そこから先はトラックに同乗させていただいたので。
あれはすごいですね。牛馬を使っての輸送がバカバカしくなります」
「うん。
ああいった品々の恩恵を、一刻も早く民たちが受けられるようにしないとな。
どれ、みんなへの顔見せがてら、俺自らここを案内してやろう」
「光栄で……あ」
と、そこで意外にも殺風景な部屋の中……机の上にお茶の準備がされていることへ気づく。
飲みかけの茶と食べかけの菓子は、名実ともに主君となった人物がつい今しがたまでそれを楽しんでいた証拠だ。
「これは……辺境伯様の勧めがあったとはいえ、突然の来訪でご迷惑をおかけしてしまいました。
お茶を楽しまれているところを、邪魔してしまったとは……!
どうぞ、私は外で立哨しておりますので、引き続きお楽しみください……!」
「いやいやいや、お茶なんて後でいくらでも楽しめる!
ここは! ぜひ! 今すぐにでも! ここを離れて外に行くべきだ!」
「何をおっしゃいます!
陛下には、不義の子として生まれた私を取り立てて頂いた恩があります!
その楽しみを邪魔するなど、ありえませぬ!」
「う、うん……不義の子ね……そうね……」
その言葉に、敬愛すべき主君は不自然なほど脂汗を垂れ流し、室内の壁に向けて目を逸らしたのだが……。
忠誠心に盲目となっているルジャカは、そのことに気づかなかった。
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――ヒャー……。
――ホー……。
目を覚ますきっかけとなったのは、耳朶を震わせる自らの呼吸音である。
果たして、いつの間にこんなものを装着したのか……。
全身は装甲服に覆われており、頭には首元までを隙間なく覆うフルフェイスヘルムが被らされていた。
呼吸音がおかしくなっているのはこのヘルムが原因で、これに取り付けられた呼吸器が空気を通すたびにくぐもった音が発生してしまうのだ。
――ヒャー……。
――ホー……。
覚醒と共に起動したヘルムが映し出す光景は、暗く……狭い。
周囲には隙間なく様々な品が詰め込まれており、それもろともこの中へ押し込まれたのだと推察することができた。
目の前を覆う壁に、手をかざす。
すると、それに反応して壁がスライドし、先ほどまでいた部屋――アスルの私室が露わとなった。
「――あ」
彼を気絶させた上でこの服を着せ、クローゼットに押し込んだのだろう人物――アスルがこちらを見ながら、がく然とした表情になる。
だが、そんなことはどうでもよかった。
彼が注視したのは、そんなアスルに手を握られながらこちらを見て立ち尽くす……ようやく少年期を脱したばかりと見える、若き騎士である。
……似ていた。
亜麻色の髪といい、意志の強さは感じさせつつも同時にある種のやわらかさを内包した雰囲気といい……。
性別の違いはあれど、彼がかつて愛した女性の面影を、その騎士は宿していたのだ。
――ヒャー……。
――ホー……。
気絶する前に聞いた、タシーテという家名……。
そして今、目の前にいる若き騎士……。
全ての情報が脳内で符合し、彼に電撃的な直感をもたらす。
その直感が突き動かすままに、一歩、二歩と……騎士に向かって歩み出した。
「あ、あなたは……」
これほどに深き縁のある者ならば、いかに外見が謎の装甲服に覆われていようと、不思議なつながりを感じてしまうものだ。
それは若き騎士も同じであったらしく、何かを悟り、しかしそれを認められないという表情でこちらを見やっていた。
――ヒャー……。
――ホー……。
まじまじと騎士を見つめ、確信と共にこの言葉を告げる。
「アイム……ユアファーザー!」
「ノオオオオオオオオオオッ!?」
騎士の……息子の絶叫が、室内に響き渡った。




