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宴席

 次の瞬間……。

 バンホーなる初老のサムライが跳ね上がるように立ち上がり、俺への距離を一息に詰めた!


 果たして、いつの間に抜いたものか……。

 腰のカタナはすでに抜き放たれており、駆け引きも何もない――しかし、恐ろしく鋭く速い突きが、俺の喉元へと迫っている!


 対する俺も、腰だめに構えていた右手をぱちりと鳴らし、そこから炎の矢弾を打ち放った!

 サムライの刀が俺の喉を貫き……!

 魔術の矢弾が、サムライのどてっ腹を撃ち抜く……!


 戦いの結果は――相打ちだ!


 無論、これなるは現実に起こったことではない……。

 戦闘者の本能として、互いに稚気(ちき)を交わし合い……。

 その結果、脳が幻視を引き起こしたのである。


 だが、幻視とはいえ……実際に戦ったならば大同小異の結果となるだろう。

 ウルカ殿が獣人国最後の姫君だったのも困ったが、これもまた厄介だな……。


 厄介、というのは、バンホーの実力が俺の想定を上回っていたことである。

 正直、いざ荒事となってもどうにかできる自信があったから、この身を晒したんだが……。

 隠れた腕の良さを密かな自慢としてきたこの俺であるが、鼻っ柱をへし折られた気分だな。


 まあ、それはいい……。

 元々、実力行使でどうこうという気もなかったのだ。

 あちらとしても、行く当てがない以上、刃傷沙汰(にんじょうざた)を起こすつもりはあるまい。


 とはいえ、それもこれもこの後にする話し合いの結果次第なのだが……。

 せいぜい、追い詰め過ぎないよう気をつけなければならない。

 こちらは大望を抱えた身であり、知らない爺さんと心中している場合ではないのだから……。


「返礼、うけたまわった!

 獣人国の姫君ご一行よ、そちらにも色々と話があると思うが……」


 俺はそこで、傍らに控えるイヴを見やる。

 これは事前に、打ち合わせしておいたことだった。


 俺の知らないことを山ほど知っている彼女であるが、こういった場における儀礼の心得はないらしく……。

 俺が教えた通りに、しずしずと前へ歩み出る。


「マスター――アスル様に使える従者、イヴと申します。

 このような場で、立ち話というのもなんでしょう?

 料理とお飲み物をご用意しましたので、ひとまずおくつろぎください」


 うん、台詞(せりふ)に抑揚もへったくれもないのは難点だが、ひとまず良しだ!

 イヴが背負ってきた箱を降ろし、その中から様々な品を取り出す。


 こうして、俺と獣人国の一団は、青空の下……『死の大地』の上で宴席へ興じることになったのである。




--




 『ビニールシート』なる、何を材料にしたのか……ともかく頑丈で便利そうな特大の布を地面に敷き、これを酒宴の会場とした。

 イヴは『マミヤ』に招くことを提案したが、事情のよく知れぬ一団を内部へ入れることに抵抗のあった俺が、外で開くと言い張った結果である。


 こちらの人数が俺を含めた二人のみのため、椅子などは持ち出せなかったが、獣人国の生活習慣が話に聞く通りならばそう失礼にもあたるまい。


「どうぞ、おくつろぎください」


 これを敷いたイヴにうながされ、俺を含む一同が履き物を脱いで円状に座り込む。

 最も身分の高い者が座るべき上座には、ウルカ殿を。

 俺とバンホーがそれを挟んで座り、他のサムライたちがその後に続いて輪を作る形だ。

 イヴは、申し訳ないが給仕役だな。


 その給仕役たるイヴが、箱の中かから様々な料理を取り出して輪の中央へ並べていく。

 注目すべきは、それら料理が、『プラスチック』なる奇妙な素材で作られた器に入っていることだろう。


 金属とも、木材とも、陶器とも異なる独自の触感……。

 薄く軽量なその器は、いずれも透明な蓋がかぶされている。

 驚きなのは、収められた料理のいずれもが出来立てのごとき温かさを保っている点だ。


 ――チーン!


 ――チーン!


 ――チーン!


 と、『電子レンジ』なる謎の箱にイヴが器ごと入れ、あっという間に調理したのである。

 いや、あれ……調理と言えるのかな? なんか、かちかちに凍りついてはいたけど出来上がった状態にはなってたし……。


 ともあれ、供されていくのは料理だけではない。

 飲み物もまた、同様である。


 ウルカ殿に対してのみは、『オレンジ』なる果物を絞ったという、見るからに鮮やかな色合いの果汁を……。

 残る俺たちに対しては、分からん品ばかりの中、こればかりは馴染み深いビールを……。

 見事な造形のガラス(びん)を手にしたイヴが、それぞれへ配られた酒杯に注ぎ込んでいく。


 この酒杯もまた、料理の器と同じ素材を使ったものだそうで……ペコペコと頼りないが、これまで目にしてきたいかなるガラスよりも透明度が高く、また軽量である。

 これなる(さかずき)にビールを注ぐと……黄金色の酒が陽光にきらめき、なんとも言えず美しい。

 しかもそれは、シュワシュワと泡立って真白き泡の蓋を作り出し……俺が知るビールとは名が同じだけで、はるかに味が上であることを直感させた。

 酒自体の質もさることながら、驚くべきは――この冷たさであろう。


 プラスチックで作られた酒杯が、汗をかいている……。

 魔術を使えば、飲み物を冷やすことくらいはわけがない。

 しかし、冷やしたビールというのは、俺にとって初めての体験だった。

 試した例がないというわけではないが、いずれも皆、そのままの方が美味いと言っていたのである。


 だから、レイゾーコなる保管庫からこれを取り出したイヴに、


「そんなに冷えてて、大丈夫なのか?」


 と、尋ねたのだが、彼女は無表情に髪をきらめかせながら、


「ビールは、この温度こそ最適と言われています」


 と、断じて譲らなかったのだ。


 ……まあ、キートンが緑地化した場所を除いて常に地面から熱気が立ち昇る『死の大地』であるから、冷えているというのはそれだけで味を増すのかもしれない。


 飲み物が行き渡り、料理にかぶせられていた蓋が取り外される。

 酒宴の準備が整ったのを受けて、俺はウルカ殿から順に一同を見渡した。


「皆々様方……私に対し、聞きたいことは山ほどありましょう」


 ひとまずは、流されるまま宴席に応じた亡国の一団……。

 彼らが心中で思っていることを代弁し、続ける。


「ですが、まずは『死の大地』をはるばるここまで超えてきた疲れを癒すことが先決。

 ひとまず、我が配下が用意した料理と酒を楽しみ、しかるのちに話をするといたしましょう」


 酒杯を手にしながら、一人一人の瞳を覗き込むようにしてそう告げた。

 告げた、が……。

 誰一人として、それに口をつける者はいない。

 皆が皆、何かに化かされたような……困惑した表情を浮かべているのだ。


 そりゃあ、そうだろう。

 おそらくは行き倒れる寸前まで追い詰められ……あるはずのない泉へ辿り着き、そうかと思えば、『マミヤ』という正体不明の存在に乗り現れた俺から、色とりどりの豪華な料理と酒を振る舞われたのだ。


 俺が彼らの立場でも、どうしたものかと考えあぐねる。


「何、心配めされるな。

 毒などは入っておらぬよ」


 だから、笑顔を浮かべつつ率先して酒杯を傾けようとしたのだが……。

 そこで、ぴたりと俺の手が止まった。

 ビールの泡を通して浮かぶのは、死んだ祖父の顔である。

 そのまま、数秒ほど動きを止めた(のち)……。


「なあ、イヴ?

 ……これ、毒とか入ってないよね?」


 俺は給仕のため立ったままであるイヴを見上げ、思わずそう尋ねてしまったのだった。


 ――ええ!?


 バンホーを始めとするサムライたちから、どよめきの声が上がる。

 そりゃあ、そうだろうが、こればかりは確認せぬわけにはいかない。

 今は、死んだ祖父と本日二度目の再開を果たしている場合ではないのだ。


「入っていません」


「……本当に?」


「本当に入っていません」


「本当の、本当に?」


「本当の本当に入っていません」


「本当の、本当の、本当に?」


「本当の本当の本当に入っていません」


 俺とイヴのやり取りを、サムライたちがざわめきながら見守る。

 うーん。ここまで言うなら大丈夫なのかな……?

 でも、なんというかこう、微妙に踏ん切りがつかないというか……。


 混乱した場を治めたのは、意外にも――ウルカ殿であった。


「どの道、わたしたちに選択肢などありません……。

 これが毒杯であったならば、むしろ王族らしい死に方ができたと思うまで……。

 アスル殿のご厚意に感謝し、いただきます」


 そう言うや否や……。

 止める間もなく、鮮やかな果汁を飲み込んでしまったのである。


 ――馬鹿野郎!


 ――死んだらどうする!?


 そう思いながらも、見守ってみるが……。


「……美味しい」


 少女は、先ほどの毅然(きぜん)とした表情とは打って変わった……ごく自然にほころびた顔を見せたのであった。

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[気になる点] 戦闘者の本能として、互いに稚気ちきを交わし合い……。の稚気を交わすとはここではどのような意味で使われているのでしょうか?
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