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アスル・ウォーズ エピソード5 モヒカンの逆襲 1

 ※頭の中でファンファーレでも鳴らしながらお読みください。




 アスル・ウォーズ エピソード5 モヒカンの逆襲




 正統ロンバルドにとって試練の時だった。

 冷害被害によって苦しみながらも旧王国は軍備を着々と整えており、賊軍への圧力を強めていた。


 アスル・ロンバルド率いる自由すぎる戦士たちは、旧『死の大地』に新たな町を築きつつあった。


 かつての第三王子打倒に執念を燃やすカール・ロンバルド第一王子は、様々な策を巡らせているのだった……。




--




 外部に対していかに厳しい検問を敷いていようと、身内の人間に対してはそれが途端におざなりとなってしまうのは、古今東西あらゆる組織が抱えるジレンマと言える。


 ルジャカ・タシーテが突いたのは、まさにそのジレンマそのものであった。

 血相を変え愛馬を駆けさせるルジャカが街道各地の関所を訪れると、当然ながらそこを守る騎士なり兵なりがこれを呼び止めることになる。


 そのような時、ルジャカは必ずこう言ったものだ。


「――王命である!」


 ……と。

 若いとはいえ人品のしっかりとした騎士が、堂々とそう言い放つのである。

 そこには、確かな説得力が宿った。

 しかもルジャカが巧妙だったのは、王家の紋章が入った書簡を携えていたことだろう。

 言うまでもなく、盗品である。


 かつての、日々……。

 第三王子の従者を務めていた時代、彼は主から様々な()()というものを教わっていた。


 ――いいか、ルジャカ。


 ――正しいことを成そうとする時、正しい手段ばかりが正解になるとは限らない。


 ――では、どうすればいいのかって?


 ――ズルをするのさ! 自分に言い訳しながらな!


 今回、ルジャカはその教えを忠実に守った。

 何食わぬ顔をして備品が保管された倉庫に入り、未使用のこれをかすめ取ったのである。

 ザルと言えばあまりにもザルな警備体制であるが、紋章入り書簡の使用用途などごく限られている上、勝手に持ち出したことがばれようものなら当然ながら死罪であるので、それも仕方のないことであった。


 ともかく、若き騎士が血相を変えて愛馬を駆けさせ、しかも王家の紋章が入った書簡を携え王命であると言い張っているのだ。

 これを止められる者など、いようはずもなかった。


 どころか、身内であるルジャカのただならぬ気迫に心を打たれ、せめて水を飲んで行けと飲み水の用意をしたり、中には馬が限界と見て代わりに乗って行けと自らの馬を差し出す者もいたのである。


 これには、良心を痛めたが……。

 冷たい水で活力を回復し、元気な馬を得たルジャカの道行きは順調そのものであり……。

 異変に気付いただろう王宮騎士団の追っ手に追いつかれることなく、ついに辺境伯領側の関所へと到達せしめたのであった。




--




 出来立ての焼き菓子というものは、どうしてこう人を魅了してやまないのか……。

 小皿からクッキーを一つ手に取った俺は、焼き上がった小麦の香ばしさをしばし楽しんだ。

 そしてそれを――口に放る。


 ――サクリ。


 ……と。

 軽快な音を立てて口の中に広がるのは、幸せの味と言う他にない。

 小麦、砂糖、バター、卵……。

 人類が古来から愛してやまなかった品々が共演し奏でる、幸福のハーモニーだ。

 しかも、これにはチョコレートという食品の粒がふんだんに練り込まれており、それが味と食感にグラデーションを与えているのである。


 ほう、と感嘆の吐息を漏らしつつ、紅茶をすすった。

 さわやかさと苦みが絶妙に調和したそれは、ややもすれば甘さにダレてしまいしそうだった舌に活を与え、口の中をリセットしてくれる。


 なんとも、優雅で豊かなティータイムだ。

 このところ、いまだ王都としての名称を定めていない隠れ里では、砂糖を始めとした嗜好品の生産に力を入れていた。

 その成果が、労働者や兵たちにも大好評のカレーであり、このチョコチップクッキーである。

 ベルクと表立った協力関係を結び、辺境伯領の農民に主要作物の生産を委託し始めたおかげであった。


 砂糖なんて超絶贅沢品、王宮時代でも滅多に食べられなかったが……イヴの勧めに乗って正解だったな。

 こういう時間は、必要不可欠だ。

 貴顕(きけん)の使命を、果たすためにもな!


「ヒャハ! 喜んで頂けたようで何よりだぜ!」


 ……欲を言うならば、作ったのがクッキングモヒカンでなければもっと良かった。

 いや、そういうことを言うもんじゃないな。


「カレーといい、このクッキーといい、『マミヤ』のデータに残されていたレシピをよく再現してくれている。

 俺だけでなく、みんなも喜んでくれているぞ」


「ヒャア! そう言ってもらえるとありがてえ!

 王宮時代でも巡り合えなかった食材の数々……便利で高性能な調理道具たち……これを自由に使えるなんざ、料理人冥利(みょうり)につきまさあ!」


 とてもそうは見えないが、かつて王宮副料理長を務めた男がモヒカン頭を撫でながら照れてみせる。

 なんやかんや、調理技術においてこいつの右に出る者はいないからな……それを活かせて、何よりだ。


 そんな風に、『マミヤ』内の自室で俺がくつろいでいたその時である。


『ご休憩中のところ申し訳ありません。

 マスターに来客です』


 室内のスピーカーを通じて、イヴがそう呼びかけてきた。


「来客……?

 ベルクもソアンさんも予定は入ってないが、一体、誰が俺を訪ねてきたんだ?」


『本人は、ルジャカ・タシーテと名乗っています』


「ッ!?

 ルジャカ! ルジャカだと!?

 そうか! (くだ)ってきてくれたか!」


 びくりと身を固めるクッキングモヒカンに気づかず、喜びの叫びを上げる。


 ――ルジャカ・タシーテ。


 王宮時代、俺に従者として仕えさせていた者の名だ。

 彼が何者であるかを端的(たんてき)に表すならば、それは、


 ――不義の子。


 ……ということになるだろう。

 本人には細かい事情が伏せられているが、代々騎士として仕えてきた名門タシーテ家の夫人が、当時王宮の副料理長を務めていた男と密通し生まれたのが彼だ。


 俺はそれに深く同情し、従者としてそばに置いたわけであるが……。

 なかなかどうして、利発で才気に溢れた子であり、将来はきっと立派な騎士になると予感させたものである。

 おそらく、『マミヤ』の探索行に出ていなければ今でも腹心として重用していたにちがいない。


 そんな彼が、ここへ来てくれた……。

 用件は聞かずとも分かる。

 『死の大地』にすら同行しようとしたルジャカであり、かつてと変わらぬ忠誠を捧げに来てくれたと見て間違いない。


 どうやらまた一人、頼れる仲間が増えちまうようだな!


「イヴ! すぐにここへ通してくれ!」


『承知しました』


 イヴにそう命じた後、どかりと椅子に背を預ける。

 そうかー奴が来てくれたかー。

 当時の副料理長が密通して生まれた子という境遇に負けず、きっと立派な騎士となったにちがいな……。

 ちがいな……。

 ちが……。


「……あれ?」


「ヒャハ? ……タシーテ?」


 ふと傍らを見やると、クッキングモヒカンと……かつての副料理長と目が合った。


「ノオオオオオオオオオオッ!?」


 そして、俺の叫び声が室内に響き渡ったのである。

 新作短編書いたのでそちらもよろしく!


 コロナ飯 ~銚子電鉄の鯖威張るカレー~ → https://ncode.syosetu.com/n3677hc/


 ※銚子(ちょうし)電気鉄道様の許可を得て投稿した作品です。

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