正統ロンバルドの通貨事情
二階建ての木造建築が何軒も向かい合って通りを形成する……。
言葉だけでそう表現すると、なかなか立派な町のように思えてしまうが、実態は大きく異なった。
何しろこの建物群……立派なのは正面だけである。
ラトラ獣人国伝来の食品――トウフにも似た四角い造りの木造建築に、道路へ面した正面口だけ、立派な建物の絵や看板が描かれたハリボテを取りつけてあるのだ。
ものすごい虚飾っぷりであるが、前向きに考えるならば、少しでも町を華やかなものにしようという心意気の表れとも言えるだろう。
何しろ、工期の短縮と簡略化を図るために、全ての建物がほぼ同様の造りをしているからな……。
町の建物について簡単かつ乱暴に説明するならば、壁板を四方に貼り合わせて屋根を取りつけたもの……で、終わりである。
子供が考えた家の造りみたくなってしまっているが、とにかく数を用意しなきゃいけないのだから仕方がない。
『マミヤ』の技術を用いた設備や道具類を用いて、建材を同様の規格へ加工し組み立てる……。
のみならず、内装としてユニット式のシャワールームやトイレ、電気を使った各種設備の取り付けを行う……。
初めてだらけのこれら作業に苦労と苦心を重ねつつ、このような工夫をして見せた辺境伯領の大工たちには感謝のひと言だ。
彼らの多大な労力によって完成したこの光景に名をつけるならば、さしずめ、
――ブームタウン。
……と、いったところだろう。
ひと時の熱狂と流行によって生み出された、何もかもが急ごしらえの町……。
おそらく、次の世代が生まれる頃には忘れ去られ、さびれていくことになるだろう町だ。
でも、それは今じゃない。
人工大河工事のために集められた労働者たちと、それを相手にする商売目当てで訪れた人々によって構成されたこの町は、今、大陸でも有数だろう活気に満ち溢れていた。
それも当然のことだろう……。
今日は、花の金曜日!
労働者たちは土曜と日曜を休日として設定しており、かつ、給金は一週間ごとにこの日支給している。
で、あるからには、華やぐのはごく当然のことだ。
酒場やムフフなお店が連なった一角には、給金を懐に抱いた労働者たちが肩を組みながら押し寄せ……。
客寄せの女たちは、そんな彼らを言葉巧みに自分の店へ招き寄せる……。
まっこと分かりやすい、消費と供給の構図である。
今回の事業における、目論見の一つが達成された形だ。
「うん、いい光景だ……。
商売人たちは、俺たちから仕入れた食材などを使って商売し、労働者たちは、俺たちから渡された正統ロンバルドの貨幣でその支払いを行っていく……。
ゆくゆくは、旧王国全土をこのような光景で埋め尽くしたいな」
イヴを伴い視察に訪れた俺は、目の前に広がる光景へ大いに満足しながらそう話した。
「イエス。
マスターが以前語っていたお金がモノを言う世の中に向け、一歩前進したことを肯定します。
ですが、例によっていくつか質問したいのですがよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
人の流れに混ざらないよう通りの端っこでたたずみながら、俺は毎度おなじみと化しつつあるイヴからの質疑応答へ応じる。
「正統ロンバルドの通貨ですが、私が提案した紙幣をあえて用いず、旧来のトークン方式に統一したのはなぜでしょうか?」
「ああ、それな」
どのような料理やサービスが提供されているか、確認するため持ち込んだ貨幣を懐から取り出しつつ言葉を選ぶ。
「なんというかな……。
ソアンさんとも話したんだが、紙幣は早計だと判断したんだよ」
「早計ですか?」
いつも通り、腰まで伸びた髪は派手な色彩に輝かせつつ……。
全くの無表情で小首をかしげた彼女に、続ける。
「国家の信用でもってお金の価値を保証し、紙切れを金貨のごとく扱う……。
すごく面白い先人の知恵だけどさ、正統ロンバルドはこの世で最も信用と実績のない国家なわけだ」
「それだけならば、運用実績を作ることで対処可能だと判断しますが?」
「それだけなら、な……。
だが、ここが早計って部分でな。
ロンバルドの人たちって、基本的にお金を扱った取り引きに慣れてないんだよ」
ビルク先生のお世話をする際、滞在した村でのことを思い出す……。
銀貨や銅貨が全くないというわけではなかったが、何かを得るために差し出すのは別の品物か……あるいは『以前の貸し』『先への借り』という、無形の品であった。
「辺境伯領はベルクの奴が上手くやってるから、例外的に貨幣の流通が多いけどな。
それでも、領都を離れれば貨幣取り引きは激減する。
エンテから聞いた話だと、エルフ自治区も人間との取り引きは物々交換でまかなってたそうだしな」
「ならば、なおのこと紙幣を定着させるのには好都合なのではないでしょうか?
余計な先入観に邪魔されず済みます」
イヴの言葉に、首を振る。
「残念ながら、先入観はすでに存在する。
普段貨幣を使わない人間でも、銅、銀、金に価値があることは知っている。
貨幣に、金属そのものの価値があることは知っているわけだ。
そうなると、紙幣と貨幣では感覚に違いが生まれるよな?」
「どのような違いでしょうか?」
「安心感、だ」
――ピーン!
……と、手にした正統ロンバルド金貨を親指で弾きながら、俺はそう言った。
「お金を扱う上で、安心感は何より大事だぜ?
決してないがしろにしてはいけない、人間心理だ。
人々が抱くであろうそういった感情を加味した上で、俺は紙幣を不採用にしたわけだな」
「理解しました。
マスターの深いお考えに感服いたします」
「よせやい、照れるぜ」
そう言いながら、落ちてきた金貨を手に取り……。
俺の動きが、ぴたりと止まった。
恥ずかしい話だが、実は貨幣の現物を見るのは初めてだったりする。
何しろ、諸々の差配で忙しかったからな。
と言っても、さすがにデザイン案は聞いていた。
表面は……うん、瑞々しい稲穂が彫られている。聞いた通りだ。
で、裏面は……。
「なあ、イヴ……全然違うじゃん」
「…………………………」
俺の言葉を、有能なる秘書は無言で受け止めた。
「言ったよね? 裏面には最も人々が尊敬する人物の顔を彫るって。
――なのにこの結果は何!?」
言いながら、俺が差し出した金貨の裏面……。
そこには、キートンの顔がとっても精緻に彫られていたのである。
「今現在、最も人々の尊敬を集めているのはキートン。次いでカミヤ、最後にトクです。
よってこれは、当然の結果です」
「当然? ひどいよ……俺の人気が第四位なんて!」
「いえ、第四位はツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃんです」
「もういい! 俺、建国やめる!」
労働者たちが行き交い、商売女たちがそれを呼び止める夕暮れのブームタウン……。
その通りに、俺の絶叫が響き渡るのだった。




