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人工大河大工事 後編

 一粒一粒が宝石のように白く輝くコメの上に、どろりとした茶色いソースをこれでもかとかける……。

 見ようによっては、今年の冷害から全王国民を救った偉大な作物を愚弄(ぐろう)しているかのようであり、初見の者であるならば抵抗を抱くこと請け合いだ。


 そう、()()であるならば、だ。

 ひとたび、そこから立ち昇る香気を嗅いだならば……その感想は真逆のものへ転ずることになる。


 鼻孔を刺激し、そればかりか食道すらも通り抜けて胃袋を直接殴りつけてくるのは、あまりに刺激的で複雑な香り……。

 匙を手に取り、ソースがかかったコメを口の中に放り込むと、これは……嗚呼(ああ)……。

 たまらぬ!

 そのままならば痛みとして感じられるだろうソースの刺激は、果実やエルフ自治区で得られたというハチミツで巧妙にやわらげられており、めぐるめく快感の嵐となって口中に吹き荒れていく。

 ソースの下地となっているのは濃厚な鶏ダシで、その力強さがあるからこそ、刺激的な味付けが光るのだと美食家ならずとも理解できた。


 具材として用いられているのは、各種根菜にやはり鶏肉で、長く煮込むことでソースのダシと刺激をたっぷりと吸い込んだそれは、この世の至宝と呼ぶしかない味わいである。

 美味すぎる!

 これさえかければ、無限にコメが食べられそうだ!


 ――カレーライス。


 毎週金曜日、必ず昼食として供される料理である。

 食事としてただただ美味いのもさることながら、これは食べ終えてもうひと働きしたならば二日間の休暇を貰えるという福音をも告げており、あらゆる意味で、労働者たちにとっては祝福の味であった。


 ちなみに、調理及び提供に用いられているのは労働者たちも運転を学んでいるトラックの亜種――炊事車であり、停車したそれにはおかわりを求める者たちが金属皿を手に列を成している。


『フ……プラネットリアクターで動くオレ様に食事の感動は分からないが、一生懸命働いてる連中が腹いっぱい飯を食うってのは、いいもんだな』


 人間がそうするようにあぐらをかきながら……。

 表情などうかがいようもない顔で労働者たちを見回し、そう言ったのは鋼鉄の巨人であった。


 その全長は、九メートルにも達するであろうか……。

 シルエットは非常にほっそりとしており、白を基調とした塗装が施されていることもあって、四肢を備えた巨大イカのような印象も抱く。

 頭部は、料理人が被る帽子のような形状をしており……。

 人間でいう顔にあたる部位は鼻と目のような部品こそ存在するものの、口と呼ぶべき部位は存在しなかった。


 正統ロンバルドが誇る大地神(ティターン)――キートンである。

 別に、当人が神を自称しているわけではない。

 しかしながら、労働者……いや、その姿と働きぶりを見た全ての人にとって彼は神そのものであり、空のカミヤ、海のトクと並んで崇拝じみた尊敬の念を向けられていた。


「オラたちがこうやって美味い飯さ食えるのも、キートン様たちのおかげだあ!」


『はは、様はよしてくれや!

 でもまあ、そうやっておだてられるのも、悪い気はしねえな』


 果たして、鋼鉄の体にかゆみは発生しうるのか……。

 人間がそうするように頭部をガリガリとかきながら、キートンがそう告げる。


「んだども、こうやって気持ちいい場所で飯さ食えるのはキートン様の働きが大きいって言うじゃねえか!

 それを考えたら、とても呼び捨てだなんてできねえだ!」


 中年労働者の言葉に、他の者らも金属皿を手にしながらうんうんとうなずく。

 彼らがこうして食事している、人工大河工事地帯……。

 そこには、青々とした草原が広がり、涼やかな風が労働者たちの火照(ほて)った体を撫でていた。

 とても、『死の大地』と呼ばれていたとは思えない景観がここにあるのだ。


 労働者たちを受け入れるため、事前にこういった環境に作り変え、アスファルトを用いた街道を用意したのはほぼキートンの独力だというのだから、皆が様付けするのも当然である。


『大したことはしてねえ……。

 ただ、地下に封じて化石水になってた水源をちっとばかりイジって、地表に種をまいただけさ。

 道路作りに関しちゃ、モヒカンたちにも手伝ってもらったしな』


「それだ!

 その化石水っていうので、分からないところがあるんですが……」


 そうたずねたのは、労働者の中でも若年に位置する青年だった。

 言葉になまりというものがない彼は領都出身の都会者であり、生活苦ではなく好奇心から志願した口である。


『お? なんだ? なんでも聞いてみな?』


 そんな彼の問いかけへ、キートンが気さくに続きをうながす。

 土地開発における最大戦力である彼が、わざわざ休憩時間の(たび)に労働者の輪へ混ざるのは、こうして細かい疑問に答え、交流を深めるためなのだ。


「化石水っていうのは、要するに地下深くへ溜まり込んだ水なんですよね?

 それを汲み出して川にするのが今回の工事なんですが、それだと何十年も経てば水源の化石水が枯渇するんじゃないですか?」


『おー、いい質問だな』


 ――カーン!


 ……と、鐘が鳴るような音を響かせて膝を叩きながら、大地神(ティターン)が感心の声を上げた。


『確かに、普通の化石水ならやがて汲み尽くして消滅しちまう。

 ただな……。

 『死の大地』と呼ばれていたここらの化石水は、そもそもは立派な大河だったんだ』


「それは、本当ですか!?」


 いかなる神話にも伝説にも存在せぬ事実に、若者が驚きの声を上げる。


『おうよ! 何しろオレ様は実際にその当時を見て記憶してるからな。

 話を戻すが、そんな緑溢れる大地をオレ様たちはわざわざ不毛の土地に作り変えた。封印した『マミヤ』に、誰も近づけないようにな。

 だから、化石水といっても本来はきちんと水流の存在する水源だったわけで、今オレ様が地下でやってるのは、閉じられていたあちこちをつなげ直す作業なわけだ。

 だから、お前さんたちが作った川の水が干上がるということはねえ。

 安心して作業してくんな』


「ははあー……」


 なんとはなしに語るキートンであるが……。

 内容の途方もなさに、間抜けな声を上げることしかできない若者である。

 それは、他の労働者たちも同様であり、たただた、大地神(ティターン)のすさまじさに感嘆する他なかった。


『さ、そろそろ昼休憩もおしまいだ!

 オレ様は穴ぐら生活に戻るから、お前さんたちも十分気をつけて仕事してくんな!』


 そう言って立ち上がると、キートンは自らの作業場――大地の奥深くへと続く巨大なトンネルへ赴いていく。

 労働者たちはただ、心からの敬意を込めてその背を見送るのみであった。




--




 そのようなわけで、一日の……ひいては今週分の仕事を終え。


「ヒャッハー! てめえら! 今週の給金だ!」


 係のモヒカンたちが、並んだ労働者たちに給料を渡していく。

 手渡されたそれらは、旧来ロンバルド王国で流通していたものとは比較にならぬほど精緻(せいち)な作りをした銀貨や銅貨であり……。


 労働者たちは、それを大切に懐へとしまい込んだ。

 さあ……お楽しみの時間だ!

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