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正統ロンバルド王妃 後編

「げえっほ! げえっほ!」


 飲んでいた水が気管支に入ってしまったつらさにむせ返りながら、胸を押さえる。


「父上!」


 即座にケイラーが駆け寄り背中をさすってくれたが、別にそれで苦しみがやわらぐということはなかった。


「ぐふ……! はあ……! はあ……!

 お、王妃だと!?」


 それでもどうにか正常な呼吸を取り戻し、『テレビ』の画面を見やる。


『諸君らは、獣人という種族をご存知だろうか……?』


 果たして、どんな女が出てくるのか……?

 敵対しているとはいえ父親としての義務と好奇心からそうしたのだが、『テレビ』が始めたのは獣人という種族の特性と歴史に関する解説であった。

 余談だが、音声を入れているのはたった今妻をめとっていると発表された本人――アスルである。


 ――獣人。


 これなる種族に関しては、ここにいる三人共が存じていた。

 最大の特徴は人としての耳を持たず、代わりに頭頂部から獣のような耳を生やし、腰からはやはり獣のごとき尾を生やしていること……。

 魔術に関する親和性が極めて低く、身体能力と五感の高さに関しては目を見張るものがある。


 だが、かの種族は……?


「ラトラ獣人国は、海岸部を求めたファイン皇国により滅ぼされ、現在は隷属を強いられていると聞いているが……?」


 一同を代表し、ケイラーがそうつぶやく。

 そう、獣人たちは『死の大地』を挟んだはるか北方に王国を築いていたのだが、それはずいぶんと前にかの侵略国家により滅ぼされていた。

 それまでは、海上交易を通じてわずかながらも交流があったのだが……。

 皇国に支配されて以来、それは途絶えている。


 間に『死の大地』が挟まれている以上、戦端を開く危険性が低いとはいえ……野心溢れるファイン皇国との国交を、ロンバルド王家は忌避したからであった。


 『テレビ』の中では、ケイラーが語った通りの内容をアスルが読み聞かせするように語っていく……。

 そして、その語りは……一同が驚愕(きょうがく)する事実に辿り着いたのである。


『――かくして、ラトラ獣人国は滅ぼされ、王族のことごとくが処刑された。

 しかし、王家最後の一人……ウルカ王女のみは身代わりを用いることで生き延びていたのである!』


 ――滅びた国の王家に生き残りがいた!


「……ほう」


 王妃と獣人……ようやくつながり始めた二つの事柄に、第一王子カールがそうつぶやく。


『もっとも、皇国の諜報網もさるもの……。

 彼らは王家に生き残りがいることに気づき、これを狩り立てた。

 隠れ潜んでいたウルカ王女は少数の護衛と共にこれをなんとか逃れ、当時『死の大地』と呼ばれていたそこへ落ち延びたのだ』


 それまで『テレビ』の画面には、誰が描いたのか、アスルが語る内容に合わせた絵図が映されていたのだが……。

 それが切り替わり、いつもの青い壁で囲まれた部屋に立つアスルの姿が映し出される。


『そして、私たちは出会った……。

 ()しくも、私が祖先の残した遺物――『マミヤ』を発見した当日のことである。

 私は彼らを最初の仲間として迎え入れ、ウルカ王女を妻とした。

 紹介しよう!

 正統ロンバルド王妃――ウルカである!』


 アスルが画面外に向かって手を差し出すと……。

 そちらから、一人の少女が歩み出してきた。

 その姿――楚々(そそ)としてあでやか。

 ただ歩いてくるという動作であるというのに、歴史深い作法を感じさせる美しさが宿っているのだ。

 いや、そう感じるのは、単純に少女の見目があまりに麗しいからというのもあるだろうか……。


 年の頃は、十代の半ばであろう。

 賊軍の女性用制服に包まれた体はほっそりとしているが、この年代特有のやわらかさも矛盾なく同居している。

 特徴的なのは、後頭部で丸く結わえられた長い銀髪であり、なるほど、そこから感じられる高貴さを見れば、皇国の追っ手が感づきもするだろうと思われた。

 顔立ちもまだまだ幼いながら、(たっと)き血筋の人間に共通する気品が漂っており、装束さえ変えれば今すぐ王宮の舞踏会に立たせたとして違和感はあるまい。

 種族の特徴である頭頂部の耳はキツネを思わせる形状をしており、腰から伸びた銀色の尾共々、うっとりとするような毛並みと光沢である。


「似ている、な……」


 アスルの隣に立ち、民衆に向けた挨拶を始めるウルカとやらを見ながら、国王はぼそりとそうつぶやいた。


「確かに、どことなく母上を思わせる少女です」


「母上が他界した時、アスルはまだ物心がつくかつかないか……といったところでしたか。

 ふ……幼心にも、その姿は残っていたのかもしれませぬな」


 カールが……そしてケイラーが、、それに追従する。

 三人にとって、あまりに懐かしく……そして今なお色あせぬ女性と共通した雰囲気が、この獣人娘からは感じられたのだ。


「それにしても、まさか他種族を妻として迎えるとはな……。

 アスルめ、あやつ何を考えておるのか……」


 思慮深くつぶやきながら、今度こそ水を飲んだ父王の言葉に、第一王子がうなずく。


「いかにも……。

 異種族、というよりろくな国交もない外国の人間を正妻とするなど、国内貴族の反発が必至。

 少しでも味方が欲しかろう先方の事情を思えば、上手い手とは思いませぬ」


「アスルめも、ロンバルドの男……。

 愛する女性をこれと定めた以上、他に目を向けることは考えづらいですしな」


 兄の言葉に、いまだ亡くなった妻への愛を貫いている第二王子が同意を示した。


「ふん、これもまた、考えたところで致し方のないこと、か……。

 いずれにせよ、確かなことはただ一つであろうな」


 『テレビ』に映った賊軍の首魁(しゅかい)を……妻を迎え、一人前の男となったことを宣言した息子の姿を見つめながら、国王ロンバルド18世が結論を述べる。


「あやつは、これまでのロンバルド王家とは……。

 いや、既存のあらゆる王家とは異なるそれを作り上げるつもりでいるのだ。

 此度(こたび)の発表は、それについてくる気がない者をふるいにかける策なのであろうよ」


「あるいは、ただ単純にこの娘を気に入ったからかもしれませんな」


 兄王子の言葉に、思わずケイラーが吹き出す。


「ふ、ふふ……惚れるのが先で、後から策の方を付けていくのか……。

 いや、確かにその方がアスルらしくはありますな」


 そんなことを語りながら、親子三人で『テレビ』を見やる。

 そこに映っていたのは、倒さねばならぬ敵……。

 しかし、今だけは眼差しに祝福の色を宿してやった。


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