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準備期間

「――と、いうのがロンバルド王国現在の状況だ」


 見えやすいようかざしたタブレット型端末に、いくつもの航空写真を表示させながら、俺は同席した面々への説明を終えた。


 場所は、ハーキン辺境伯領の領都ウロネス。

 我が友にしてこの地を治める領主ベルクの住居たる屋敷、その中庭である。

 キザなところのあるベルクらしく中庭は色とりどりの花々で満ちていて、そんな中にテーブルを設置してのお茶会というのは、なかなかにすがすがしい。

 ……もっとも、話している内容は物騒なことこの上ない代物であったが。


「ま、大方こちらの予想通りだったな」


 ティーカップの中身をすすりながら、茶会の主催であるベルクは冷静にそう告げた。

 屋敷の主人であるベルクを筆頭に……。

 茶会の出席者は、俺、エルフ自治区の長フォルシャ、納屋(なや)衆筆頭のソアンさんである。

 他に、イヴ、ウルカ、エンテにエルフ女性らを加えた女子チームが、別のテーブルでこちらは普通にお茶会を楽しんでいた。


 端的に述べるならば、正統ロンバルドにおける各方面のトップが集結した形だ。

 かつてのようにこそこそと執務室の窓から出入りすることなく、堂々とお邪魔して茶をすすれるようになったのは感慨深いものがあるな。

 まあ、代わりに用心として、屋敷の各所では拳銃型のブラスターと愛用のカタナを装備し、『マミヤ』の制服に身を包んだ獣人サムライ勢が警護の任に当たっているのだが。

 その彼らにしても、この地ではもはや獣耳と尾を隠さなくなっているのだから、やはり遠くへ来れたのだろう。


 さておき、今重要なのは話の内容だ。

 俺はタブレット型端末をテーブルに置き、深々と息を吐きながらベルクに同意する。


「ああ、実に父上と兄上らしい、賢明な判断だ」


 タブレットに映されていた航空写真……。

 それは我らが天の目たるカミヤが、超高空から撮影したロンバルド王国各地の様子であった。

 静止画のみならず、動画状態でもそれらは保存されており……。

 拡大して人々の唇を観察すれば、おおよその会話内容すら掴むことが可能だ。

 この地に居ながら、ロンバルド王国全土の動きは俺たちに筒抜けなのである。


「あちらの視点から見た場合、こちらの急所は数を置いて他にない……。

 ならば、物理的に街道を封鎖することでそれが増すことを防ぐ。

 当然にして、最も有効な策であると言えるだろうな」


 発案者は第一王子(カール)、承認が父上といったところだろう……。

 “敵”の動きを、まずは褒め称えておく。


「商人たちからも、悲鳴が上がっておりますよ。

 何しろ、ここ辺境伯領の商売は、その多くが材木の輸出によって成り立っているのですから」


 この面子において最も経済方面に明るいソアンさんが、渋い顔をしながら茶をすする。

 納屋(なや)衆筆頭という、いわばこの地における全商人の(かしら)である彼からすれば、他の商人たちは子供も同然であり……。

 その生業(なりわい)が封殺されたとなれば、それは面白くないのも当然であった。


「それに関しては、できる限りこちら側で需要を出すことで補填を考えています。

 何しろ、新天地への移住希望者は枚挙にいとまがなく、彼らを住まわせるための住居建設もまた、もっかの急務ですから」


 同じ人物に師事した兄弟子に対し、若干の申し訳なさを感じながらそう弁解する。

 こうは言っても、やはり商人らからすれば本来の(あきな)いができるに越したことはなく、彼らをなだめるソアンさんの苦労たるや、かなりのものがあるだろう。


「少し、いいだろうか?」


 と、そこで口を挟んできたのはエルフ自治区の長フォルシャであった。

 一見すれば、俺やベルクと同年代にしか見えぬスゴ味のある美男子……。

 しかし、実際にはロンバルド王国そのものよりも長い歴史をその身へ内包する大エルフに、全員の視線が集まる。


 ――精神的には植物みたいなところがある。


 ……とは、彼の娘であるエンテの評だったか。

 長フォルシャはそびえ立つ大樹がごとく、涼しい顔で注目を受け止めた。


「なんと言ったかな?

 あの、巨大な虫のような空飛ぶ乗り物……」


「ブルームですか?」


「そう、そのブルームだ。

 あれを用いてもいいし、なんならば王都の時と同様、『マミヤ』で直接乗り込むという手もある。

 旧王国側がそれを嫌がるならば、手を組みたがっている貴族にはこちらから使者を送れば良いのではないかな?」


「なるほど、それも一つの手ではあります」


 うなずきつつも、それは俺とベルクの間でとうに結論が出ている問題だ。

 しかし、そもそもこの場は主要人物同士で意思疎通を図るのが目的なので、できるだけ噛み砕いて説明することにする。


「しかしながら、その手は用いませぬ」


「ふむ、理由をお聞かせ頂いても?」


「理由は二つ。

 まず、こちらの立場を軽くしたくありません」


 人差し指を突き出しながら、そう告げた。


「私は、王。

 対して、あちらは規模の大小を問わず貴族家に過ぎません。

 教皇猊下(げいか)のように、こちらと対等以上の地位にある人物ならばともかく……。

 その後を踏まえるならば、向こうがこちらに来るという形が必要不可欠です」


「なるほど、人間の世のしがらみというわけか……。

 もう一つは?」


「二つ目は、こちらがより深刻なのですが……」


 人差し指に加え、中指も立てながら俺は苦笑いを浮かべる。


「交渉をまとめられる人員がおりません。

 場合によっては長引くであろう交渉に、俺自身が赴くなど言語道断。

 かといって、内容が内容ですからベルクから借りるわけにもいきません」


「それでは、誰が統治者か分からんからな」


 俺の言葉に、ベルクが茶をすすりながらうなずく。


「そのようなわけで、こちらから使者を送る案は採用できないのです」


「ふっふ……旧王国の読み通り、人材不足は切実というわけですな」


 やはり茶をすすりながら、長フォルシャが残酷な現実を突きつけた。

 寄せ集め所帯なのは周知の事実であり、気分を害することすらかなわんな。


「では、もう一つお聞かせ願いたい」


 と、そこでおだやかな笑みを浮かべていた長フォルシャが、きりりと顔を引き締めた。

 おそらくは、そちらこそ真に聞きたい事柄であるにちがいない。


「どうもアスル殿はぶつかり合う前提でいるようですが、戦いは起こりうるのですかな?

 争いとは、常に愚かなもの……。

 そして、旧王国の統治者であるロンバルド18世は聡明な人物。

 こちらが先人の残した正体不明の技術を有する以上、直接的に武力を用いることは避けるのでは?」


「長フォルシャ、生意気を申しますが……」


 自分など、赤子に例えるのもおこがましいほどに年輪を重ねた人物……。

 だが、人の世にはうといエルフの指導者へ、これを説明する。


「――それは王の考えではありません」


「ほう?」


「王とは、並び立たぬもの……。

 まったくの異国であるならばともかく、こちらは自国の領土内で勝手に独立を宣言し、同じロンバルドを名乗っている立場……。

 これを許しては、王権の正統性そのものも揺らぎます。

 ゆえに、剣を手に取る」


 そこまで話すと、茶を一口すすった。

 やたらと苦い味がするのは、別に茶を飲みこんだからではないからだろう。


「愚かだとか懸命だとかは、この際関係がないのです。

 王が王であるために、そうせねばならない」


「人の世の、難しさよ……」


 俺の言葉に、長フォルシャがそのような感想を漏らす。


「まあ、軍というものはそう簡単に準備できるものではありません。

 今はお互いに、様々なことを準備する期間ですな」


 そう言いながら、空を見やる。

 頭上には抜けるような青空が広がっていて……。

 とても、この先に戦乱が約束されているとは思えない平穏な日よりであった。

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