獣人たちとの初顔合わせ
地表のみならず、そこかしこに自生するリンゴの木さえも包み込むほどの大きさに光が膨れ上がり……。
それは、姿を現した。
――大きい。
皇国に焼き払われてしまった、獣人国王城の天守閣よりも巨大な建造物である。
その全てが、見たこともない不思議な輝きの金属で覆われており……。
遠目に見れば巨大に過ぎる怪鳥のようにも思える巨体が、光の中から徐々に徐々にせり出し……その巨体を宙へ浮かべているのだ。
「……鳳凰?」
侍らに囲まれながらこれを見上げたウルカが、伝説にうたわれる霊鳥の名をつぶやく。
なるほど、これは祖国が興る際、初代獣人王の前へ姿を現し導いたというかの鳥を想起するに、十分な威容であった。
だが、伝説には、霊鳥が金属で出来ていたなどとは一切語られていない……。
ならば、全く別の存在であるはずと、バンホーはしかとその姿を見据える。
見据えたところで、何ができるわけでもないのだが……。
ともかく、巨大な金属怪鳥は、上空十メートルばかりのところで上昇をやめ、ふわりと滞空しはじめたのであった。
恐るべきは、いかなる原理でそうしているのか……一片の風さえも生じていないことであろう。
底部からあの球体と同じ光が発されているのを見るに、それがこの巨体を浮き上がらせていると見てよかった。
気がつけば、泉を中心に広がっていた巨大な光は消え去っており……。
それに包まれていた草花やリンゴの木は、何事もなかったかのように元と同じ姿を現す。
顔を見合わせたウルカたちは、間抜けに口を開けないよう注意しながら、上空を見上げるばかりだ。
『せっかくの木々をなぎ倒したくないのでな……。
少し、移動させてもらうぞ』
金属鳥から、先ほどと同じ声が響き渡る。
ならば、これなる存在の正体は鳥ではなく、乗り物……。
さながら、宙に浮かぶ巨大な船と呼ぶべき存在なのであろうか?
もっとも、宙に浮かぶ船などという馬鹿げた存在など、聞いたこともないが……。
『船』は、宙空を滑るようになめらなか動きで、ゆっくりとその場を移動し始める。
人間が歩くほどの速度で移動する『船』は、泉を中心とした緑地の端……見飽きた荒野が広がっている地点まで移動すると、また徐々に徐々に……その船体を降下させた。
――プシュリ。
……と、空気の抜けるような音が響き渡る。
それで『船』はその動きを停止させたが、その代わり、左舷部の一部が展開すると、そこからスルスルと階段が伸びてきた。
「バンホー……」
「ウルカ様、行ってみましょう」
忠臣に力強くうなずかれ、ウルカを中心とする一団は階段の前まで移動する。
果たして、伸ばされた階段の最上部……『船』の入口に、その青年は立っていた。
「出迎え、感謝する!」
多勢へ話しかけることへの慣れを感じさせるその声は、例の球体や『船』から響いてきたものと同一である。
その装いの、なんと奇抜なことか……。
種族は、ごく当たり前の人間……この大陸で最も数多い種族である。
しかして、着ている装束は、おそらく大陸のどこを探しても見つからぬものだ。
皮革とも、植物の素材を用いた布地とも異なる。
奇妙な光沢の衣服は人の手によるものとは思えぬほど見事な縫製であり、青年の体へぴったりと貼りついているかのようだ。
意匠もまた、見たことがない独特のものであるが……どことなく洗練された、紳士然とした品格を感じさせる。
これなる衣服に包まれた青年の容姿は、どことなく高貴さを感じさせるものだ。
しかし、長年ろくな手入れをしていなかったかのようなざんばらの黒髪といい、不精ひげといい、奇妙ではあれど整った服装とはどこか乖離を感じさせた。
総じて、奇抜にして奇矯。
ウルカはおろかバンホーですら、これまで出会ってきた人間のくくりには入れられぬと直感する青年だったのである。
青年が階段に一歩足を踏み出す……。
すると……おお……どういうことか?
まるで擬態型魔法生物か何かのように、階段が勝手に動き……青年を地面まで運び始めたのだ。
階段が運ぶのは、青年のみではない……。
そのすぐ後に、女性をも運んでいた。
こちらもまた、奇妙な女性である。
年の頃は、ウルカよりわずかに上であろうか……。
種族は青年と同じく人間のように思えるが、腰まで伸びた髪は種々様々な色合いの光を発しており、しかもそれは常に変化して留まることを知らぬ。
服装は青年のそれを婦人用に仕立てたようなもので、作り物めいて整った顔は、まばたき一つせず階下のウルカたちに向けられていた。
髪の色や、まばたきせぬことと並んで奇妙なのは、彼女の上体とほぼ同じ大きさの箱を背負っていることだろう。
衣服に使われている布地と似たような素材で作られたその中に、何が入っているのか……それを推し量る術はなかった。
ついに青年が地面に降り立ち、続いて降り立った女性がその傍らに控える。
そして青年は口を開くと、堂々とした声でこう名乗ったのだ。
「我が名はアスル! ロンバルド18世の命に従い、この『死の大地』を治める者!
招かれざる来訪者たちよ、名と目的を伝えられよ!」
その瞳が、まっすぐにウルカを見据えていた。
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久しぶり……実に五年ぶりに王族らしい名乗りを上げた俺は、一団の中心人物らしき少女を見やる。
実際に指揮しているのは、すぐそばへ控えている初老の――サムライだろう。
だが、一見しただけでただならぬ力量を感じさせる彼に守られているその少女こそ、獣人たちの中で最も身分が高いことを昔取った杵柄で見抜いていた。
おそらくは、ファイン皇国に攻め滅ぼされた獣人国の貴人……それもかなり、身分が高かった生まれの少女だ。
年若いながらも高貴さを感じさせる顔立ちといい、『死の大地』をここまで歩んできてなおつややかに輝く銀髪といい、王城の舞踏会に招いたならば注目の的となること疑いなしである。
獣人を実際目にするのはこれが初であったが、キツネの特質を備えた頭頂の耳がなんとも言えず愛らしかった。
着ている衣服は薄く粗末な……獣人国伝統の帯でまとめるそれであったが、生まれながらに持ち得た貴き魂がそれで隠せるはずもない。
さて、高貴な生まれなのは間違いないが、果たしてどのような身分なのだろうか……。
まさかまさかとは思うが、滅ぼされたはずの獣人国王家が隠していた最後の生き残りだったりしないだろうな?
その場合、事態は果てしなく面倒なことになるのだが……。
ともかく、努めて堂々とした立ち姿を晒しながら俺は向こうの返礼を待った。
余談だが、奪われた姓こそ名乗らなかったものの、俺の名乗りは全て現状の事実である。
……まあ、独立して反乱起こす気満々なんだけどね。
果たして、初老のサムライ――オオカミのごとき獣耳を備えた彼が、一歩進んで膝をつく。
同時に、少女以外のサムライ全員がそれに従い、膝をついた。
ただそれだけの動作でも、全体の練度を感じさせる……。
そして初老のサムライは、きっと顔を上げてこう名乗ったのだ。
「アスル殿! 丁寧な名乗り感謝いたす!
拙者は獣人国の侍大将バンホー!
そして、こちらにおわすが……」
バンホーなるサムライが少女に向けて片手を掲げ、その名を伝える。
「……獣人国の姫君、ウルカ様にござる」
獣人国の姫君だった少女、ウルカ様にござるか。
……さすがは、長年探し求めた超古代文明の遺物を発見した日だ。流れというものが来ている。
どうやら俺は、一番面倒で厄介な場合を引き当てたようだ。




