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戦乱の兆し

 ラフィン侯爵領の領都ミサンといえば、東西南北へ至る四つもの大街道が接続された、国内交易の要衝として知られる大都市である。

 必然、行き交う人々や牛馬の種類は尋常なものではない。

 ことその点においては、ロンバルド王国の王都たるフィングにすら勝っているであろう。


 とはいえ、それらは大別してしまえば商人であり、また、彼らの商品を運ぶか、あるいは自身が商品である家畜たちであった。


 ――商人で溢れた街!


 その光景が崩れたのは、ほんの三か月ほど前……冷害を原因とする大飢饉(ききん)が起こった時のことである。

 徴兵された農民たちが、いかにも急ごしらえな武具に身を包み出立の時を待つ……。

 飢饉(ききん)に対し先手を打ち、食糧にやや余裕のあったハーキン辺境伯領に侵攻するべく、この地の長たるスオムス侯爵が集めた民兵たちであった。


 最終的に、『米旗隊』の活躍により(いくさ)は回避され、彼らは解散することとなったが……。

 ミサンに暮らす者たちからすれば、街中がぴりぴりとしてなんとも居心地悪く……悪夢じみた期間であったと言える。


 今、その光景が再来していた。


 いや、あの時どころではない……。

 街を包む緊張感は、それ以上のものであると言えるだろう。

 それも、そのはずだ。

 此度(こたび)、街中をうろついているのは急造の民兵たちではない……。

 いずれも正規の訓練を受け、白銀に輝く武具へ身を包んだ騎士たち……あるいは、それに準ずる正規兵たちなのである。


 しかも、彼らはラフィン侯爵家に仕える者たちではない……。

 騎士や正規兵の常として体のどこかへ身に着けている紋章は実に様々であり、国中の貴族家から遣わされた者であるか、さもなくば家を背負う当主本人であると知れた。


 さながら、ロンバルド王国貴族家紋章の博覧会……。

 だが、状況はそのようにおだやかな代物ではない。

 街を行き交う他領の騎士や兵は、いずれもどこか殺気立った気配をまとっており、いらだちというものが、そこはかとなく感じられるのだ。


 それも、当然であろう……。

 彼らは、遣わした家やあるいは本人の意思に反して、ここミサンに逗留せざるを得なくなっているのだから……。


 騎士や正規兵たちの正体……。

 それは、使者である。

 どこへ向けた使者であるかは、昨今(さっこん)の情勢を思えば語るまでもあるまい……。


 彼らは、いずれもが、旧『死の大地』……現在の正統ロンバルド王国に向けて派遣された使者なのである。


 およそ三週間ほど前……。

 かつて狂気王子(ルナティック)と呼ばれていた青年――アスル・ロンバルドの建国宣言を『テレビ』で目にした諸侯は、すぐさま動いた。


 動いたといっても、その思惑は様々である。

 節操無くなつく相手を変える犬のごとく、現行王家への忠誠を捨て、新たに忠誠を誓おうとする家……。

 『マミヤ』なるあのすさまじい遺物からもたらされる恩恵にあずかるべく、『テレビ』で盛んに「欲しいなー欲しいなー牛とか豚とか馬とか超欲しいなー」と言っていた家畜類を交換材料として輸送する家……。

 中には、婚姻外交を狙い令嬢を連れている家まで見受けられた。


 思惑は様々であれど、彼らに共通しているのはただ一つ。

 ここ、ミサンを通らねばかの地へ赴けぬという点である。


 何しろ、正統ロンバルドに隣接している国内貴族領と言えばハーキン辺境伯領のみであり、その辺境伯領へたどり着くには現行ロンバルド王家が治める王領か、ラフィン侯爵家が治める侯爵領のどちらかを通らねばならない。


 『テレビ』の放送を見れば、辺境伯家が正統ロンバルドに鞍替えしているのは明白であり、そうなると、王領経由でかの地に赴くことは不可能だ。

 王家からすれば、明確に敵対している相手との交通をそのままにしておく理由は一切なく、王領から辺境伯領へ至る道は全てが封鎖されているにちがいない。


 となると、侯爵領経由こそが唯一無二の道のりであったが……。

 ミサンへ訪れた他領の使者に対し、侯爵家旗下の兵が告げた言葉はにべもないものであった。


 ――侯爵領から辺境伯領に至る道は、現在、その全てが封鎖されている。


 ……相手の格によって言葉使いなどこそ異なるものの、告げられた内容はおおむねがそのようなものである。


 ――街道の封鎖!


 これが意味するものは、ただ一つ。

 王家が、侯爵家の首根っこを掴んだのだ。

 そもそもが、ラフィン侯爵家は王位継承権すら有する古きからの名門であり、王家とは蜜月の間柄にある。

 これを押さえることは、王家にとって容易だったにちがいない。


 現行ロンバルド王家からすれば、最も恐れるのは国内貴族家が仕える対象を変え、正統ロンバルドこそが戴くべき主であると表明することだ。

 よって、王家は侯爵家と手を組み、物理的に道筋を塞ぐことによってこれを封じたのである。


 陸路が封じられた以上、残るは海路であるが、こちらも辺境伯領の領海へ至るには、大陸逆周でもしない限り王領近海を通る必要があり、海上封鎖が敷かれているのは火を見るよりも明らかであった。


 こうなると、使者を遣わした家々にとっては詰みだ。

 相手はただでさえ強大無比な勢力を誇る侯爵家であり、しかも、背後には王家すら控えている。

 とてもではないが、武力で押し通ることなどできようはずもない。

 では、交渉の道があるかと言えばこれは否で、この地を治めるスオムス侯爵は今現在、王家以外のあらゆる使者を門前払いにしていた。


 武力ではかなうべくもなく、交渉の道も閉じられている……。

 貴族家使者たちができるのは、結託して領都ミサンに逗留し続け無言の圧力をかけることのみであり、それが現在の緊迫した状況を生み出しているのである。


 まさに……一触即発。

 新しき風を求める中小貴族家たちと、それを防がんとする王家及び侯爵家の合同勢力とで、無言のぶつかり合いが続いているのであった。


 いや、ぶつかり合っているのはこの二勢力のみではない……。

 もう一つにして最大の勢力――民を忘れてはならないだろう。


 王家と侯爵家が交通を塞いで以来、当然ながら国内で見かけなくなった物がある。

 それすなわち……『米』の旗。

 あれほど人々から英雄視され、各地で歓迎されていた者たちの御旗がぱったりと見かけられなくなったのだ。


 すでに飢饉(ききん)を乗り越えられるだけの食糧は供給されていたので、飢える心配はない。

 しかし、新しい時代を感じていた人々にとって、それをもたらす存在とのつながりが目に見える形で断たれたのは、大きな苦痛であった。


 しかも、『テレビ』では連日……正統ロンバルドと手を結んだ辺境伯領のすさまじい発展ぶりや、同領内に存在するエルフ自治区に作られた養鶏場の光景などが放送されているのである。


 ――俺たちも正統ロンバルドの一員になれれば!


 ――アスル殿下、いや、陛下の民となれれば!


 ――同じだけの豊かさを得られるんじゃないか!?


 『テレビ』を見た人々の想いは、日に日に膨れ上がっていった。

 皮肉にもそれは、『テレビ』という『テレビ』が役人の手により接収された王領及び侯爵領でより加速していたのである。


 今、ロンバルド王国は……着火を待つ(たきぎ)も同然の状態であった。

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