陛下
――偉大なる祖先への決意表明。
――俺を『死の大地』へ遣わしたことになっている主とホルン教皇への感謝。
――今後も可能な限り『マミヤ』から得られた恩恵を人々に還元する旨。
端的にまとめてしまえばほんの数行で済んでしまう事柄を、時に熱く! 時にささやくようにしながら、イヴの構えるカメラに向けて語っていく……。
「――さて、今諸君らの目には、急速に緑化が押し進められている旧『死の大地』の光景が映し出されているだろう!
ご覧頂いているように、かの大地はもはや不毛の地ではない……。
人が住むことも、また、行き来することもたやすい平坦にして緑豊かな地と化している!」
手はず通りに進行しているならば、ウルカ率いる『マミヤ』居残り組の手により、俺が述べたままの映像が流されているはずである。
事前の練習にのっとり、よどみなく続く言葉を口にしていく。
「脇に表示されている地図から分かる通り、港も整備されており、親愛なる辺境伯領の領都ウロネスにおいては定期便の運行も予定されている。
我々は、何者も拒まない!
……何しろ、関所を設けようにもそうするだけの人手が足らないからな。おっと、ここは笑い所だ」
……本当に、このジョーク必要なんだろうな?
原稿を書いたバンホーに心中で疑問を投げかけながら、あえて作り物と分かるように笑顔を浮かべる。
まあいいや、ゲームなんぞやったことない王国民にもそれなりに好評らしい、ゲームプレイ動画配信者……ツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃんの手腕を信じよう。
真実を知られたら刺されても文句言えんぞ、あのジジイ。
「……では、名残惜しいところではあるが、今日の発表はここまでとさせて頂こう。
明日以降も引き続き、正統ロンバルドに関する情報は『テレビ』を通じてお伝えしていく予定だ。
他の番組ともども、よろしくお願いしたい」
とびきりのキメ顔を作りながら静止すること数秒……。
イヴがオーケーサインを出したのを見て、ようやく息を吐き出した。
「お疲れ様です……。
さしものあなたと言えど、やはり国中全てを相手に話すとなれば疲れを覚えるのですな?」
撮影中、ずっと俺の傍らでおだやかな笑みを浮かべ続けていた人物……。
すなわち、ホルン教皇がそう言う自身もほっとした顔をしながら俺に話しかけた。
「ご存知とは思いますが、この身は青春時代の大半を古文書相手に過ごしてきた身……。
あなたほどの方を隣において大衆相手の演説をするなど、赤面の至りですよ」
「その割には、実に堂々としておられた」
にこやかな笑みを浮かべていた教皇であったが、そこまで言うと瞬時に顔を切り替える。
海千山千の連中を相手取り、ついには教皇の地位にまで上り詰めた男……。
ホルンという人物にとって、本来の顔である。
その胆力も話術も、本来なら俺ごとき若造では到底及ぶべくもあるまい。
「さて、ここまであなたが描いた絵の通りに踊ってみましたが……。
今後は、どのように踊ってほしいですか?」
彼が選んだのは、単刀直入に聞くこと。
まあ、外では兄上率いる騎士団が依然として包囲中であるし、駆け引きなんぞしている場合ではないわな。
「どう踊ってほしいかと問われれば、踊らずにいて頂きたいと答えます」
そんな彼に対し、俺もまた率直に自分の考えを告げた。
「教皇猊下におきましては、引き続きこの大聖堂から人々をお導き願いたい」
「ほう、それは少々意外ですな?
てっきり、私はあの『マミヤ』とやらで、あなたの興した国に連れて行かれるものと思っていましたぞ?」
「私の興した国であり、あなたが後押しした国ですよ」
親愛なる共犯者にその点を強調しながら、続ける。
「信仰というものは、人心を安らかたらしめるに必要不可欠。
その象徴と呼べる存在を、いきなり連れ去ることなどできませぬ」
「しかし、ですな……。
それではその、なんと言いますか……」
「猊下は、暗殺の心配をなさっておられる?」
言いづらそうに口ごもるホルン教皇へ、助け舟を出すようにそう述べてやった。
「まあ、そうです……な。
今の私は、王家に対して堂々と敵対姿勢を取った状態……。
王宮からすれば、獅子身中の虫とはまさに私のことでしょう」
「まあ、確かにその通りですな」
嘘をついても仕方がなく、その点に関しては素直に首肯しておく。
その上で、俺は自分の考えを述べた。
「しかしながら、18世陛下と両王子の人柄をよく知る者として断じましょう。
猊下の暗殺……それだけはありえないと。
無論、臣下の中にはそれを献策する者もおりましょうが、まず首を縦には振りますまいよ」
「……案そのものは出るのですな?」
「そりゃあもう、出ますとも」
何しろ、眼前に立つのは主の信頼厚き教皇殿である。
従順なる神のしもべとして、顔をひくつかせる彼にきっぱりとそう言ってやった。
「しかし、重ねて述べますがその案が採用されることはない。
今、そのようなことをすれば、民心の離れゆく動きが加速すること請け合いですからね。
心が離れるのは民草だけではない……。
それは貴族家も同様です。
どのような状況であっても忠義を尽くす者であったとて、猊下があからさまに不審な死を遂げたら、はたしてどうなるものか……。
それほどまでに、御身の存在は重いのです」
王国の法にのっとれば、聖職者殺しは例外なく死罪である。
いや、例え殺しでなかったとしても……。
聖職者を害する犯罪行為は、いずれもいっとう重い罪に問われるのが慣例だ。
俺自身、目の前で神官を襲っている暴漢がいたら、事情も何も聞かず問答無用で魔術を放ってしまう自信があるしな。
この世において、疑ってはならぬ三つのもの……。
それすなわち、神であり、法であり、僧である。
その意識は人々の心に根深く刻まれており、これを犯せば村八分どころでは済まないと聞く。
そりゃ、我が先祖も教会から破門された時、必死こいて許しを請うたわけだ。
「まあ、そのようなわけで、御身は今、王国一安全なご身分ですよ。
なんなら、その安全と健康を誰よりも強く願っているのが18世陛下でしょうな」
「ふうむ……」
俺の言葉を受けて、ホルン教皇があごをさする。
まあ、暗殺まではいかないにしろ嫌がらせは色々とあるだろうが……。
そういうの相手にするの、あなた得意でしょ? とは言わないでおこう。
「イヴ」
「はい」
不安もある程度取り除いたところで、事前の打ち合わせ通りイヴに贈り物を取り出させる。
それは、俺も愛用している携帯端末と充電用ソーラーパネル……そして取扱説明書だった。
「どうか、これをお受け取り下さい。
離れた相手と、寸分の間も置かず会話を可能にする道具です。
使い方は、説明書をご参照のほど」
「ありがたく受け取っておきましょう。
何かあった時は、これで連絡しろということですな?」
「いかにも……では、またお会いしましょう」
イヴからそれを受け取った教皇にうなずき、きびすを返す。
成すべきことは成した。
後は、外にいる連中の緊張が爆発しない内に引き上げるとしよう。
イヴを伴い歩き出そうとした俺の背後で、最も偉大な聖職者が十字を切る気配がした。
「あなたに主のご加護があらんことを……。
――アスル陛下」
――陛下。
その言葉が、俺の背にずしりと重くのしかかった。




