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独立宣言

 一歩……。

 また一歩……と、第三王子が大祭壇に向けて歩き出す。

 その動きは極めてゆったりとしたものであり、ぴんと背筋を伸ばしながらそうする姿からは、ただ歩くという行為でありながら、どこか儀礼的な雰囲気がにじみ出していた。


 大祭壇の前でこれを待ち受けるのは、いかにもおだやかな笑みを浮かべた小肥な老人である。

 身に着けたるローブは見るからに高そうな布地を惜しげもなく使った逸品であり、のみならず、職人たちの手によって金糸の刺繍が至る所に巡らされていた。

 手にするは、先端に十字架が取り付けられた黄金の杖……。

 その姿はさながら権威の化身であり、人々の信奉を一身に背負うにふさわしい。


 王都やその近郊へ住まう者ならまだしも、そうでない者たちにとっては彼が何者であるか知る(よし)などないが……。

 『テレビ』の前で固唾を飲む誰もが、それを直感していた。


 第三王子が……。

 そして、これを『テレビ』に映すための道具を構えたイヴが、ついに老人の前へと到達する。


 到達すると同時、第三王子がうやうやしくその前へひざまずき……。

 老人がそっと差し出した手の甲へ、軽く口づけをしてみせた。


 上空に映し出された映像を見やる王都の人々が……。

 そして、『テレビ』の前に待機する全王国民が見守る中、第三王子が立ち上がる。

 老人はそんな彼の肩を軽く抱き寄せ、『テレビ』の前にいるこちら側へほがらかな笑みを浮かべてみせた。


『皆さま、お初にお目にかかる方も多いでしょう……。

 私の名は、ホルン。

 昨年より教皇の任を賜っている者です』


 それに対し、人々が見せた反応はといえば様々である。

 ある者は、そうする理由も分からないまま深くうなずき……。

 またある者は、生涯目にすることがないだろうと思っていた最高位の聖職者が威容に、感激の涙を流す……。

 共通しているのは、感謝の念……。

 彼こそが神託により第三王子を導き、飢えに苦しむはずだった自分たちを救った救世主なのだ。


『本来ならば、こうしてご挨拶することがかなわなかった方々も多いことでしょう。

 まずは、我が願いに応じて過酷な探索の任に就き……。

 その機会を作ってくれたアスル殿下に、深い感謝を捧げます』


 そう告げると同時に、第三王子と固い握手を交わし合う。

 互いの手を握りながらも、両者の視線は『テレビ』を通じてこちら側に向けられており……。

 深い笑みを浮かべる二人の姿からは、この時を迎えた喜びというものが感じられた。


『主の教えを守り、聖職者の願いに応えるは当然のこと……。

 私こそ、その任を果たす大役に選んでいただけたこと……深く感謝いたします』


 それで、前置きは済んだということか……。

 手を放した両者が、『テレビ』の前にいるこちらへ正面から向き直る。


『さて……昨日話した通り、本日諸君らの時間を頂戴したのは、親愛なる教皇猊下(げいか)と共にある重大な発表をするためだ。

 ――猊下(げいか)


 第三王子にうながされ、偉大な聖職者が手にした黄金の杖を構え直す。

 そして、こつり……とその石突きで床を叩き、堂々たる声音(こわね)でこう宣言したのだ。


『こちらのアスル殿下は、すでに王家からその名を抹消された身……。

 しかし、教会においては、王族の血を引き先祖伝来の国宝を持つ者に王権を認めると定められています……』


 そこで教皇は一度言葉を区切り、鋭い視線を向けてみせた。


『従来、先祖伝来の国宝として扱われてきたのは建国王ザギ・ロンバルドが振るっていた宝剣……。

 しかし、私はただ今王都上空に停泊している『マミヤ』なる空中船もまた、それに勝るとも劣らぬ宝であると判断します。

 ゆえに、主が御名(みな)(もと)、当代教皇として宣言しましょう!

 ここにおられるアスル・ロンバルド殿下に、王権を認めると!』


 その宣言には、誰もが息を呑んだ。


 ――王権の主張!


 ……それはすなわち、現行の王権を簒奪(さんだつ)せしめんという意思の表れではないか!?

 誰もが、そう思ったのである。

 それを否定したのは、他ならぬ第三王子その人であった。


 一歩前に歩み出た青年が、懐から丸筒を取り出してみせる。

 多くの者には価値が分からぬ品であったが、見る者が見れば、それは王家が発行した証書を収めるものであると判じられた。


『皆、突然の宣言に驚かれたことだろう……。

 中には、私が現王政に対し反旗を翻したと解釈した者もいるかもしれない。

 しかし、安心して欲しい……私にその意思はない』


 そこまで言うと、第三王子は丸筒を開き、中に収められていた羊皮紙を取り出す。

 そして、それを『テレビ』越しでもよく見えるよう広げてみせたのである。


『ここには、『死の大地』を我が領地として下賜(かし)する旨が記されている。

 かの地を探索する私のために、偉大なるロンバルド18世陛下がお取り計らい下さったのだ。

 ゆえに、今現在における我が正式な身分は、『死の大地』を治める領主ということになる』


 あらゆる貴族にとって宝物そのものと呼べるそれを再び丸筒へしまった(のち)、第三王子は力強く声を張り上げた。


『そして、私は今ここに、我が領地の独立を宣言する!

 領地の新たな名は、『正統ロンバルド王国』!

 偉大なる父祖の遺産を受け継ぎ、その力をあまねく民へ分け与える楽土である!』


 ――正統ロンバルド!


 王都に……。

 いや、ロンバルド王国全土に……。

 しん……とした静寂が満ちた。


 教会により、王権を保証された者――アスル・ロンバルド。

 彼は今ここに、現行王家と並び立つ新たな王家の創設を宣言したのである。


 政治という者に無縁の者であっても、その事実にはただただ言葉を失う他なかった。

 人々が衝撃に押し黙る中……。

 間髪を入れず第三王子に……いや、新たな王に並び立ったホルン教皇がこう宣言する。


『教会を束ねる者として、主が御名(みな)(もと)、新たな国家の成立を認めます!』


 王権とは教会が保証するものであり、これは言ってしまえば、国そのものの正統性も教会が保証しているということだ。

 ゆえに、極めて異例のことではあるが……。

 今ここに、新たな王家が――その王国が正統性を保証された。

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