王都大聖堂テレビ観光!
――王都大聖堂。
言わずと知れたロンバルド王国の聖地であるが、では、実際にここを訪れた国民はどれほどかというと、意外なほどにその数は少ない。
割合で言うならば、せいぜいが二割から三割といったところであろう。
その理由は、語るまでもない……。
旅行する……旅をするという行為の、大変さにあった。
王都近郊に住む者であるならば、よいだろう。
仮に三日で到達可能な距離に住む者であるならば、王都で数日滞在したとしても都合をつけることは十分に可能だ。
しかしながら、広大なロンバルド王国であり、そうはいかぬ者も数多い。
いや、むしろそちらこそが多数派であると言えるだろう。
一ヶ月も二ヶ月も住んでいる土地を空けるということは、生業を放棄することに他ならぬ。
信仰厚きロンバルド国民であるならば、生涯に一度は目にしたい聖地。それこそが王都大聖堂であったが……。
そのような理由から、多くの国民は旅商人などからの伝聞で想像を膨らませるに留める地……。
それが、王都大聖堂の実態だったのである。
で、あるから……。
夕陽もそろそろ沈もうかというこの刻限。大聖堂を目にしたことがない者たちは、王国各地へ供給された『テレビ』の前へとかぶりつきになっていた。
年老い、もはや王都へおもむく機会も体力もないと割り切っていた者などは、涙しながら『テレビ』に向け祈りを捧げていたほどである。
あくまでも、放送の目的は第三王子と教皇による声明発表にあったが……。
夢想していた大聖堂の姿をその目に焼き付けられただけでも、多くの者にとっては『テレビ』の前へ駆けつけた甲斐があったのだ。
『テレビの前にいる皆さん、ご覧ください。
素晴らしい壁画です。
マスター、こちらは?』
『そちらは当時、教会から司教の任命権を奪おうとし、結果として時の教皇から破門を言い渡された我が先祖が、許しを請うために贈ったものだ。
まあ、子孫としてはやや複雑なところもあるが……。
今日においては、揺るがぬ教会権力の象徴としてこの大聖堂に飾られている』
『テレビ』の中では、もはや全国民の顔馴染みとなりつつある少女――イヴが、大聖堂各所の目立つ品々を映し出しては第三王子に質問をしていた。
それに対し、これはさすがの教養と言うべきか……。
第三王子はすらすらとよどみなく、イヴに……ひいては、この場所を知らぬ全国民に向けて、それぞれの逸話を語り聞かせていたのである。
第三王子を先導する枢機卿らはその度にいちいち足を止めることになったが、あえてその行為を咎めるようなことはせず……。
どころか、時には燭台などを用い、よりよく映るように手助けすることもあった。
これが、大聖堂を知らぬ国民にとって待望の機会であることを理解した上での、聖職者らしい振る舞いであると言えるだろう。
それにしても、第三王子の堂々たる姿といったら……。
彼自身、満を持しての対面であろうに、いささかも焦る様子がないばかりか、名所について説明する姿には余裕すら感じられる。
果たして、この青年が教皇と共に何を発表するのか……。
国民のほぼ全てが、期待を膨らませつつ彼の解説に耳を傾けていたのである。
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やばい……
ゲボ吐きそうなくらい緊張してる。
何しろ、予行演習無しの一発勝負だからな。
俺ごとき矮小な人間では、緊張を抱くなという方が無理だろう。
とにかく、今は時間を稼ぐのが重要だ。
首から上は涼やかに……。
しかし、その下は嫌な汗でぐっしょりと濡らしながら、俺はカメラを構えるイヴのカンペに従い続ける。
先ほどからこうして、王都大聖堂豆知識を披露している理由……。
それは、親愛なる教皇猊下に準備の時間を与えるためであった。
実は、大聖堂の門をくぐると同時……。
俺とイヴはカメラに映らぬようカンペで枢機卿たちに指示を出し、神官の一人にあらかじめ用意した手紙を持たせ、ホルン教皇の下へと走らせていた。
手紙には、この先俺と対面した際に話して欲しい内容を簡潔にしたためてある。
それを読んだホルン教皇が精神的にも儀礼的にも準備を整えるまで、こうして王族トーク術の限りを尽くし時間を稼いでいるというわけだ。
幸いなのは、枢機卿たちが協力的……というより案外ノリが良いことであろう。
先ほどから、イヴがどこからともなく取り出し続けるカンペの指示に従い、照明の角度を整えたり、ちょっと遠回りして大聖堂の名所へいざなったりと大活躍だからな。
やっぱり、このワシみたいな顔したお爺さんは案外イイ人なのかもしれない。
そんな風に、先人たちの残した品々について解説し続けていると……。
廊下の端に手紙を託した神官が姿を現し、カメラに映らぬようカンペを掲げてきた。
――準備良し!
――大祭壇まで来られたし!
ついにこの時がきたか!
枢機卿と目線を交わし、カメラにバレぬよう小さくうなずき合う。
そしてカメラを向けるイヴに目を向けると、彼女はいつも通りの無表情で一枚のカンペを取り出したのである。
いわく、
――ここでボケて。
……ボケないよう!
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――ついにこの時がきた!
『テレビ』の前に集いしロンバルド王国の民たちは、言葉にして告げられずともそれを直感した。
大聖堂内部にいくつも存在する扉のうち……。
もっとも巨大で、分厚く、過度な装飾など成されていないにも関わらず歴史の重みを感じさせるそれの前へ、枢機卿に導かれし一同がたどり着いたからである。
『アスル殿下には、語るまでもありますまいが……』
扉の脇にうやうやしく控えながら、ロイル枢機卿が『テレビ』の前にいるこちらに目線を向けた。
『ここから先にありますのは、大祭壇……。
我が国における信仰の中心地点と呼ぶべき場所でございます』
語り終えた枢機卿がちらりと目をやると……。
それに従った神官たちが、重い扉を静かに……静かに開いた。
扉が開いた先にある、景色……。
それの、なんと素晴らしきことであろうか……。
扉と同じく、過度な装飾が施された空間ではない……。
しかし、大理石製の床板を敷かれ、壁から天井まで白亜に染め抜かれた巨大が空間が、無数の燭台に照らされる様ときたら……。
見るだに静謐そのものであり、『テレビ』の前にいるこちら側も何やら身を清められるような……神聖な空気を感じられた。
偉大な聖人の偶像がまつられた下には、複雑精緻な装飾を施された巨大な祭壇が存在しており……。
その手前で、一人の聖職者が第三王子を待ち受けていた。




