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運命の扉

 つぶれたカエルのように地面へぶっ倒れていた俺であるが、すぐさま気合で立ち上がる。


「むうううんん……!」


 そして、即座に回復魔術を発動!

 ダラダラとこぼれ落ちていた鼻血を止め、これをハンカチでぬぐう。

 しん……とした静寂が満ちる中、パッパと全身に付着した土埃を掃い、平然とした顔を作ってみせた。


 ――今のナシね!


 ……という、無言の宣言である。

 うん、視線が痛い。

 この場だけではない……。

 王国中に、今の光景は中継されているのだ。

 まるで国中から呆れの視線を向けられているようで、今すぐどっか適当な秘境をさすらいたい気分である。


「……お待ちしておりました」


 そのように声をかけてくれたのは、懐かしき大聖堂門前で聖職者たちを従えている老人だ。

 見るからに高位の聖職者であると見て取れる装いをした、ワシのごとき風貌の人物……。

 彼は――ロイル枢機卿(すうききょう)

 前年までは辺境伯(ベルク)のところで大司教を務めていた人物であり、金に汚いところがある人物と聞いていたが……俺の意を汲み今のを見なかったことにしてくれてる辺り、ひょっとしたらイイ人なのかもしれない。


 こほん、と咳ばらいをし、周囲を守ってくれているバンホーたちの中を歩み出す。

 『マミヤ』製のフル装備に身を固めた彼らの内訳は、獣人のサムライたちを筆頭にエンテ率いるエルフ女性部隊や、奴隷チームから選抜された者たちで……。

 特に、実戦を経験したことがない奴隷チームからは緊張の色が見て取れた。


「バンホー、この場を頼む。

 全員にブラスターライフルを持たせてはいるが、緊張に負けて発砲することがないように」


「心得ております」


 横をすり抜ける際、マイクに拾われない程度の小声でバンホーとやり取りを交わす。

 あえて、そちらに視線を向けることはしてないが……。

 敬愛する兄上――ケイラーが展開する騎士団の圧力はさすがのひと言であり、これに負け、安全装置を解除してしまう者が現れないとは限らなかった。


「ここは我らに任せよ。

 貴様は、己の成すべきことを成してくるがいい」


 頭上から力強くそう声をかけてくれたのは、我らが誇る筋肉覇王――オーガである。

 お前が近づきすぎると、俺が小男みたくなっちまって映像()えしないから、もう少し距離を置いて頂きたい。


 そんな彼女の威圧感たるや、さすがのひと言で、単独で騎士団のそれに拮抗している……というか飲み込んでいるようにも思えた。

 いやまあ、事実として、けしかければ皆殺しにしてくれるんだろうけども。

 俺の兄貴はクソクソクソクッソ強いが、それはあくまで人類としての範疇に収まる強さなのである。


 正直、投入するかどうかはかなり迷ったが……。

 ブラスターなんぞ知らない騎士団からすれば、彼女の存在こそ最大の抑止力になりうるという俺の考えは間違いではなかったということだ。

 ただ、お前のせいで醜態(しゅうたい)晒したのは忘れないからな!


 ともかく、頼れる仲間たちにこの場を任せ、大聖堂門前へ歩みを進める。

 後に従えるのは、ハンディカメラを構えたイヴのみ。

 武装した仲間を連れず、また、俺自身も寸鉄一つ帯びていないのは、教会権力に対する当然の礼儀であった。

 まあ、一瞬でライジングスーツを装着できるペンダントは身に着けてるし、懐にはブラスターも隠しているんだけどな。


「アスルです。

 早速ではありますが、教皇猊下(げいか)との対面を願いたい」


「殿下がご不在の間に枢機卿(すうききょう)の任をたまわりました、ロイルと申します……。

 殿下との対面は、教皇猊下(げいか)も望まれているところ……ですが」


 一歩前に出て俺を迎えたロイル枢機卿(すうききょう)は、そこで言葉を止めて俺のやや後ろ――イヴを見やった。


「『テレビ』を見る限り、エルフとも友誼(ゆうぎ)を結ばれている殿下のこと……。

 そちらにいる女性の髪が、人間のそれでないことに関しては何も申しませぬ。

 しかし、その手にした物は……?」


 ロンバルド王国において他種族と言えばエルフのみであり、彼らは自治区に住んでいる都合上、この大聖堂を訪れることはない。

 従って、これまで大聖堂の門をくぐってきたのも通常の人間のみであり、正直、そこに関してはつっこまれると思っていたのだが……。

 種族的な問題に関してどうこう言わぬとは、やはり話の早い爺さんである。


「イヴ、説明してさしあげろ」


 そんな彼の懸念を払拭すべく、俺はイヴにそううながした。


「イエス。

 私が手にしたこの道具はカメラといい、目の前にある光景を記録し、または中継することでテレビなどに出力することが可能です。

 上空をご覧ください」


 いつも通り無限の色彩に変化する髪をきらめかせる彼女にそう言われ、ロイル枢機卿(すうききょう)とついでに俺も空を見上げる。

 『マミヤ』の空間プロジェクター技術を用い、そこに映し出されていたのは、まさに上空を見やっているワシのごとき顔をした高位聖職者――ロイル枢機卿(すうききょう)の姿であった。


「今回の目的はマスターと教皇猊下(げいか)による、全ロンバルド王国民に向けた声明発表であり、そのためにカメラの持ち込みは必要不可欠であると判断します」


「私からも、お願い申し上げる」


 深々と頭を下げ、請う。

 これからを考えればやすやすと頭を下げるものではないのだが、神聖にして不可侵たる大聖堂に得体の知れぬ道具を持ち込もうというのだから、これは当然の礼儀であった。


「頭をお上げください。

 そういうことでしたら、私の名においてこれを認めましょう」


 高位の聖職者らしい、大仰な仕草をしながらロイル枢機卿(すうききょう)がそう告げる。

 これで、全ての準備は整った……。

 頭を上げ、いざなわれるままに踏み出そうとしたその時だ。


「――アスル!」


 戦場で号令を発したならば、これを聞き逃す兵などおるまい……。

 そう思わせる大音声(だいおんじょう)が、布陣したバンホーたちの向こう側――王国騎士団の先頭から響き渡った。

 我が兄にして、王国一の騎士……ケイラー・ロンバルドの声である。


「戻って来い!

 父上も、お前の進言を無下(むげ)にした不明を恥じておられた!

 もう、お前を認めぬ者など存在せぬのだ!

 だから、帰って来い!

 そして、父上と兄上と俺と……昔のように力を合わせ、この国のために尽くすのだ!」


 ――父上が、俺のことを認めてくれた。


 その事実に、涙が流れそうになるのをこらえる。

 これで俺は……救われた。

 たった一つ……あの時欲しかったものが、五年の時を経てついに得られたのだ。


 そして俺は……救われた自分自身を、これから地獄に突き落とさねばならない。

 なぜならば……。

 それこそが、第三王子として生まれたこの身が、国に尽くすための道であるからだ。


 兄上……。

 もう、遅いのです……。


 だから、振り返ることはしなかった。

 おそらく、顔を合わせる時は――雌雄を決する時!


 目の前で、大聖堂の扉が開いていく……。

 いや、開いたのは俺の……。

 この国に生きる民たちの……。

 そして、おそらくは、この世界に生きる全ての者たちの……。


 運命の、扉だった……。


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