第三王子の兵たち
目視可能な者は、直接……。
それがかなわぬ者は、上空を『テレビ』のごとく使って映し出された映像を……。
また、そもそも王都に居ない国民らは、各町村の集会所などに設置された『テレビ』を使って、これなる光景を目に焼き付けた。
ついに大聖堂をのぞむ位置にまで到達した先人の遺物――『マミヤ』。
超巨大な銀怪鳥と呼ぶ他にないこれが、王国の誇りと呼ぶべき一大建築物……王都大聖堂を眺めるように上空へ浮かぶ様は、一種の神秘性すら感じられる光景である。
ならば、そこから展開された光景は神話の一節と呼ぶべきか。
『マミヤ』周辺の空間に、円状の光がいくつくもいくつも生み出されていく……。
それらは、一つ一つが騎馬兵を飲み込めるほどの大きさがあり……。
果たして何が起こるのかと、人々や眼下の聖職者たち、そしてやや遠巻きに布陣する騎士団が眺めていると……。
光の中からにじみ出すように、奇妙な兵たちが姿を現したのである。
そう、奇妙な……本当に奇妙な装いをした兵たちだ。
全身を包んでいるのは、眼下の騎士たちのそれにも似た全身鎧のようであるが……。
その光沢は金属とも皮革とも異なるものであり、強いて言うならば、各地へ供給された米袋などに用いられている素材に似ていた。
それはどうやら、軽量かつ全身の動きを阻害しないように仕立てられているようであり……。
兵たちは、いずれもが軽快な動きを見せていた。
彼らの顔を見ることは、かなわない。
全員が、頭部どころか襟元までを覆う兜を装着しているからだ。
しかもこの兜……それでどうやって視界を確保しているのか、顔に当たる部分が黒いガラスで覆われており……。
その下にいかなる人相が控えているのか、うかがい知る術がないのである。
また、先頭で一団を先導する七人ばかりのみは少々装いが異なっており……。
彼らが被る兜の頭頂部には獣耳のような装飾が施され、腰から下にはマントを装着し……。
加えて、反りが入った美しい刀剣を大小二本下げていた。
彼らに対して見覚えがあるのは、ハーキン辺境伯領が領土ウロネスで暮らす者たちである。
なんとなれば、人間の手によるものとは思えぬほど巨大な鋼鉄船を用い、各地へ供給される食糧をウロネスに輸送していたのが先頭の者たちであるからだ。
しかし、そんな彼らであっても見慣れぬ変化が、今回ばかりは存在した。
他でもない……。
空中に、浮いていることである。
空に浮かぶ『マミヤ』が、自身の周囲に生み出した光から出てきたのだから当然ではあるのだが……。
奇妙な兵たちはいずれも、足場なき空中へその身を晒すことになる。
だが、その身が世の理に従って落下することはない。
魔術でも使い、空中に浮いているからか?
……否。
彼らはいずれも、浮遊する踏み台に乗っていたのである。
踏み台は、貝殻を上下逆さまにしたような形状をしており……。
巻貝のような下部分からは、『マミヤ』を浮かべているのと同様の光が発されていた。
頼るものなき空中でそんな物に乗るなど、いかにも不安定そうであるが、兵たちはいずれもがっしりと踏み台の上で構えており、地上に立つ時と変わらぬように思える。
ばかりか、どうやらこの浮遊台は乗る者の意を汲んで自由自在に空中を駆け回れるようであり……。
一種の曲芸じみた動きをしながら空中を動き回る様は、鳥類のそれにも劣らぬ俊敏さを感じさせた。
それにしても、だ……。
宙を舞う兵たち全てが手にしている両手持ちの筒は、一体なんなのであろうか?
筒、と一言で表したが、それは言葉ほど単純な構造をしていない。
全長は、兵たちと比しておよそ80センチ程度であろうか……。
先端部は細長くなっているが、最後部は扇状に広がり、これを肩へ当てられるようになっている。
上部には、小さな――望遠鏡を思わせる部品が取り付けられており、下部には筒全体をを保持するための取っ手が備わっていた。
とても武具の類には見えぬが、では祭具なのかと問われれば装飾というものが一切存在せぬ。
身を守るための全身鎧……。
宙を自在に行き交うための踏み台……。
それら二つに比べると、どうにも用途の知れぬ代物であった。
ともかく、それら奇妙極まりない装備で身を固めた一団が、空中で見事な……そして立体的な陣形を築き上げ、徐々に……徐々に、と、地上へ向け降下してくる。
だが、その中に思惑の違いこそあれど……地上に居る全ての人間が待望する青年の姿は見受けられなかった。
全身鎧を装着しているため、そうと判じられないのか?
いや、そうではない……。
さながら、騎士に囲まれ凱旋する王者のように……。
その青年は、十分に陣容が整うのを待って、やはり光の中から姿を現したのである。
他の者たちと違い、寸鉄一つ帯びていない体は『テレビ』で姿を見せた時と同様、いかなる国の様式とも異なるどこか軍服然とした装束に包まれており……。
他の者たちと違い、彼は自身が得意とする魔術によって浮遊し、ゆるりと地上に向け降下していた。
その顔を知らぬ民など、もはやこのロンバルド王国には存在すまい。
――アスル。
かつての第三王子が今、空中にその姿を現したのだ。
彼の後には、これも『テレビ』に出演していた極彩色の髪を輝かせる少女が、兵たちと同様浮遊台に乗り追従していた。
少女の手には、兵たちが手にする筒をさらに小さくし、片手で保持できるようにしたような謎の道具が握られており……。
洞察力に優れた者であるならば、その道具を向けた光景が空中や『テレビ』に映されていると知ることができただろう。
もっとも、空中や『テレビ』には地上でこれを迎える聖職者たちや騎士団の姿が多角的に映されているため、それのみが供給源というわけではないようだが……。
ともかく、浮遊台に乗った者たちが地上へ降り立ち、素早く乗っていた台を回収すると鎧の背部にこれを装着し、円陣を展開していく……。
最後に、その中心へ第三王子と万色の髪を持つ少女が降り立った。
これを迎え入れると決断した、聖職者たち……。
そして、これを捕縛したいが政治的な問題により手をこまねいている騎士団の間に、緊張が走る。
それを打ち破ったのは、天から飛来する豪傑であった。
――ズズン!
……と、王都中に響き渡るような着地音を響かせ、その人物が地上に降り立つ。
一切の道具の魔術も使用せぬ降下は、石畳を破裂させ、すさまじい量の土くれを巻き上げたが……。
当の人物はいささかの痛痒も感じていないのか、着地の姿勢から悠然と立ち上がってみせたのである。
その姿は、まるでおとぎ話に登場する巨人のようであり……。
巌のごとく鍛え上げられた肉体を皮仕立ての装具で守り、マントをなびかせ、ねじり角で飾られた兜を被ったその姿は、威風堂々の四文字こそがふさわしかった。
――覇王。
その言葉が、これを見た者の脳裏によぎる。
これを相手に、稚気を抱ける者などいようはずもなく……。
存在そのものが、教会と騎士団……両勢力への抑止力として機能していた。
これこそが、第三王子アスルの率いし軍団……。
なんという奇妙さ!
なんという不気味さ!
……そして、なんという威容であろうか!
そして、その頭目たる第三王子は、さっき巻き上げられた石畳の破片と土くれを喰らい、地面にぶっ倒れていたのである!




