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気が触れていると断言されて……

 その日……。

 ロンバルド城が誇る大会議室は、しん……と静まり返っていた。


 円卓を囲むのは、わが敬愛すべき父王(ふおう)たるロンバルド18世を始めとした、王国重鎮の面々……。

 その誰もが、俺が壁に貼り付けた特大の羊皮紙を見て……あるいは、小一時間ばかり繰り広げた研究発表の内容に思いを巡らせ、沈黙している。


「アスルよ……」


「――はっ! なんでしょうか!?」


 ようやくにも口を開いた父上に、きびきびとした仕草でそう答えた。

 胸の中は、誇らしさでいっぱいだ。


 十五で成人を迎えてから、今日に至るまでの五年間……俺は一日のほぼ全てを王家秘蔵の古文書保管庫で過ごし、その翻訳及び解析作業に費やしてきた。

 その結実とも呼べるのが、本日の研究発表会だ。


 おそらく、続く言葉は俺の計画を承認し、多額の予算及び人員を用意する旨であるに違いない……。

 しかし、陛下が告げた言葉は全く予想外な……真逆の内容だったのである。


「お主、気が触れておるな?」


「……は?」


 不敬にも、あ然とした表情で陛下を見据えてしまう。

 だが、陛下は……父上は我が子に向けるものとは思えない冷たい目線で俺を見やっており……。

 ふと見れば、それは二人いる兄上たちも同様であった。


 いや、そればかりではない……。

 将軍も宮廷魔術師も大臣たちも……。

 皆が皆、同様の視線を俺に向けていた。


「我がロンバルド家が、古代文明指導者の末裔……ここまでは良い。建国史とも一致している」


 陛下は重々しい口調でそう告げた後、壁に貼り付けた羊皮紙の一点を指差す。

 そこには、超古代文明の遺物……その想像図が描かれている。

 古文書の内容をもとに、俺が描いたものだ。


「それで、ご先祖様が子孫に向けて遺産を残している……と、お主は言うのだな?」


「いかにも」


 さっきそう言ったでしょう?

 ……という言葉を飲み込み、礼儀正しくうなずく。


 陛下は、深い……深ーい溜め息をついた。


「で、だ……。

 その遺物は、『死の大地』に隠されており、それを用いればいかなる荒廃した大地も緑豊かな土地として生まれ変わる。

 のみならず、遺物には古代の人々が用いていた様々な道具を生み出す能力も備わっている……。

 お主は、そう主張するのだな?」


「その通りです」


 重ねての確認に、またもうなずく。

 再度の、溜め息。

 今度は陛下のみならず、俺以外の全員がそれを吐き出した。


「やはり、気が触れておる……。

 末の子かわいさで、今日まで自由にさせていたのが間違いであったか……」


「陛下……?」


 頭に手をやりながらかぶりを振る陛下に、俺はそう声をかける。

 気が触れている、気が触れている、と……さっきから何を言ってるんだ?

 あれだけ懇切丁寧(こんせつていねい)に、理路整然と、古代文字の解読方法からその内容に至るまでを解説したというのに……。


 この短時間で十も年を重ねたように見える陛下が……父上が俺を見ながらこうおっしゃった。


「かように、便利で都合の良いもの……存在してたまるものか」


「――ッ!?

 父上、何をおっしゃるのです!?」


「……黙れ」


 昔からそうだったが……。

 父上は怒ったとしても、決して声を荒げることはしない。

 ただ、淡々と……そして冷静に正しきことを教え諭すのみだった。

 今のも、そういう口調だ。

 ただ、かつてと違い……今の父上は冷静であっても、正しきことを口にできていない。


「父上、ここはどうでしょう……?

 アスルがここまで言うのですから、『死の大地』を領地として下賜(かし)し、その探索をやらせては?」


「ですが、兄上、かの地は昔からの流刑(るけい)地……。

 そのような場所へ、送り込むということは……?」


「そうだ。王家からの追放を意味する。

 家系図からも抹消され、アスル・ロンバルドの名は歴史のどこにも残らぬ」


「アスルが、それを良しとするならば、ということですか……」


 俺と父上のやり取りをよそに、兄上たちが勝手な会話を交わす。

 それを耳にした父上は、俺をじっと見つめながら口を開いた。


「お前の兄たちは、こういう意見だが……。

 お前は、どうだ?

 己の正しさを信じ、全てを失おうとこれを探し出すか?

 どうかな? どうだ……?」


 父上にせよ、兄上たちにせよ、おそらく俺を本気で追放しようなどとは思っていまい……。

 明らかに無茶な条件を出すことで、駄々をこねる若造を黙らせようと、そういう魂胆なのであろう。

 それはつまり、俺の五年間を……青春を否定し、一笑に付したということ。


 自分の中で、何かが切れる音を聞いた。


「……承知しました」


「……アスル?」


 涙をぐっとこらえながら言い放った俺に、父上が首をかしげてみせる。

 これが、最後……。

 今日まで尊敬しぬき、最後には失望させられた父さんを見る、最後だ……。


「王家からの追放、誠に結構!

 それでかの土地を、我が領地として頂けるのでしたなら!

 それでは、失礼します!

 ……明日からの探索行に備え、準備がありますゆえ!」


 驚きぼう然とする一同を背にしながら、大会議室を退室する。

 自説の正しさを証明するために……。

 今日まで、その税でもって俺を生かしてくれた民たちに、最大限の利益でもって報いるために。


 そのようなわけで、だ……。

 俺はこの時から、ロンバルドの姓を失いただのアスルとなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「かように都合の良いこと存在してたまるものか」って思い込み日本人に割と多いよね。歴史とか振り返る時も
[良い点] するっと読める長さがいいなと思いました。
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