運命の人は男前令嬢でした
これは僕が運命に出会った話。
あの頃の僕はよく体調不良になっていた。頭は痛いし吐き気はするし、熱が出るのに息苦しくてちゃんと眠れない。
アンタは体が弱いからねえ、とお姉ちゃんは笑っていた。
怒ったり面倒臭くなって置いていっても良かっただろうに、僕の手を引いて「しょうがないからお姉ちゃんが守ってあげる」と笑ってくれた。
お姉ちゃんは僕の手を引いて、時にはおぶってくれて、そうしてあの荒野を二人で歩いた。
「お姉ちゃん。どこ行くの?」
「どこへ行くかは決めてないけど。とにかく荒野を抜けないとね」
「こうや」
「名前は知らない。でもね、この向こうには魔物より強い領主様がいるんだって。こんなクソみたいな国じゃなくてそこへ行こう」
「りょうしゅさま」
「でも領主様は吸血鬼だって噂もあるらしいよ〜食べられちゃうかも〜?」
どのくらいの日数をかけて歩いたかわからない。草を噛みながら進んで、途中で一度雨が降ったことだけ憶えている。
そのせいなのか、僕はひどい熱を出した。
熱くて熱くて、お姉ちゃんの背中で揺られるのも気持ち悪くて何度も吐いた。だけどほとんど食べてなかったから粘ついた液体ばっかり吐いたらお腹が痛くて。僕の発熱に慣れているお姉ちゃんでも「熱いどうしよう」と言うくらいだった。
荒野には何もなくて、わずかな草と土があるばかり。風はいつも強めに吹いていた。
空と荒野を区切る線がくっきり見える広い大地が、ぐるぐると震えていたのを遠くに感じていた。お姉ちゃんは着ていた布を一枚、僕にかけた。
「死んじゃあダメよ。あたしたちは父さんを殺した国を出るんだから。走ればきっと、魔物より強い領主様がいるからね」
走って、とお姉ちゃんは言った。無理だった。熱くて気持ち悪くて。
僕は指先ひとつ動かせずにいたので、お姉ちゃんが走った。雨でぬかるんだ土がびちゃびちゃはねる音がした、お姉ちゃんが走る音、お姉ちゃんを追いかける音。
四本足の獣だと思う。それが犬か狼か魔物かわからず。僕の指が動くようになったのは夜になってからだった。
頭が痛い、まだ気持ち悪い、体を起こして一度吐いてから、僕は走った。
つもりだった。たぶん普通の人が歩くよりずっと遅かっただろうけど一生懸命だった、周りにはお姉ちゃんも獣もいなかったから僕は走った。
そうして夜明け頃に馬の蹄の音を聞く。何にもない荒野だから、あの時の僕くらいちっぽけでも見つけてもらえたみたいだった。
わいわいと大人が何人か集まってくれたけど、頭がガンガンしていて何を言ってるのかわからなかった。
「あの、領主様」
魔物より強い人、助けてください、お姉ちゃんが食べられちゃう。
「領主様。いませんか」
今思えば不審者でしかないけれど、あの時の僕は必死だった。汚い子供が領主様に会わせてって言ってきたら普通放り捨てる。だけど必死だった。
「ーーーお前は?」
ボロ布みたいだった僕に声をかけてくれたのは、黒い馬に乗った人。
銀色みたいな金色みたいな長い髪がふわふわと荒野の風になびいていて、それが淡く光っていて、とっても綺麗だった。
この人だと思った。
「吸血鬼さま。僕のことを食べていいので、お姉ちゃんを助けてください」
だから迷わずそう言った。あの時の自分を抹消したい。
「あっははははは!吸血鬼!そうかあははははおかしい腹がっ腹が苦しい!お嬢が吸血鬼かそうか言われるとそれっぽい!」
机をバンバン叩いて大笑いしているのは、アダムさん。
ようやく起きられるようになった僕にスープだぞ美味いぞと持ってきてくれたいい人、だけど、話を聞くなりこうやって笑っている。
間違えた、間違えたんです。領主様って言おうとしたんです。
だけど、眩しくないのにとても綺麗に光って見えたから、人じゃないって思って。
「わかるわかる。お嬢を見たのって夜明けぐらいだろ?あの髪は印象的だもんな、うっくく、吸血鬼とかお似合いだ今度からそう呼ぼう」
「領主様は吸血鬼じゃないですよね?人ですよね?どうして光ってるんですか?」
「いやあ、吸血鬼かもよ?」
食われちゃうぞと言いながらも、アダムさんは簡単に説明してくれた。
この世界には瘴気というのがあって。
それに取り込まれると魔物になってしまう。攻撃的で、野生動物だって怖いのに本能のままに暴れるからもっと怖い。
瘴気は人間も取り込んでしまう。これを魔者って呼ぶ。
物語みたいに世界を一瞬で滅ぼしてしまう力を得るわけじゃないけど、元々力の強い人が暴れたらやっぱり怖い。吸血鬼っていうのはこの魔者の一つらしいけど、実は創作だったみたい。
この瘴気に取り込まれても、魔者にならない人がいる。
自分の魔力で瘴気を消化できる「瘴気喰い」。これは僕の国にもいた。だけどあの人たちの髪は別にキラキラしてなかったと思う。
「お嬢の髪が光ってるのは、自分の魔力だ。循環とか発散とか浄化とか言い方は色々あるが、他人の魔力、瘴気喰いの魔力まで全部キレイにしちまう」
「それは…すごいことなんですよね…?」
周りを綺麗にしてしまうなんて、僕はすごいと思ったけど、アダムさんがそうでもなさそうな顔をしたから確認するみたいな言い方になってしまった。
そしてやっぱり、アダムさんは「うーん」と苦しそうに笑った。
「珍しいっていうのは、大変なんだよ。前例はあるらしいけど。それでもたぶん、お嬢が世界で二人目じゃないかなあ」
「え、えっ、やっぱりすごいんですね」
そんな人になんて失礼なことを言ったんだろうか。許してくれるだろうか。いや許してくれなくても、お姉ちゃんを助けてくれるだろうか。
アダムさんは僕の頭を撫でてくれた。まだ頭が痛くて世界がぐわんと揺れたけど、大きなあったかい手が優しいのはわかった。
「お前はいい子だなあ。そのお姉ちゃんの躾が良かったんだろうな」
「……お姉ちゃんは」
僕はどのくらい寝ていたんだろう。領主様にお願いしてから記憶がぷっつり途切れていて、いつの間にかここにいて、起きたらアダムさんが話をしてくれて。あれからどうなったんだろう。
「ああ、吸血鬼サマがちゃんと捜索に」
「ーーー誰の話をしている?」
机の上に乗っていたランプの光でもキラーンと光ったのは、磨き込まれた剣の先だった。
驚きすぎて手に持っていたスプーンを落とした僕の前で、アダムさんは耳の下あたりに寄せられた刃を指先でそおっと押し返そうとしていた。
「我が主。麗しのお嬢様。イングレイスの戦姫。……のことですかね?」
「よし。細切れにして荒野に撒いてきてやろう」
「子供が怯えてますよ、お嬢」
カシャンと音がして刃が返されたと思ったけど、それはすぐに彼女の腰に収められた。剣なんて、ちゃんと見たのはこれが初めてだった。
お父さんの首を斬ったのはもっと大きな、上から落ちてくる斧みたいなやつだった。
吸血鬼、じゃなくて。領主様、じゃなくて(彼女のお父さんが領主様なのでお嬢様?)魔力で淡く光る銀髪の綺麗な人は、改めて見るととってもとってもとっても綺麗だった。
「どうした?」
「お嬢が睨むから怯えてるんですよ」
「細切れでなく串刺しがいいか?」
「物騒なのやめましょ。おいお前、えっと名前なんだっけ」
黒い、アダムさんと似たような格好なのは後から辺境軍の軍服なのだと知った。他の人より飾りとか刺繍とかが立派だから偉い人なんだとすぐわかる。
黒い軍服に肩から腰までの装飾マント、さっき見た切れ味の良さそうな剣、キラキラ(物理)の銀髪を頭の高いところで一つに結んでいるだけだから緩くうねってその人を輝かせている。
きれいなひと。
「なまえ、えっと…レイ」
「ではレイ。少し失礼するぞ」
言葉にしたのは軍服のお嬢様だったけど、動いたのはアダムさんだった。怖くないからなーって言いながら、着せてもらっていた大人用の大きなシャツをめくった。丸出しになった背中を、彼女に向ける格好。
「罪人の烙印だな。あの国はこんな野蛮な習慣をまだしているか」
「よしよし。痛かっただろうが、もう大丈夫だぞ」
「あの、あのっお姉ちゃんは……」
シャツを下ろしてくれたアダムさんが、ぽんぽんと背中を叩いてくれた。もう痛くないけど。
僕が訊ねると、きれいな人は薄く微笑んだ。そう見えるような表情をした。お姉ちゃんも時々そういう顔をしたから。
僕に優しくしてくれる。でも彼女は困っている。そういう表情だ。
「レイ、体調はどうだ?ーーーお姉ちゃんの所へ連れて行ってやろう」
これはもっと後になって勉強してから知ることだけど。
僕がいたのはイングレイス領主様が治めるトッロ砦という場所で、国境になっている荒野を守る辺境軍の砦の一つだった。
堅牢な砦の裏手にある、共同墓地。
ただ目印の石が置かれているだけなのは、お姉ちゃんの名前がわからなかったから。あまり見せられる状態でなかったから先に弔ってしまった、会わせてやれなくてすまないと、お嬢様は言った。
「僕と同じ髪色でしたか?」
「ああ、きれいな栗毛だった」
「お姉ちゃんは僕と違って青い目なんです」
「申し訳ないが眼球は両方とも確認できなかった」
「服は、ええと、レモンみたいな色のワンピースに紺のベストで」
「ああ。淡い色と濃い色の二色だったようだ」
「お姉ちゃんです」
ありがとうございましたとお礼を言うのが精一杯だった。僕はわんわん泣いた。お姉ちゃんは僕を守ってくれたのに、僕はお姉ちゃんを守れなかった。
悲しいのか。悔しいのか。僕は泣いた。
お嬢様もアダムさんも、突然転がり込んできた罪人の子供なんて放っておいていいはずなのに。こうしてきちんとお墓をつくってくれるだけで、返し切れないほどの大恩だっていうのに。
僕が泣いている間中、ずっと後ろに立って待ってくれていた。
四日間ほど寝込んでいたらしい僕は、わんわん泣いたことでさらに頭が痛くなった。だけど、少しだけ落ち着いてから二人が待っていることにようやく気づいて、突っ伏していた地面から顔を上げた。
すると、思ったより近くに。膝をついたお嬢様の顔があった。
淡い銀色の髪に、瞳も銀色だとわかるくらい近く。でもお姉ちゃんの青に少し似ていた。
「レイ。医師からお前の様子を聞いた。普段から体調不良があるか?」
「僕は体が弱いから…でも、大丈夫です。感染る病気は持っていません、お姉ちゃんは元気でした」
「それは心配していない、検査済みだ。そうか。ならば、少々抱きしめてもいいか?」
「…………え?」
言われたことがよくわからなくて、思いっきり首を傾げてしまった。片膝をついてまるで物語の騎士様のような彼女の後ろで、アダムさんが「フラれた!」と吹き出して笑っていた。
「変な意味はない。確認事項だ。君と、私にとっても」
なんだかわからず首を縦に振ると、お嬢様は黒い軍服の腕を伸ばして僕の頭を抱き寄せた。軍服なんて硬くて厚い生地の服なのに、柔らかいと感じて。
そして、目眩がするほどいい匂いがした。
不思議な光景。お嬢様の髪はそれまでも淡く煌めいていて、とても綺麗だったけれど、僕がぎゅっと抱きついたらもっとキラキラしていた。
そして、まるで奇跡のように体がすうっと軽くなった。
「こりゃ確定ですね。星詠み師なんて久しぶりだ」
「ほしよみし」
「瘴気喰いの別称だ。綺麗な言い方をしたもんだが。レイ、お前の魔力は瘴気を喰う。よく荒野を越えて来たな」
がんばったな、と。
抱きしめられたまま頭の後ろを撫でてもらって、僕はまた泣いてしまった。
それから僕は、トッロ砦でお世話になっている。
兵士さんが生活するための施設があるので、そこの一室に寝床を借りた。
実はアダムさんが砦で寝泊まりする時の部屋らしく、それなりに広い。彼がいない時は僕一人で使っていいと言われて、いっそ怖いですと一度は断ったんだけど「ここならお嬢が砦に来た時にすぐわかるぞ」と囁かれて借りた。
砦の食堂の手伝いや洗濯掃除なんかをしながら、この国の文字とか魔力を使った術式を習う。
ここの人たちは突然やってきた僕にも気さくに接してくれて、姉ちゃんは残念だったがお前が生きていて良かったと言ってくれる。
みんな、僕が星詠み師として辺境軍に入ると知っているのだ。
魔物と戦うのが怖いかどうかも、まだわからない。
軍は魔者ではない本当に人との戦争にも出るけれど、まだ実感はない。
ただ僕にはお嬢様に尽くす以外の選択肢はない。
姉の遺体を弔ってくれた。面倒な事情があるだろう僕を拾ってくれた。それだけで生涯をかけて奉公しなければならない理由だけど。
「レイ。元気そうだな」
綺麗な人。僕はこの人の傍にいたい。
貴族のご令嬢って、綺麗なドレスを着て日陰にそっと腰掛けてお茶を飲んでるイメージだったんだけど、お嬢様は違う。
辺境軍の軍服を着て馬に乗り、兵士たちと何ら変わりない鍛錬をしたり剣で槍で格闘で戦って相手を叩きのめしたりしている。
「お嬢様は今日もお綺麗です」
「なんだ世辞が上手くなったか」
僕の頭をお嬢様が撫でると、彼女の髪がキラキラと輝きだす。僕が吸収した瘴気が、まだ自分の魔力で消化しきれず体内に溜まった分がお嬢様に触れるときれいになる。
もちろん術式の構築とか魔力の循環とか勉強しているから、魔力酔いが原因だった体調不良はだいぶ解消されている。でも、こうやってお嬢様に触れるのが一番気持ちいい。
とても、気持ちいい。
「まあ、私もいるから精々励んでくれ。私はレイの濾過器みたいなものだからな」
「お嬢それはさすがに、お館様に聞かれたら俺が死ぬんですけど」
「本当のことだ。レイと戦場に出るのを楽しみにしているぞ」
この綺麗な人は。
自身の魔力も常に発散しているため、体内に魔力を溜められない。今や戦争の要とも云える魔力の術式が使えない。
だから剣一振りで戦場を駆けるしかないのだ。
「はい。僕がお嬢様をお守りします」
僕が砦に来てからどれくらいだったか。
お嬢様のお邸に連れて行ってもらったことがある。
「レイはずいぶん優秀だと聞いた。うちの書庫にも星詠み師の資料があるから、自分で選んでみなさい」
イングレイス領は広くて、けれど荒野に面しているから戦争がなくても魔物と常に戦っている。だから広い領内をいくつかの区に分けてそれぞれに砦を建てたそうだ。
お嬢様の邸は、トッロ砦と同じ区にある。
その頃には僕も馬に乗れるようになっていたから、お嬢様の馬車を護衛する騎士みたいな期待をしたけれど。そこはお嬢様だった。僕の数倍凛々しく馬を繰っていた。
代々イングレイス辺境伯を継いでいるのはヴァレンティン家。その邸宅を見た僕はお城かと思った。
「まあ古いからな。あと辺境軍が整備されるまではここが要塞だった。それでも、今ではそれなりに貴族の館に見えると思うんだが」
石造のしっかりとしたものだけど、そうだ砦と違って屋根が赤くて可愛いかも。砦は見張りをするから一番上まで昇れるようになっている。
「さあ、私の星詠み師。ヴァレンティン家へようこそ」
お嬢様を守るって決意は変わらないけれど、騎士のように格好良く、は諦めた。お嬢様はそこらの男たちよりよっぽど男前なのだ。
ヴァレンティン家の書庫までなんとお嬢様が案内してくれた。
忙しいんじゃないかな、いいのかな、そう思っても僕は口に出さなかった。その時の僕はまだまだ子供だった。お嬢様が一緒にいてくれるのが嬉しくてそれを優先していたから、お礼を言ってそのまま案内してもらった。
その途中で、真っ直ぐ伸びた廊下に飾られている絵がたくさんあった。
「貴族の家では名物だろう。ヴァレンティン家のご先祖たちだ」
血筋なのか芸術性に長けた人はあまりいなかったようで、肖像画も多く残っているわけではないそうだ。昔は誰に見せるわけでもないからと部屋に押し込めていたけれど、さすがに多くなってきたからどうにか飾って誤魔化しているとお嬢様は笑っていた。
「あ、お嬢様」
足を止めた僕に呼ばれたと思ったのか、お嬢様も立ち止まって振り返ってくれた。
そうして呆然とする僕に「ああ」と声をかけてくれる。
「自分ではわからないが、そんなに似ているか?」
「そっくりです。お嬢様の、お母様ですか?」
「いいや。九十、百年…それくらい前の奥方だ。私と同じ『光る髪』の女性だったそうだ」
「だからこんなに綺麗な、キラキラした絵なんですね」
「はは。当主がたいそうな愛妻家だったらしいぞ、事実かどうか知らんが」
アダムさんはお嬢様が世界で二人目って言っていた。それが事実かどうかは重要じゃない、それくらい希少だってことだ。
瘴気喰いの魔力を浄化できるなんて、すごいとは思うけれど。僕もそう思ったけれど。
戦場に出るお嬢様にとっては、鎧をつけずに出陣するようなものだ。
彼女の美しい髪はあくまで魔力そのものに影響して循環するものだから、構築された術式やそれに付帯した現象にはまるで効果がない。炎の術式を受けたら当たり前に燃える。
お嬢様は、どうして軍の中にいるんだろうか。
辺境伯を継ぐヴァレンティン家に生まれたからといって、女性である彼女が剣を握る必要はなかったんじゃないか。
この絵の女性のように静かに家で待っていてくれるなら、僕がいくらでも戦場に行くのに。
「レイ。残念だが私も少々仕事があるのでね、もう行くけれど。書庫の前に人を置いておくから、選び終えたら声をかけなさい」
「お嬢様」
高い天井まで届く書架が並ぶ部屋の前で、お嬢様の髪がふわふわ、とても綺麗に揺れている。
「僕は、まだこんな子供ですが努力します。お嬢様をきっと守ります」
「ありがたい。レイが前線に出たら私の出番はないかもな」
「だから待っていてください。僕はあなたに相応しい人になるから、だから」
「レイーーー」
お嬢様が僕の頭を撫でたから、銀色の淡い光がキラキラと目に見えて輝きだした。
「茶化すつもりはない。それが『今の』お前の気持ちなら私は真摯に受け止めるべきだ。だがな、レイ。そのままだと非常に困難な道のりだ、期待させず事実を言うなら可能性はほぼないだろう。そしてお前自身の苦労だけでなく、周囲を巻き込むという自覚をしなさい」
その時の僕の。
守れなかったお姉ちゃんの代わりだとか。初めて見た強烈に美しいものへの衝撃だとか。恩義だとか。優しくされた勘違いだとか。色々入り混じった恋慕に似た感情を。
お嬢様は子供の言ったことだと適当に「そうか嬉しいよ待っているよ」なんて誤魔化さず、否定もせず、真剣に聞いてくれた。そして話してくれた。
「だが一つだけ、レイにとって良いことを教えてやろう。先ほどの『光る髪の女性』がいただろう?あの方の旦那様は星詠み師だったそうだ」
だから僕が恋をしたのは、この瞬間だった。
九歳で出会った僕の運命の人は、この時はまだ十八歳。あんなに大人に見えたのにね。
僕がイングレイスの戦姫をつかまえるのは、もう少し後の話。
つまり、盛大なフラグ。