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12、草むしりなんてだいっきらい。

「まさか草むしりをお願いされるなんて…。」


「命を掛けてお金を稼ぐよりは安全でとても良いと思いますよ。

 それに今回の依頼は報酬額も高いですがポーションも貰える美味しい依頼です。」


「うー、確かにそうかもしれないけど…。

 あ、シロネコ!

 サボらずに薬草をむしって。」




  僕達はナス平原で薬草採りをしてる。

 陽は高く、強い陽射しが草原の緑を際立たせ、穴堀りイタチが遠くからこちらを見張って、木枝の小鳥達が求愛の歌を歌ってた。


 僕の足下に広がる薬草群生地には天敵の穴堀りイタチから逃れた草原ネズミの巣があり、腹を下したのか水玉リスが薬草をはむはむしてる。



  僕は本当はグリフィン調査の依頼を受けたかったんだけど、ギルド職員が緊急性が高いとしてランク制限をシルバー以上に設けたせいで受注できず。

 そのお詫びと書類紛失のお詫びを合わせてこの薬草採集の依頼をオススメされて受けたのだ。



  さっさと薬草を摘んで早く帰りたい。

 全く…可愛いショタに草むしりをお願いしてくるなんてインテリ系職員め、一度【お姉さんキラー】をぶっ刺した方がいいかもしれない。

 そうすればデレてもっと優しい依頼を僕に出してくれたかも。


  ショタは思慮が浅い。

 インテリ系職員が楽して稼げるようにとわざわざ前倒しで出してくれた錬金術師による美味しい依頼なのに、3Kの仕事としてしか捉えないのだ。


  あぁ…手が臭くなってく…。

 この薬草はドクダミみたいに青臭くて生魚が発酵したように臭い。

 しかも服に汁がつくと中々落ちない上に草の繊維が強いので葉をむしるのもショタにとっては重労働。

 薬草採集スキルがあればパパっと採集できるんだろうけれど。




「ミミット、もう半分くらい集まった?」


「いいえ、もう少し頑張りましょう。

 薬草採集で大銀貨2枚に赤ポーション1つは破格ですよ?」




  確かに草むしりだけで大銀貨2枚は破格。

 大銀貨1枚は銀貨10枚分で、銀貨1枚あれば安いランチが食べられる。

 うちの借りてる安宿の部屋は一泊3銀なので6泊分。

 普通の薬草採集依頼は2銀前後なので10倍だ。




「でも5kgも採集は大変だよ~。」


「5kgではありませんよ。

 15kgを採集して3回分、計大銀貨6枚です。

 美味しいクエストは出来る内に回数をこなしておきましょう。」


「げぇぇ…今日はミミットが厳しい…。

 いつもは甘々で優しいのに。」


「ミミットは常にベル様の事だけを考えておりますよ?

 大銀貨6枚も、ポーション3つもどちらも今のベル様に必要なものですから。」


「うぅ…手がくさい…。」




  ショタはメイドに逆らえない。

 渋々と薬草をむしっていくけれど今日は夜ご飯は食べれないかもしれない。

 常に涼しい顔のミミットでさえ、たまに眉を寄せるほどの悪臭だ。



  腰の百科辞典ではこの薬草はとても臭い草という名前で乗っている。

 正式名称だ。バッドスメイルミント。

 多年草で根さえ生きていれば何度でも蘇って葉を繁らせる上に、その根は地下でクモの巣のように張り巡らして隣のお仲間達と絡み合い群生地となって一帯を異様な臭気で包む。


  その濃い悪臭は虫も嫌がり、鳥も嫌う。

 見た目は青々と繁った草原に小花が沢山咲いてて綺麗なんだよね。

 風がこちらに吹かない限りは。


 

  その風を払うかの如く淡々とミミットが戦斧を振るって僕が散った薬草を拾う。

 この手法にしてからは大分速度は上がって黙々作業。


  走る戦斧の光と揺れる双丘、広がるスカートに覗く白肌。

 額に輝く雫を飛ばしながら戦斧スキルを使って薬草群を薙ぎ払う華麗なミミットを目の保養で癒しつつ、嬉しくも臭い夏の終わりの涼風を浴びながら2輪の荷車(カート)にドッサリ薬草を積んでいく。


  シロネコは走って逃げてった。

 猫の嗅覚は人間の万倍以上あるらしいからしんどいのだろう。

 中身は職員天使だけど。


  あと5kgくらいかな。

 1時間くらいで終わりそう。

 戦斧スキルを使い続けるミミット次第だけど休憩をマメにとれば村まで荷車をガタゴト押して2時間くらいで終わるはず。


  きっと今日もぐっすり眠れるだろう。

 頑張ってるミミットには後でベル特製全身マッサージ券3枚をプレゼントしよう。

 それともベル特製ごちそうお料理券がいいだろうか。

 ご奉仕と称して襲撃してくる淫乱ミミットはおねしょた許可証を要求するかもしれない。


  そう思いながら薬草拾いの作業をしていると急に衝撃音が緑の草原に響き渡った。





ーガキンッ!!



  戦斧が防御魔法ストンスキンの掛かった盾にぶつかったような音。

 それは金属同士の甲高い音とは違って、ショベルで思いっきりアスファルトを突いたような音だ。

 岩だろうか?

 ミミットの立つ地がグラグラと揺れている。



  その揺れる地を足で確認したミミットは、戦斧を手の平でクルクル回しながら闘気を高めると赤い稲妻をひいて戦斧を地面に叩きつける。


  ドンッ!!という衝撃音と跳ねる土。

 地を走る衝撃波は戦斧を中心に円形に広がり、土煙が衝撃波を追って拡がっていく。

 ミミットが持つ数少ない戦斧スキル【ベヒモスタンプ】は薬草の白い花弁を空に巻き上げて風が小花と臭気を拐っていった。


  そして突如盛り上がる大地はびりびりバリバリと薬草の絡み合う根を引き裂いて、地表から姿を現した岩の塊が大きなアクビの声をあげている。




ーブオォォォン……



  低い重低音のその声は宙と地を震わせ、強烈な薬草の悪臭に腐敗した汚物のような臭気が混ざる。

 その臭さなのか振動なのか、穴堀りイタチの家族は巣穴に戻り、小鳥達は恋人同士で飛びだって、草原ネズミは薬草原の住み処から大逃走を開始した。

 



「ベル様、大きなロックタートルです。

 …全長10mはあるかもしれません。」


「げぇ…。

 あと少しで帰れるところだったのに!」


「問題ありません。

 ミミットが追い返しますのでベル様は薬草採集を続けていてください。」




  お澄まし顔で告げたメイドのミミットは、どこからともなくもう1本の戦斧を出すと両手に構えて跳躍した。

 その跳躍から放たれた一撃はロックタートルの纏う岩を砕いて甲羅に刺さる。


  流石バーサーカーっぽいミミットだ。

 体高は3m越えそうな甲羅に涼しい顔で飛び乗ったミミットは、【ヘビモスタンプ】を両手で放って岩を砕いて甲羅の採掘作業に入ってる。


  それはロックタートル討伐の推奨攻撃法。

 甲羅の上なら転がり攻撃以外は安全地帯になる。

 でも厚さ50cmを超える分厚い鉄塊のような甲羅を砕いてその身に刃を通すのは大変な重労働。

 ショタの僕の筋力じゃ到底敵わない。



  今回も涼しい顔して戦斧を振るうミミットに任せて僕は隅っこでチマチマと薬草を摘み取ろう。

 適所適材だ。

 あぁ…早く終わらせてお風呂に浸かって臭いを落としてさっぱりしたい。

 全くシロネコはどこに行ったのか。

 僕の後ろをカートを押しながらついてきてくれるだけでも助かるのに。



  それにしてもあのロックタートルめ…。

 あと少しで終わるのに、薬草群生地を荒らすんじゃない。

 手足で地を掘り、尾を振り回して、挙げ句の果てに薬草原を転がり回る。

 採集予定の薬草たちがボロボロとなって汁を流し、風にのって濃密な刺激臭を届けて僕の作業を妨害してきた。

 

  嫌なら走って逃げればいいのに、何故この地に居座ろうとするのか。

 もしかしたら先祖代々のねぐらなのかな。

 卵生で放育で育つロックタートルは子供を抱える事もないから子を守るわけでもないはずだし。

 でもちょっと可哀想かも。

 

  そんな事を思いながら、分厚い甲羅を削るミミットと振り落とそうとするロックタートルの戦いに耳を傾け作業を行っていると。




ーブウゥゥゥゥ…



  巨大な岩亀の発した巨大なおならは、夏場の生ゴミが散乱したゴミ捨て場なんぞ比にもならない物凄い嘔吐のような悪臭の風となって僕を駆け抜け一輪のカートをひっくり返して薬草を転ばせる。

 周囲の薬草がくたびれる程の悪臭は、風が吹いて拭い去ってくれるまで僕を呼吸困難にした。




「ごほっ…ごほっ…ううぇぇぇぇ…臭い…。

 服も全部臭いぃぃ…!」




  咳き込む度に自分の体から舞う臭気。

 お気に入りの服だったのに全部捨てないといけないぞ。


  全く!何で魔物という魔物は全て嗅覚を潰しにかかるのか!

 ゴブリンのウンコ剣といい、この薬草といい、このロックタートルもそう!

 嗅覚は人間のウィークポイントなんだぞ!


 


「ベル様、大丈夫ですか?」


「もう怒った!

 可哀想とか思った僕がバカだった!

 追い返してやる!」




  僕も鈍器使い。

 防御力が高い相手にこそ打撃は威力を発揮するのだ。

 ミミットは薬草採集しろと言ってたけれど、やられっぱなしの僕ではないぞ。

  今の僕はシロネコから貰ったグリフィンこてんぱんな新スキル達があるのだ。


  腰の鞘からメイスを抜いて背負っていた丸盾パルマを片手に走り出す。

 ショタの底力を思い知るが良い。




「食らえ!岩亀め!」




  砲丸投げのようにメイスをぶん回してスキル【ランペイジ“打”】を発動する。

 ぶんぶんと唸りをあげてサイクロンのようにロックタートルの頭へ迫る僕のメイス。

 ぐるぐる~ぐるぐる~。

 しかし頭を上げたロックタートルの顎下を通過して全てミス。

 ショタの身長では、甲羅を見上げる大岩亀の頭には届かない。

 



「ぐぬぬ…なんて姑息な亀だ!

 この!この!これでも喰らえ!」




  甲羅の上に乗ったミミットに夢中になってるロックタートルの足へメイスを振り下ろす。

 ぽこぽこ殴るも10mにおよぶ大岩亀は全く気にしていない。


  さすがナス平原一の防御力を誇るロックタートルだ。

 スキル【兜割り】の連発も肩叩き程度で気持ちよかったのかもしれない。




「はぁ…はぁ…はぁ…。

 …今回はこれで勘弁しといてやる!」




  メイスを鞘にしまって汗を拭う。

 MPはもうすっからかんだ。

 筋力も★1つ、魔力も★1つの僕は全くの戦力外。

 でもいっぱい殴打して気が晴れたから良しとする。

 ショタは細かい事は気にしない気分屋なのだ。


  一人だけスカッとした気分で回れ右して薬草採集に戻る。

 さぁさっさと薬草採集を終わらせるぞ。

 そんな僕へ尾の一撃が入って大きく吹き飛ばされて薬草原を転がり倒れる。




「ベル様!大丈夫ですか!?」


「…うん、痛い…。

 隅っこで薬草摘んどく…。」




  派手に吹っ飛んだ割には首からぶら下がるお守りタリスマンの防御効果でバリアが発動して軽傷で済んだけれど、転がり倒れた僕は擦り傷を負った上に薬草汁だらけになってしまった。

 とても臭い…。



  世の中は理不尽だ。

 ショタになったせいでまともに戦えず、人間関係も構築できない。

 僕の仲間は甲羅の上で激オコするメイドと逃亡したシロネコだけ。

 死んでないだけ生きているだけ転生できただけきっとマシなんだろう。

 転生して栄華を極める人はどれだけ前世で徳を積んだのだろうか。


  頬についた土を拭って起き上がると、一人黙々と薬草採集に勤しんだ。

 きっと【お姉さんキラー】もどうにもならない。

 今世もきっと努力は報われずに終わるのだ。





  

  その様子を見守る白いミミズクと白い猫。

 今世の可愛い小さな野ネズミには逃走スキル、繁殖スキル、そして追い詰められたら牙を剥く攻撃スキルが備わっている。

 それはネズミだけの話ではなく、多くの種に生きるための様々な自己防衛スキルが備わっているのだ。

 もちろんそこで草をむしるショタも同様に。


  しかしベルはそんな事は知らない。

 前世の努力を見ていた者がいることも、シロネコの上司が献身的な努力を好む事も。


  衣類に染みたくっさい悪臭の薬草汁は知らず知らずの内にショタの負った擦り傷を治していった。

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