10、ショタは1人で歩けない
こっそり扉を開けて、そろ~りと冒険者ギルドの出張所へ侵入を果たした。
この木造の冒険者ギルドの建物は村という事もあって支部ではなく出張所となっているけれど、町の冒険者ギルド支部のように広い建物だ。
この村の冒険者ギルド出張所内は冒険者ギルド運営の酒場が併設され、イートインスペースがそのまま冒険者ギルドの待合所になっていてお昼時という事もあって大体のテーブル席が埋まってる。
その席から漂う香りはどれも香ばしくスパイシーでガーリックが効いた脂の匂い。
肉体労働者である冒険者はこういうガツンとくる強めの肉料理が好物だけど、体型や匂いを気にする女冒険者とかはここでは食べずに市場に食べに出て行く。
なのでお昼時のこの時間はお姉さん女子が少ないのだ。
それでも肉食系お姉さんはいるので気を付けないといけないけど、動き回らずにテーブルで食事している分【お姉さんキラー】の範囲2mを取りやすいので移動しやすい。
今日もこっそりこそこそ忍び足。
お酒で乾杯して活気豊かなテーブル席を迂回して酒場の柱でお姉さんをやり過ごすと、ゆっくり慎重に奥の冒険者ギルド受付カウンターを目指す。
しかし【隠密】系スキルを持たない僕のコソコソ移動なんて丸見えな訳で、すぐに冒険者に捕まった。
「あぁん~?チビスケ、どっから入ってきたんだ?
ここはガキンチョがデートする公園じゃねーぞ?」
「…ん?デート?」
「えへへ…りぃりも見つかっちゃった。」
振り返った僕の後ろには大壺を叩いてた栗毛の幼女。
【探知】スキルを一切持たない僕は幼女の追跡さえ気付けない、残念冒険者なのだった。
「こら幼女ちゃん、ここは危ないからついてきたらダメだよ!」
「…えへへ。」
「おめーもだショタ!
ここは子供達の遊び場じゃねーからとっとと出ていけ。」
僕の首根っこをぶっとい腕で掴みあげ、幼女を腰に抱えて子猫のように入り口まで運ばれる。
お姉さん属性を持たない男味溢れるガテン系パワーファイターの前では伝説のショタは非常に無力な存在だ。
手足をばたつかせて金的を放ってもこういうパワーファイターは股間までストンスキンで硬くしてるだろうから意味はないだろう。
大人しく子猫に成り下がってタグを差し出す。
「あの…僕は冒険者なんだけど!
ほら、アイアンでしょ?」
「あぁん?確かにギルドの証だな。
…パパの忘れ物か?」
取り出したタグを見た眉なしのモヒカン髭面パワーファイターは僕を床に置いて酒場の方を振り返る。
上半身の裸に刻まれたトライバルタトゥーには多くの傷痕が隠れており、右腕に施された肩まで伸びる継ぎ接ぎだらけの鋼鉄の厳つい籠手がバーサーカーであるのをアピールしてる。
胸元で揺れる黄金のタグはゴールドの冒険者の証。
ゴールドあたりが冒険者の中で1番尖ってる時期らしいけど、この戦士は尖っているより大分丸いというか優しい。
迷子の館内放送を低い声でしてくれるほどに。
「おい!子供が忘れ物のギルド証を届けに来てるぞ!
間抜けなアイアン冒険者は早く出てきな!」
「…誰の子だ?ブライアンの子か?」
「ちげえよ、あいつの子は父親似でドワーフ風だ。
あのショタは母親似だろ?」
「…そもそもあのショタは男か?女か?
女みてーな顔してるぜ。」
迷子の地声の館内放送は一斉に皆の注目を浴びて酒場がざわついている。
皆お前の子か?あいつの子か?と話を始めたけれど、それに混じって可愛いわという黄色い声が聞こえだした。
危うい。
早く逃げたい。
「貴方が強面で腕を掴んでいるのでその子が怯えています。
私が親を探しますからベイトは食事を終わらせなさい。
…ほぉらボク、大丈夫、怖くないですよ~。
お姉さんが一緒に探してあげますからね~。」
「…そうか。
すまん、頼むわ。」
そう言って手を離すベイトと呼ばれた眉なしのモヒカンバーサーカーはその筋肉に反して優しく僕の背をお姉さんに押し出した。
おいやめろバーサーカー!お前は引っ込んでろくらい言えないのか!お姉さんに任せるんじゃない!
僕が怯えてるのはお前じゃなくて、このサラサラ髪のメガネポニテの如何にも慈愛溢れてそうなOL系女弓師になんだよ!
どうしよう…。
【お姉さんキラー】に自らぶっ刺さりに歩き寄るこのメガネお姉さんは、僕を捕まえたらきっと僕を部屋に連れ込んで親の手掛かりを探すという名目でこのつるぴかなショタボディの身体チェックを行うに違いない。
おねしょたに晒され続けた僕の精神は近寄る全ての女性がおねしょた希望の淫靡なお姉さんに見えてくる。
「あ、あの…待って!
来ないで…こっち来ないで…!」
「大丈夫よ、お姉さんがママとパパをちゃんと探しだしたげるから。」
5m…4mと近づく笑顔のメガネポニテのお姉さん。
その笑顔はもう僕の目には色欲にまみれてぐへへとヨダレを垂らす悪魔の顔にしか見えない。
これはもうやるしかない。
探知されないよう両手で顔を覆い左目の眼帯をずらすと、魔力消しの指輪を発動して指の間から魔眼を開く。
「…誘惑せよ無垢なる御霊を 幻惑せよ万象の根源を…。」
小声で唱えた呪文に応じて、体内の魔力が一斉に左目に集まっていく。
ショタの僕の少ない魔力を根こそぎ奪い取った魔眼は、魔力で焼きつけるような痛みを網膜に刻みながら瞳孔に魔方陣を展開して幻惑魔方“魅了”を準備する。
あとはターゲットのメガネお姉さんの視線を合わせてロックすれば…捉えた!
「…チャーム…。」
左目の魔眼が赤く光って幻惑魔法“魅了”が放たれると、メガネお姉さんの脳が震えて催眠にかかった。
3m目前で成功だ。
とても目が痛い。
でも痛みが伴った分成功したようだ。
ベイトとかいうモヒカンバーサーカーは席に戻ってご飯、周りの連中も気にせず飯を食べるかお喋りに夢中で、法違反である集落地での魔力行使に誰も気付いていないみたい。
お小遣いの大金で魔力消しの指輪を買っておいて良かった。
「さぁ、お姉さんと一緒に行こうね。」
「そこから動かないで。
…まずはこのリィリちゃんのお母さんを探してくれない?
多分村のどこかにいると思うから。
僕はここにいるから行ってきてね。」
「んゅ?」
後ろで僕のケープコートを摘まんでいたキョトンとした幼女を撫でてメガネお姉さんに送り出す。
メガネお姉さんは笑顔で屈んで幼女の頭を撫でてお喋りすると、幼女の子が嬉しそうに笑ってアホ毛が跳ねた。
ファッションショタコンではなく親切な正統派お姉さん属性持ちのようだ。
「わかったわ。
じゃあリィリちゃんのママを探してくるね。
ショタ君は良い子に待っててね。」
メガネお姉さんが幼女を連れてギルド屋敷を出て行った。
何とかやり過ごしたぞ。
幻惑魔法“魅了”は相手の脳に催眠をかけて洗脳し僕の魔力で10秒くらい言うことを聞かせる魔法。
範囲内に入る前に魅了で洗脳して遠くに行ってもらう事ができるけど、ショタの少ない魔力量を全て使い切るので僕にとって切り札なのだ。
一度使ったらマナポーションを飲まない限りしばらくは使えない。
僕は眼帯を直してギルド酒場の隅っこの物影にこっそり隠れた。
やはり1人での行動は危険だ。
お姉さん属性を持たなくても、このショタボディーはギャル冒険者やモヒカンベイトのようにイタズラ心や庇護心を芽生えさせてしまう。
もうそれもスキルなのでは?と思うけれど、スキルの成長を停止してるのでそれらしいスキルは発現していない。
今は頼れるメイドのミミッの合流を待つことにした。
僕はまだ1人で満足にお使いも出来ないのだった。