クエスト・Ⅲ 『未確認魔物・黒い影』そのに
「こいつは……」
間近に迫る死の影に全身から汗が出る。
謎の黒い豹型魔物が再び影の中へと潜り込む。
今はなんとか防いでいるが。いずれ体力が尽きてこちらが死ぬ。
こうしている内はまだいい。
もしも街の中まで来られては、一方的に虐殺される。
それだけは許せないと心から思う。
「ここで滅ぼさなければ」
六年前、俺の両親を含めた六人を殺害したのは、間違いなくこの黒豹だ。
影から現れ、影に消える。誰も姿を確認できない。
あまりにも危険な魔物。人類の天敵。
逃げることはできない。
「倒す。絶対に」
俺はスキル≪眼力≫と≪眼識≫の精度を上げた。
どんな痕跡も見逃さない。
「ぐっ……!?」
再び襲い来る黒豹をすんでのところで避ける。
二十秒ごとに来るとわかっているとはいえ、強烈な攻撃だ。いつまで受けられるか。
ヤツは影に入る時、魔力で己の体を包んでいる。その後、入る場所に穴を空けているようにも見えた。
にわかには信じられないが、魔素から生じる魔力を使って自分を防御し、転移の魔法で影に穴を空けていると推察される。
他に類を見ない魔法。しかも魔物が使うとは。
こちらが攻撃する術はないように思えた。
だが———
「魔法……か」
そこでふと、俺は気づく。
同じことができないか、と。
俺の天職は『分析士』と『ものまね士』。
分析によってからくりはわかった。ならば、ものまねをすればいい。
等間隔で攻めてくる黒豹を防ぎ、意識を集中。
魔素は全ての生物に潜在している。魔力を生じさせるのは容易い。
問題はそこからだ。
俺はどんな魔法にも適性がない。しかも猶予は二十秒。あまりにも短すぎる。
まずは体を魔力で覆う。これだけでも難しい。
集中を切らすな、ケイオス。やらなければ、死ぬだけだ。
次は手を影に置く。
穴を穿つイメージ。影の中に入れると信じ込む。
ものまね士のスキル『模倣術≪インスタント≫』を発動し、黒豹の行った全てをコピーする。
「キシャアアアアアアアアアアアア‼」
カウント二十。出てきた黒豹を迎撃する暇はない。
「間に合え!」
爪が俺の眼球に届こうかという瞬間———
俺は、影となった。
(これは……)
ものすごい光景だ。
深い闇の中を泳いでいる感覚。上を見上げれば、そこには大木が見えた。
(なるほど……こちらからでは影がある場所が見通せるわけか)
太陽に照らされ、影がない場所は何も見えない。
一方で、木や草といったものが作る影の範囲は見える。
影の世界があるとは。
世界は謎過ぎる。自分でやっておいてなんだが、意味不明だ。
例の黒豹は、俺が突然いなくなったことで、混乱していた。
これまで狩る側だった魔物にはなにが起こっているかなど、わからないだろう。
(今度はこっちがやる番だな)
両親の仇であると燃えていた心は、自分でも驚くほど静かで、凪。
今は……手に入れた影の力がただただ気持ちいい。
影の中を泳ぎ、剣を構えて外に出る。
水中から水面に出るイメージで、一気に出た俺は、下から黒豹を斬りつけた。
「グルアアッ!?」
確かな手応えと魔物の悲鳴。
ヤツはとっさに影中へ入る。
「……カウント二十」
出てくるのに合わせて、俺が影の中へと入った。
黒豹の攻撃は空振り、俺はまた下から飛び出て、斬る。
会心の一撃。
黒豹の胴を切り裂き、内臓を溢れ出させる。
汚泥よりも濁った黒い血が盛大に撒かれ、黒豹は絶息した。
「終わった……倒した……」
緊張が途切れたとたん、めまいがする。
スキルを発動しっ放しだったから当たり前だ。
「今すぐにでも寝たいところだが……」
休んでいる暇はない。
急げば日が暮れる前にアイツフェルンへ戻れる。
俺は黒豹の死体をかついで、帰路についた。
そして夕刻———
アイツフェルンの職業安定所にたどり着いたが、もう倒れそうだ。
黒豹の死体は異臭がすごいし、鼻がもげる。
人もまばらな田舎町の役所に入ると、意外にも人が多かった。
「ケイオスくん!」
「ああ、戻った」
エリーシェが俺を見つけて、駆け寄る。
他にもブラインをはじめとした冒険者の姿があった。
「なにやら人が多いようだが?」
「ケイオスくんの捜索依頼を出そうとしてたの!」
と彼女が抱き着いてくる。
待て、今はやめた方が———
「……う! なにこの匂い! しかもそれ……」
エリーシェは鼻と口を押さえながら離れる。
まあ……そうなるよな。
俺は空いているテーブルに黒豹の遺骸を置く。
周囲に集まった者達は絶句していた。
「新種だ。こいつは影の中に入り、人を襲う。姿が見えなかったのもそれが原因だな」
「嘘だろ……」
呟いたのはブライン。
無理もない。俺だって嘘にしか思えないんだから。
「だが、真実だ。そして、六年前の連続殺人事件もこいつだろう」
静まり返る屋内。
その時だ。
「なにがあったのかしら?」
人の壁をかきわけて、大柄な男性がやってきた。
筋骨隆々で、ぴっちりしたスーツに身を包んでいるせいか、余計に筋肉がよく見える。
「くっさいわね~ ひどい匂いだわ……これ黒豹?」
「局長!」
「エリちゃん、これはどういうことかしら」
局長だったか。飲み屋のマスターかと思った。なんとなくだが。
話を聞いた局長は、すぐに魔物の死体を鑑定に出し、俺を局長室へ誘った。
「手続きを終わらせたらエリちゃんもいらっしゃい?」
「は、はい」
「こっちよ、ケイオスちゃん」
ちゃんづけで呼ばれるのは初めてだな。
局長室に入って様子をうかがう。中は狭く、質素だ。
勧められてソファーに座ると尻が沈んだ。柔らかくて心地がいい。このまま眠りたい気分になる。
「わたしは局長を務めるハディスンよ」
「ケイオスだ」
握手を交わす。局長の手はかなりデカかった。
そこでノックがされ、エリーシェが顔を覗かせる。
「エリちゃんも座りなさい」
「はい……」
エリーシェも加えて、俺たちは向き合う。
「何が起きたのか、改めて説明してくれるかしら?」
簡潔に事の起こりから始末までを説明する。
「新種とはまた、困ったものね。魔物の動きが活発になっていくばかりだわ」
「同感だ」
「ええ、しかし、わたしが知る限り、黒い豹と言ったら危険度はAランク。よほどの凄腕じゃないと退治は不可能よ」
「そうだな」
「あなたの個人ランクは十級。しかも単独。前は王都にいたのよね?」
「間違いない」
「王都ではどうだったの? もしかして、超凄腕?」
「そんなことはないな。ここへ来たのもパーティーをクビになったからだ」
クビ? と局長のハディスンは首を捻った。
「あなたみたいな人をクビにするなんて、どんな阿保なのかしら?」
色々あったんだ。
「ケイオスくんは……きっと、利用されていただけなんです」
エリーシェ?
「ケイオスくんは誰よりも強いから、手柄を奪うために極力戦わせないようにして……それで」
なに言ってるのこの娘!?
「なにか訳がありそうね……それはあとでじっくり聞かせてもらいましょう。で、本題なんだけど、あなたの倒した新種、話を聞く限りでは危険度が高すぎるわ。そうなると、報酬をいますぐには払いきれないの」
「だろうな」
「しかも正式にクエストがあった訳じゃない……あくまで調査依頼だったのよね?」
「そうだ」
報酬に関しては、正直どうでもいい。
「こちらもできる限りの補填はしたいんだけど……なにか望みある?」
「……魔物を退治する。新しいクエストを紹介してくれ」
本心だ。今は新しく会得した力を試したい。
「あっきれたわ~ エリちゃん、あなた苦労するわよ?」
「はああ!? ななななななに言ってるんですか!?」
「なんの話だ?」
「ケイオスくんは何も言わないで!」
扱いがひどい。
そんな様子を見て、局長は微笑んでいた。
エリーシェは王都にいた時とずいぶん印象が違う。あるいは今の彼女が本当なのかもな。
「そうね……高ランクの依頼が受けられるよう、等級を上げるわ」
今の俺は個人ランク十級。新人扱いだ。
王都でのランクは五級だったし、そこまでとは言わないが、ジャンプアップさせてくれると嬉しい。
「状況を鑑みて、三級に上げるわ」
「!?」
三級といえば、一流の冒険者。三級と四級の間には壁があり、なかなか突破できない。
俺をその三級に?
「願ってもない話だが」
「不満?」
「まさか。しかし、そんなことができるのか?」
「仮の措置よ。下には置けないし、上げるしかないもの。だからこれからも活躍して、本物になってちょうだい」
俺はうなずいた。っていうかうなずくしかない。
「でも……失礼を承知で聞くけど、あなたの名は聞いたことがなかったわ。黒豹を倒せる男なんて普通は有名になるはず」
「そう言われてもな。だが……俺の天職は『分析士』と『ものまね士』だ。前衛には出なかったし、サポート役だった」
「天職二つ持ちは珍しいわね。つまり、戦ったことがないってこと?」
「そういうことになる」
自分でも気が付かなかったことだ。
俺は『アカツキ』で、ジャスティンたちに守られていた。逆の見方をすれば、それは『殻』だったのかもしれない。
「三級ともなれば異名がつくかもね。どんなのがお望み?」
「異名か……さして興味はないが」
しかし、そう聞かれれば、答えるしかないだろう。
俺はケイオス。
『魔物ハンター』であると———
おまけ・人物紹介
なまえ ケイオス
ねんれい 十八
せいべつ 男
ジョブ 分析士 ものまね士
スキル 眼力≪レベル8≫/眼識≪レベル7≫/瞬間模倣術/影魔法←NEW
ランク パーティーランクなし 個人ランク 三級(仮)
しょぞく アイツフェルン・冒険者
かぞく なし
こいびと なし
ちょきん ちょっと
みため 黒髪・黒瞳
おまけ・魔物紹介
『シャドウ・レオパルド』
ダークネスレオパルドの亜種、もしくは新種の魔物。鑑定待ちの状態ではあるが、恐ろしく危険な魔物。
魔法を使用し、影の中に入る事ができる。非常に獰猛で、人間を殺す。生態はまったくの謎で、人を殺す理由も不明。
わかっているだけで八人を殺害しており、危険度はAクラス以上。
長い爪と青い目。漆黒の毛皮が特徴。体長は一メートル五十センチほど。
推定の討伐推奨冒険者数は十名~
討伐報酬平均額 なし(ダークネスレオパルドに準じた場合は100000G~)
という感じです。
今回が覚醒回といいますか、最初のポイントです。
次回からはざまぁをはじめ……られたらいいな。
よろしければ感想、コメントなどお待ちしております。
読んでいただきありがとうございました。