クエスト・Ⅲ 『未確認魔物・黒い影』
「……未確認の魔物?」
聞き返した俺を見るエリーシェの顔は暗い。
「うん。すでに二人、犠牲者が」
「未確認なのは何故だ?」
バラク蜘蛛を退治してから三日が過ぎている。
これまで得た報酬で家具を整えていたせいで、顔を出せずにいたのだが、事件になっているようだな。
「姿を誰も見ていないから」
彼女のセリフを聞き、俺は目をつむった。
「犠牲者はどんなやられ方を?」
「鑑定士の話では、鋭い爪で切られている、って」
「場所と時間は?」
「ウズロの森。時間は二日ほど前よ」
エリーシェは落ち込んでいるように見える。
冒険者とのやり取りを仕事としているのだから、全員が顔見知りのようなもの。急にいなくなればショックだろう。
「目撃情報はなく、鋭い爪を持ち、冒険者を倒せる魔物。死体を置き去りにする性質……」
「ケイオスくん、知っているの?」
類似していて、かつこの地域に生息しているのは『クロウクロウオオカミ』と『ヴァリアントタイガー』。あとは『地獄熊』くらいだな。
しかし、ヤツラはねぐらまで獲物を引きずり、そこで喰う。遺体を置いてはいかない。
「まさかとは思うが……」
思い当たるふしが一つ。だがそれもまた未確認の魔物であり、現れたとされるのは六年も前だ。
「ケイオスくん……?」
「いや、すまない。依頼は出しているのか?」
「まだ調査依頼のみ。どんな魔物か確定していないから」
「俺がやろう」
エリーシェは返事をしなかった。
「どうした?」
「ケイオスくん、怒ってない?」
「……そう見えるか」
確かに胸がざわついている。予想が正しければ、こいつは俺が受けるべきクエストだ。
「心配するな。調査だけだ」
「だけど、もしも危険度が高かった場合は……」
「俺の天職は分析士。魔物を確定次第戻るさ」
「うん……」
クエスト受注は完了。できれば二人以上で臨みたい。
「ブラインがどこにいるか、知っているか?」
「今日は見てないから……お休みだと思う」
しかたない。今回は単独で行くか。
「では行ってくる」
「ケイオスくん!」
彼女は立ち上がり、大声を上げた。
「あ……その……ごめんなさい。どうか、気をつけて」
「ああ」
俺は職業安定所を去った。
家に戻り、準備を始める。
体の調子はいい。そこに問題はない。魔物退治のための道具も、可能な範囲で調達した。
問題は心にある。
ここアイツフェルンでは、六年前に殺人事件が起こっていた。
犯行は正体不明の魔物、とされている。
鋭い爪のようなもので切り刻まれ、亡くなった町人が六名。
その中には、俺の両親も含まれている。
「姿が確認できない魔物……」
俺が冒険者となるきっかけを作った出来事だ。
まだ断定はできないが……果たして運がいいのか悪いのか。
「いや、今は考えないでおこう」
心を落ち着かせる。どのみち引き受けなければならないクエストだったろう。
アイツフェルンは依頼に対し、冒険者の数が足りていない。王都とは逆である。
「俺が魔物を全て退治すればいい」
そうそう、意気込みは大切だ。思うだけならただだしな。
動くなら早い方がいい。
俺は早々に準備を終えて、目的地に旅立った。
犯行現場となったウズロの森は、アイツフェルンの街から半日ほどのところだ。
途中、キャンプをし、朝になってから件の地に入る。
分析士のスキル≪眼力≫を発動し、辺りを探った俺は、ほどなくして人間の足跡を発見した。
「二人分の足跡……殺害された冒険者のものだな。そして何人かのもの。こちらは発見者のものか」
対象を絞り、殺害されたという冒険者の足跡だけをたどる。
彼らのクエストは採取と聞いた。なるほど、と一人で納得する。
二人の行動はジグザグで、探索をしているのがうかがえる。
沈み込んだ足跡の深さと間隔から推察するに、男女のペア。重装備ではなく、軽装備。事前の情報通りだ。
ウズロの森は危険度の高い魔物が少ない。が、少し不用心だったのかもしれないな。
やがて、足跡は途絶えた。代わりに血痕が見える。
俺は念のため、剣を抜いた。
乾いた赤黒い溜まりを凝視する。使うのはスキル≪眼識≫。
物を鑑定する時に使用する力だ。
人間の痕跡。つまり髪の毛などを排除し、不自然なもののみを選別する。
「爪のかけら、液体の痕跡。これはおそらく唾液だろう」
魔物だ。それは間違いない。
しかし、これだけではまだわからない。
「周囲に魔物の足跡がないな。頭上から襲われた、ということか?」
鳥獣タイプの魔物を連想する。
それはますます考えにくい。鎧の上から斬り裂ける爪など、鳥獣タイプは持っていない。
「なにか見落としてはいないか?」
考えろ、ケイオス。
爪を持ち、痕跡を残さない魔物。鳥獣タイプではない。
俺はスキル≪眼識≫の精度を上げた。
つぶさに観察し、違和感を見つける。
「これは、人の毛ではない……」
髪の毛に混じった短い体毛。触った感触は、獣のものだ。
漆黒の体毛を持つ魔物はさまざまいるが、陸上の棲み、爪を持つとなると限られてくる。
「ダークネスレオパルド……」
危険度はAクラス。密林に生息し、伸縮自在の爪と極めて高い敏捷性を持つ黒豹だ。
あり得ない。南方にしかいないはず。
ぞくりとした俺は、辺りを見回した。
「見られている……どこからだ?」
勘だ。
だが、否定できない。全身が総毛だって、手が小さく震えた。
スキル≪眼力≫でもってしても、動いているものは見えない。
「頭上ではないとしたら……」
ハッとして俺は後ろに下がった。
構えた剣が弾かれ、革の鎧が切り裂かれる。
「なんだと!?」
ヤツは現れた。
漆黒の毛皮と、青い瞳。低い姿勢で俺を威嚇しているのは、『ダークネスレオパルド』ではない。
公開されている『ダークネスレオパルド』の姿かたちは、赤い目と、長い尻尾。
目の前の魔物は、細部が異なっている。
何より異なるのは……
「……こいつは……新種なのかっ!?」
黒豹は、信じられない事に、影の中に消えた。
ヤツは頭上ではなく、地中からでもなく、影の中から襲いかかってきたのだ。
「新種の魔物とはいえ、ばかばかしいにもほどがあるな」
影の中に入る存在など、聞いたこともない。
俺は裂かれた箇所を確認する。
鎧は切られたが、鎖かたびらのおかげで傷はない。
武器が爪であると断定し、あらかじめ着込んでおいたのが命をつなげた。
俺はいつまた影から飛び出して来るかわからない恐怖をぬぐえなかった。
剣を拾い、下を警戒する。
だが———
うなり声は真横から来た。
「今度は横か!?」
黒豹の爪が額をかする。
影の中を移動しているとしか思えない。
そりゃあ姿が確認できないわけだ。影に入られたのでは、まず追えないし、痕跡も残らない。
さて、どうする。
「ぐうっ!?」
考えてる暇もなかった。
次々と現れては、影に入る。剣で弾くタイミングが掴めない。
俺は走った。
そして、心を落ち着かせる。
ヤツが能力を発動させるタイミングさえ掴めれば、対策はできる。
スキル≪眼力≫と≪眼識≫を同時発動。負担はデカいものの、躊躇している時ではない。
俺は大きな木を見つけ、そこに背を預けた。
連続攻撃でだいぶ傷を負ったが、致命傷ではない。
そして、大木が作る大きな影の中に入れば、ヤツの攻めを限定できる。
「来た!」
横からの飛びかかりを、剣で弾く。ギリギリだ。
タイミングを図るため、落ち着いてカウントする。
影の中に消えた黒豹が、今度は逆の方向から飛びかかってきた。
鋭い爪を剣で受け、弾く。
「……十五、十六……」
カウント二十! ほら来た!
影から現れる黒豹は、等間隔で出てくる。
入ってから出るまで、クールタイムがあると分析したのだ。
防戦一方。
おそらくは俺はここで死ぬのだと、直感する。
それほどにこの新種は強い。
額に伝う汗を拭う余裕すら、ありはしないのだった。
おまけ・地方紹介
ミード大陸の南方は大河に沿って密林が広がり、人類の進出を拒んでいる。気温、地形、風土病などなどはもとより、魔物の危険度がことさら高いためである。
一説によれば、密林の中に黄金郷があるとされ、伝説に挑む冒険者も存在する。
生息する魔物の平均危険度はBクラス。これは他の地域と比べても高く、人類を寄せ付けないのだった。
中でも恐ろしいのが『ダークネスレオパルド』。密林は彼らの庭で、縄張りに入れば即、死が訪れるとまで言われる。
伸縮自在の鋭い爪と、極めて高い敏捷性を有し、人を殺す。
滅多に密林から出ない魔物ではあるが、時折平地に姿を現すという。
という感じです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ここからが第一のポイントです!
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では次回。