クエスト・Ⅱ 『バラク蜘蛛』退治
コボルド退治を終えた俺たちは、ちょうど日が暮れる頃に、職業安定所へと戻った。
服や装備はすっかり土と魔物の血で汚れ、異臭を放っている。
一刻も早く風呂に入って最悪な穢れを全て洗い流したいところだ。
「おかえりなさい。ケイオスくん」
「戻った」
就業時間をぎりぎり過ぎてはいたが、エリーシェは俺たちを待っていてくれたようだ。
「依頼は達成した。これが証拠だ。鑑定を頼む」
コボルドのリーダーから切り取った耳を置く。依頼を完了するには魔物の一部を持ち帰り、鑑定をしてもらう必要がある。
「はい、確かに。ちょっと待ってて」
彼女は慣れた様子で耳を預かり、奥へと運ぶ。
数分もしない内に戻り、認証と依頼の完了を告げた。
「さすがね、ケイオスくん」
「いや、俺だけの力じゃない。ブラインのおかげだ」
「いや、おれはほとんどなにもしてねえけどな」
ブラインとはすっかり打ち解けてしまった。
最初は警戒されていたようだが、ともにクエストを達成したことで、ちょっとした一体感が生まれたわけだ。
「では報酬をお受け取り下さい」
今回の報酬は2000G。二人で山分けして1000Gずつだ。
1000Gもあれば、ひと月は普通に暮らせる。
コボルド退治のために購入した槍と煙玉の分を差し引いて950G。しかし、冒険者登録特典の分を合わせると1000G。
今回は丸儲け、となるのだった。
掃除に使う道具と、簡易的なベッドくらいは用意できそうだな。
さっそくやろうそうしよう。
「デビュー戦はどうだったの?」
帰ろうとした俺に、エリーシェが聞いてくる。
「そうだな。命をさらけだして戦うのは……悪くない」
「言い方!? 普通に戦って?」
「すまない、少し気が昂っているみたいだ」
彼女はそんな俺の様子がおかしかったのか、可憐な笑みを見せる。
笑顔を見て、ようやく成し遂げた実感がした。
熱も冷めやらぬまま、閉まったばかりの雑貨店に無理を言って寝袋と掃除道具を購入し、家の掃除に取り掛かる。
天職『分析士』として、汚れを分析し、適切な方法で落とす。
そうして家を綺麗にした頃には、朝になっていた。
ほとんどピカピカ。まさにビフォーアフター。
大満足だ。
その後、俺は床に倒れ、丸一日眠ったのだった。
「あ、ケイオスくん、おはよう」
「ああ、おはよう。今日も頼む」
心身ともにリフレッシュした俺は、真っ先に職業安定所へと向かい、エリーシェと対面する。
というか、受付が彼女しかいないんだが、大丈夫か、ここ。
「そうね。この時期限定の依頼が来てる」
「バラク蜘蛛か?」
エリーシェはうなずいて、依頼書を手渡してくる。
「そういえばそんな時期か」
春になると活発に動き出す『バラク蜘蛛』。人も襲う獰猛な魔物だ。
初めて発見された場所が『バラク』という地域で、そのまま名前となった魔物である。
「被害は?」
「人的被害はまだないけど、お散歩中のわんちゃんが犠牲に」
俺は拳を握りしめた。
なんの罪もないペットを毒牙にかけるとは、許せない。
「滅殺しよう」
「クエスト受注ね」
「ああ。それと今回も相棒がほしいな。ブラインがどこにいるか聞いていないか?」
「ブラインさんならそこで寝てる」
振り向くと、ソファーを占領していびきをかいているブラインがいた。
やれやれ、である。
「バラク蜘蛛ねえ。春の風物詩ってヤツか」
「そうだな」
俺の頼みを二つ返事で引き受けたブラインとともに『バラク蜘蛛』退治を受注し、さっそく討伐に向かう。
「で、その荷物はなんだよ?」
疑問の視線をぶつけてくる。
荷物を詰め込んだリュックサックが気になるようだな。
むしろこっちが聞きたい。ブラインは大した準備もしないまま、来ている。
「バラク蜘蛛対策だ」
「そんなのこいつだけで大丈夫だろ」
彼は長槍を見せつけてくる。
チョイスは悪くない。バラク蜘蛛は近づくと糸を放射状にばらまき、捕獲しようとしてくる。
リーチの長い武器で応戦するのは正攻法だろう。
しかし、それでは不十分だ。
「バラク蜘蛛の糸は強力だ。一度まとわりついたら中々外せない」
「かわせばいいじゃねえか」
その通りだな。
「手を打っておくことにこしたことはないだろう」
「まあ、おまえさんの言う事は信じるがな」
ブラインは、大げさだ、と言いたいらしいな。
打ち合わせをしつつ、町を少し離れた森に着く。
人里に近いため、バラク蜘蛛のテリトリーとは思えないが、ペットがやられた場所はここだ。
分析士のスキル≪眼力≫を発動。
痕跡が浮かび上がり、木や草むらに付着している粘性の糸を見つけた。
「ここだな」
「……いるのか?」
いる。
この全身に巻き付くような悪寒。
痕跡が示すヤツの居場所は、上だ。
「ブライン! 下がれ!」
俺たちが下がると同時に、樹上から巨大な蜘蛛が襲いかかる。
「ちっ! 巣網を張らずに待ち構えているとはな!」
バラク蜘蛛は大きな巣網を張り、わずかにでも触れた物を捕獲する。
巣網を張っていないのはたまたまか、はぐれ魔物か、あるいは———
「魔物は日々進化する……か」
いつか誰かが言った。
魔物は日々進化していると。
「ブライン、ただのバラク蜘蛛ではないようだ。気を付けろ」
「簡単に言ってくれるぜ……」
俺は剣を、ブラインは槍を構える。
バラク蜘蛛は短い前足をしきりに動かし、複眼でこちらを見つめてくる。
「……!?」
様子をうかがっていたのが、仇となる。
動かしていた前足を振り上げて、糸の球を飛ばしてきたのだ。
標的はブライン。
予想以上のセオリー無視。声をかけるタイミングがない。
「ぐあっ!」
糸球を喰らって、ブラインが絡めとられる。
そして彼は、引っ張り込まれて蜘蛛に噛まれた。
「いだだだだだだ! こいつ!」
槍で突こうとするも、リーチの長さが災いして、うまく刺さらない。
このままではまずいな。ブラインが喰われてしまう。
俺は荷物の中から用意した物を取り出して、バラク蜘蛛に突進する。
再び投げられる糸球を受けて、絡めとられてしまった。
「ケイオス!」
「心配するな。問題ない」
「なに言ってる!? このままじゃ——」
チョキン、と小気味の良い音を出す。
拘束が解かれ、俺は駆けた。
慌てた巨大バラク蜘蛛は口から放射状に糸をばら撒く。
もう遅い。来るとわかっているものなど、俺には通じない。
スキル≪眼力≫によって糸一つ一つの軌道を読み切る。
その全てを、装備した『ハサミ』で断ち切っていく。
そして———
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」
至近の距離から生理的嫌悪感の塊である蜘蛛の顔面に剣を突き入れる。
魔物の声にならない叫び。
白い体液が、ぶしゅ、と噴き出て、蜘蛛は動かなくなった。
「ふう……」
一時はどうなるかと思ったが、うまくいった。
「ケ、ケイオス……おれ、もうダメかもしんない……」
ブラインが泣きそうな顔で俺を見てきた。
彼の腕は、噛まれた部分が真っ黒になり、じわりじわりと面積を広げている。
「バラク蜘蛛の神経毒だ。全身を徐々に麻痺させる。しかも意識を保たせたままにな」
「マジで!?」
「こいつが恐ろしいのは、生きながら喰われるのを見せつけられるところだな」
「ちょっとなに落ち着いて解説してんの!?」
死ぬわけではないから薬を用意していない。値段高いし。
バラク蜘蛛の毒はあくまでも麻痺。割とすぐに消える。
だが、後遺症が残ってしまう可能性もあるだろう。
「大丈夫だ。俺に任せておけ」
「あ、ああ」
俺は腕を押さえて座り込むブラインのそばに立つ。
ベルトを緩め、社会の窓を全開にした。
「……おい、なにやってんだ?」
「解毒する」
「ちょ、待てよ! おかしいだろ! おまっ……ナニ出してんだよ!」
「案ずるな。バラク蜘蛛の毒には尿がよく利くんだ。あまり知られていないがな」
「えっ!? いや、ちょっ……あっーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
応急処置が終わり、落ち込みまくっているブラインをよそに、俺は蜘蛛の糸を回収する。
バラク蜘蛛の糸は強靭でよくくっつく。簡易的な接着剤としてそこそこ需要があるのだ。
「恨みながら感謝するぜ、ケイオスよ……」
どっちなんだ。
「つーかよ、そのハサミはなんなんだ? バラク蜘蛛の糸も普通に切っちまうし」
「来る前に雑貨店で買ってきた」
「……ただのハサミなの!?」
「ああ、そうだな」
「えー……」
「バラク蜘蛛の糸は強い。剣などでは切れないんだ。切った瞬間に修復作用が働くからな。だが、両側から同時に挟み切ると、呆気なく断てる」
ブラインはなぜか肩を落とした。
「おまえは魔物博士かよ……」
そう言われれば、違うと言うしかない。
そしてこう告げる。
俺はケイオス。『魔物ハンター』と———
おまけ・魔物紹介
『バラク蜘蛛』
バラク地方で発見されたことから『バラク蜘蛛』と命名された。単独で行動し、巣網を張って獲物を捕らえる。
大きさは成人男性の倍ほどもあり、極めて獰猛。特に季節が春を迎えると活発になり、人里に近い場所へ巣を張る。
口から出る糸は強靭であり、接着性も抜群。瞬間接着剤としてそこそこ人気がある。
討伐には三人以上のパーティーが推奨。単独で挑む場合は遺書を書くことがおすすめされる。
討伐クエスト平均報酬額 2000G~2500G 補足として蜘蛛の糸は100G/キロで取引される。
という感じです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
よろしければ感想、コメントお待ちしております。
では次回!