クエスト・Ⅰ 『コボルド』退治
「あんたがケイオスさんか?」
「それを聞くということは、ブラインさんで間違いないか?」
「お、おう」
合流地点で先に待っていたのは、コボルド退治を引き受けたもう一人の冒険者、ブラインだ。
明るい茶色の髪にバンダナを巻いた戦士風の冒険者は、面食らった様子で俺を見る。
「さっそくで悪いが、詳細を聞きたい」
「……?」
「ブラインさんの現況だ」
ブラインはぽかんとした。
「コボルド退治をしたことはあるか?」
「初めてだ。ゴブリンなら退治したことはある」
「コボルドとゴブリンは似ているようで、まったくの別種だ。一緒にするのは危険だな」
「そ、そうなのか?」
俺が見る限り、ブラインの装備は手入れがなされていて、選択も悪くはない。
取り回しの効くショートソード。動きやすい革の具足。頭に巻いたバンダナは、いざという時、防塵マスクの代わりになる。
「パーティーランクはどうだ?」
「いいや、おれは単独だからな」
「個人ランクは?」
「六級だ」
ふむ。単独活動で六級は大したものだ。年の頃は三十代前半といったところ。
なかなかのベテラン、と判断していいだろう。
「差し支えなければ天職も聞いておきたい」
「剣士、だな」
剣士は、戦士や騎士と並び数が多い天職の一つだ。戦力としては申し分ない。
「ケイオスさん、あんたは———」
「呼び捨てにしてくれ。その方がやりやすい」
「だったらこっちも呼び捨てでいい。で、あんたは……コボルド退治をやったことがあんのか?」
「ある」
「個人ランクは?」
今度はこっちが教える番か。
「十級だ」
「ってことは……新人か?」
「この町ではな」
ブラインの顔が渋くなる。俺に対して、どう扱っていいかわからない、といった様子だ。
お互いの事情について話す意味はない。
やるのは仕事であって雑談ではないからな。
「主な仕事は何を?」
「おれは採取や探索をメインにやってる。今回のクエストは……まあ、ちょいと急ぎで金が欲しくてな」
「俺も似たようなものだ」
情報交換はこれくらいでいいだろう。
コボルドの巣と目される場所までは遠くない。
夜が来るまでに行った方がいい。
「では行こう」
ブラインはうなずくのみだった。
信頼は……今のところされていないようだ。
コボルドは夜行性。昼は穴ぐらに潜み、寝るか巣を拡張している。
スキル≪眼力≫を使い、痕跡をたどった俺たちは、ほどなくして山肌にできた穴ぐらを発見した。
「ケイオス、乗り込むか?」
「待て。まずは削る」
「なんだって?」
俺は荷物の中から道具を二つ取り出す。
鋼を可能な限り細くした『鋼線』と目くらましに使う『煙玉』だ。
「高さは……これくらいだな」
「おい、なにしてんだ? 削りってなんだ」
「コボルドは二十体前後の群れで行動する。昼は外に出ず、夜になると作物や家畜を荒らすわけだが」
「やけに詳しいな、あんた」
「俺などまだまだだ。それでやるのが、削り。今の内にできるだけ数を減らす」
ちょうど大人が入れるくらいの竪穴。入り口の高さ八十センチのところに『鋼線』を張る。
両端をがっちりと固定し、『煙玉』に火を点けた。
「ブライン、死ななかったコボルドにとどめを刺してくれ」
「ええと?」
困惑しながらも、ブラインは剣を抜いた。
そいて俺は『煙玉』を中に軽く放り投げる。
待つこと数分。
穴ぐらの中から、ギィギィと耳障りな声がして、ヤツラが飛び出してきた。
出入り口から出てきたコボルドは、張っておいた『鋼線』によって首がすっ飛ぶ。
犬の面をした生首が宙を舞い、ごとりと地面に落ちた。
コボルドは昨日の人面犬とは真逆。犬の顔を持った小人型魔物だ。
煙に驚いたコボルドが次々と出てきては『鋼線』に引っかかり、真っ二つになる。
泥よりも濁った魔物の血が飛び散り、池ができそうだ。
俺の張った『鋼線』は七体ほどのコボルドを抹殺し、役目を終えた。
「七体、か。まずまずだな。だが……『鋼線』は使い物にならなくなってしまった」
残念すぎる。
『カラド・ボルグ』のオヤジに作ってもらった特注品なのだ。代わりはもうない。
「中に入ろう。おそらく奥で待ち構えている」
ブラインはごくりと息を呑んだ。
「松明を頼む」
「魔法式のランタンがあるぜ?」
「ダメだ。明るすぎる」
「へ?」
俺は目を丸くするブラインを先導し、巣穴の中に侵入を開始した。
松明を任せて、次の準備をする。
「ケイオス……なんのつもりだ?」
「コボルドを殺す」
「ふざけてるようにしか思えねーんだけど」
確かに見た目はひどいかもな。
松明を持ったブラインの背に、俺はぴったりと背中を合わせて、寄りかかっている。
手に持つのは、柄を半ばまでカットし、長さを調整した安物の槍。
「このまま進んでくれ」
「えー……」
巣穴を奥に進むと、なにがしかの気配が動き始めた。
「おい、ケイオス! 囲まれるぞ!」
「大丈夫だ。そのまま進んでくれ」
そろそろ来る頃合いだ。
俺は槍を握り直す。
走る音。
お出ましだ。
「ギャワ!」
魔物の悲鳴。飛び散る黒い血。
俺は正面から襲いかかるコボルドを串刺しにした。
「なにが起こってんだ!?」
「前面に集中してくれ」
前を向くブラインにはわからないだろう。
間髪を入れずに飛びかかってくる犬面小人を槍で突く。というよりは勝手に刺さりにきているのだが。
ヤツラの攻撃は、八体を仕留めた段階で終わった。
辺りに気配や動くものはない。
これで十五体を始末。残りはせいぜい五体程度。油断はできないが。
「ブライン、もういいぞ」
「あ、ああ」
松明を近づけて槍を確認する。
穂先は欠け、あと一、二回使っただけで壊れるだろう。
「ケイオス……いったいこりゃあどういうことだ?」
「コボルドは明かりが見えた時、後ろに回り込むという習性がある」
「なんだと……?」
「浅知恵、といってもいいだろう。あるいは夜行性ならではかもしれんが……それを逆手に取った」
「いや……でもよ」
「後ろから来る確率は九割を超える。信頼できる分析だと思うが」
ヤツラは火が苦手だ。
一番楽なのは巣穴を火の海することだが、それをやると別の出口から逃げられてしまう。
「奥に群れのリーダーがいる。片付けてクエスト達成だ」
装備を手早く確認して、再び進む。
最奥にたどり着いた途端、強烈な臭気が鼻を直撃した。
さらった家畜の残骸が散らばったままだ。
「食い散らかしているな。許せん」
五体のコボルドが俺たちを待ち構えていた。
一際デカいのが群れのリーダーだろう。
大きさは通常個体の二倍。大物だ。
「どうする? ケイオスよ」
「ここからは力押しだな。小さいのは任せた、ブライン」
「なっ———」
俺は剣を構えて地を蹴った。
ニンゲンの大人ほどあるコボルドに向かって突っ込む。
速さが肝心だ。陣形は組ませない。
コボルド・リーダーが毛むくじゃらの腕を振るって迎撃してくる。
「大振りすぎる……」
スライディングの要領で滑り込み、空振りさせる。すれ違いざま、足を斬りつけた。
オヤジから頂戴した剣は、厚い毛皮をやすやすと切り裂き、黒い血を噴き出させる。
「オギャアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼」
赤ん坊の泣き声に似た叫び。
聞くに耐えない。
「死ね」
膝をついたコボルド・リーダーの犬面に剣を叩きこむ。
これで終わりだ。
「ブライン」
「おお!」
ショートソードの二連斬。
最後に残ったコボルドの肉体が三つに分かたれ、絶命する。
天職が剣士のブラインは、一人で五体を仕留めた。
頼りになる男だ。
「これで全部か……」
「ああ、これで全部だ」
「おまえさん、すげえな。知識といい、度胸といい、新人ってのは嘘だろ?」
どうだろう? 剣や槍を振るって前線に立ったのは初めてだしな。
「本格的な白兵戦は初めてだ」
「……聞き間違いか?」
「いや、まともに戦ったのは初めてだな」
「はああ!?」
俺は分析士でものまね士。前衛ではない。
しかし、自分でも驚いている。
体は熱を帯び、思いのままに動かすことができた。
魔物をこの手で直接退治できたことが嬉しい。
「なんなの……おまえ」
呆れ顔のブライン。
そんな顔されても、こう答えるしかないだろう。
俺はケイオス。『魔物ハンター』と———
おまけ・魔物紹介
『コボルド』
犬面人身の小人型魔物。知能は低く、作物や家畜を荒らす害獣。二十体前後の群れで行動し、山肌などに巣穴を作る。
夜行性で、昼は穴ぐらにこもり、寝ているか、穴ぐらを拡張している。
性格は狂暴で、雑食。ニンゲンを襲うことは滅多にないが、巣穴に侵入された場合のみその限りではない。
火を苦手としており、見ると火を持つ者の後ろに回り込む習性がある。
体の大きさがコボルドの序列になり、リーダーともなれば通常個体の二倍のデカさとなる。
討伐推奨冒険者数は二人以上。前衛一人、後衛一人が望ましい。
討伐クエスト平均報酬額 1500G~2000G
という感じです。
ケイオスの魔物ハンターデビュー戦、終了。
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