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『分析士』にして『ものまね士』の男、故郷へと——

「やっと着いたな」


 かすかな潮の香りが鼻をくすぐる。

 ここは『アイツフェルン』。俺の故郷だ。


 十三の歳で飛び出してから五年。のどかな風景はさほど変わりない。

 とはいえ家族はいないし、友人もいないのだが。


「俺の家は残っているかな」


 手続きも何もせず、俺は家を放り出している。

 別の誰かが住んでいてもおかしくはないが、一応確かめておこうと思う。


 十二歳の時、俺の父と母は魔物に殺された。

 町はずれに家が建っていたということも原因だし、魔物が町に入り込むはずもないという油断も原因だ。


 しかし、そもそも魔物が存在していなければ起きなかったこと。

 だから魔物は滅ぼさなければならない。


「いや、いまはよそう」


 頭を振って暗い感情を隅に置く。

 仕事を探すことの方が先決だ。


 アイツフェルンは海に近い。

 小さな港があり、漁業も盛んだ。

 南には海が、北や西には山が。自然に囲まれた良い場所だと思う。

 贔屓目か? いや、客観的な意見だ。


 人もまばらな通りを過ぎて、静かな町はずれに進む。

 小さな林を抜けて行くと、懐かしい家が目に入った。


「ボロいな」


 最初の感想が悪口になる程度には荒れている。

 

「……‼」


 この気配、誰かいるな。

 違う、『誰か』ではなく『なにか』だ。


 スキル≪眼力≫を発動。周囲の痕跡を探る。

 浮かび上がるのは、生物の足跡。

 落ちている細い毛はイヌのものか。

 微かに魔素をまとう毛———町に入り込む魔物は『人面犬』だろう。


 開けっ放しの家の中から、うなり声が聞こえる。

 俺は荷物を置いて、『カラド・ボルグ』のオヤジからもらった剣を抜き放った。


 太陽の光を受けて輝く剣。

 ロングソードよりも短く、ショートソードよりは長い。

 重さもしっくりくる。さすがオヤジ、腕がいい。


 家の中から飛び出してきたのは、予想通り『人面犬』だ。

 人語を真似して背後から注意を引き、振り向いた人間を襲う。


 卑劣な魔物。滅ぼさねば。

 

「剣を使うのは久しぶりだ……」


 サポート役に徹していた俺は、数えるほどしか実戦で剣を振るっていない。

 しかし、鍛錬を怠った日はないんだな、これが。


『コッチダヨォ……』

『コッチダヨォ……』

『コッチダヨォ……』


 三匹の人面犬が揃って人語を喋る。いつ見ても気味が悪い。

 飛びかかってくる魔物に向かって、スキル≪眼力≫を発動。そこから攻撃パターンを予測。

 シミュレーションはすぐに終わる。

 あとは体をイメージに沿って動かすだけだ。


 一匹目は上段から叩き伏せる。

 二匹目は手首を返して斬り上げ。

 三匹目は……外した。のしかかられ、噛まれそうになる。


 人面犬の顔は中年の男性であることがほとんどだ。

 近くで見るのは精神的にきついな。


 俺は手に持ったままの剣を、真横から首に突き刺す。

 魔物のドブよりも濁った血が飛び散り、気分が悪い。


「退治完了ではあるが、しょっぱなからこれとは」


 俺の家、なーんで住処になってるんだ。

 五年も放置していたとはいえ、ひどすぎる。


 一つため息をした俺は、立ち上がって魔物の死体を片付けるのだった。



  


 家の中を見た俺は、思わず口にする。


「これは本格的な掃除がいる」


 とな。

 さすがに息が詰まる。

 ほこりだらけでかび臭い。


 家の中は荒れ放題で、家具は大体朽ちていた。

 早急に金を用意して片付けをしないとおちおち眠ることもできなそうだ。


「まだ時間はある」


 日雇いの仕事でもして、掃除の道具を買う。

 心に決めた俺は町中にリターン。職業安定所に向かう。


 田舎町には王都のような『冒険者省』はない。代わりに職業安定所が冒険者省の支部を兼ねているわけだ。

 急いで受付へと向かい、職員に声をかける。


「すまない。急ぎ仕事を探しているのだが……」

「はい。どのようなお仕事ですか?」


 俺は言葉を止めた。

 ひどく見覚えのある緋色の髪。そして美貌。


「エリーシェ、どうしてここにいる」

「あ、ケイオスくん。一週間ぶり」

「そうだな。一週間ぶりだ。で、なぜここにいる」

「転職した」


 ああ、そういえば言っていたな。

 故郷の名を口にした時、微妙な反応だったことに合点がいったぞ。


「なんでアイツフェルンなんだ」

「転職を上司に相談したら、ここの人手が足りないって言っていたので」

「……」


 笑顔がまぶしすぎるんだが。

 まあいい。


「少々もの入りになった。今日中にできる仕事が欲しい」

「冒険者登録する?」


 俺は考えた。

 ここでなら冒険者登録をし、クエストをこなせる。

 分析士にできる仕事があれば問題はない。

 

「そうだな。頼む」

「はい、ではこちらに記入を」


 五年前にもした申請を再び行うことになるとは、思いもしなかった。

 順に記入していき、登録はすぐに終わる。


「冒険者登録の特典を配布します」


 どん、と袋を机の上に置かれる。

 手際が良すぎないか?


「エリーシェ、ここへはいつ来たんだ?」

「三日前に来たの」

「速すぎないか?」

「わたしの天職(ジョブ)は騎士よ? お馬さんに乗ってきたから」


 確かにな。

 天職『騎士』系は専用スキルとして≪馬術≫を持つ。俺は徒歩だったから、彼女の方が早いか。


 なんだか気が抜けてしまった。

 とりあえず冒険者登録の特典を確認する。


 支度金は10G紙幣が五枚、しめて50G。そして、傷薬、キャンプ用ナイフ、ロープ、と王都の特典とは比べられないが、まあまあだ。


「とはいえ、戦闘系天職ではない俺ではな」


 相棒が欲しいところである。


「エリーシェ、単独(ソロ)でできる仕事はないか?」

「ない」

「ないのか」


 困った。


「土木作業や港での仕事は?」

「今のところは……ないわ」


 まずいぞ。

 田舎町だし、飛び込みでは無理かもな。


「ケイオスくん、魔物ハンターをしてみたら?」

「……俺は単独(ソロ)だぞ。戦闘系天職でもない」

「ケイオスくんならできると思う」


 ぐいぐい来るな。こんな娘だったか? どちらかと言えばクールな印象を抱いていたが。

 しかし、俺は『分析士』で『ものまね士』だ。一人で魔物と戦うのは荷が勝ちすぎる。


「いつも修行していたじゃない」

「まあ……そうだが」


 修行ではなく鍛錬だ。似ているようで違う。


「ケイオスくんは病的なくらい準備するし、いつも通りやれば大丈夫」


 いまさらりと悪口言わなかった?

 

 彼女は俺の背中を押してくれているのだろう。

 エリーシェの助言は信頼できるからな。

 乗せられようか、と考えてしまう。


「で、なんの仕事がある?」

「これを」


 まるで展開がこうなるとわかっていたような反応だ。

 俺が来るのを見越して準備していたのか? だとしたら大したものだが。


 渡された依頼書を見る。

 これは———『コボルド退治』か。


「巣ができたようだな」

「うん。作物や家畜に被害が出てる」


 町の警備兵は基本外には出ない。守るのはあくまでも町内。

 これはどこの町も同じだ。だからこそ冒険者の仕事がある。


「冒険者の方が一人依頼を受けているのだけど、推奨冒険者数が二人以上なので待機されてます」


 コボルドか。少しだけ準備が必要だな。


「エリーシェ、すまないがその冒険者に巣の近くで合流できるよう伝言してくれ」

「それは構わないけど、ケイオスくんはどうするの?」

「用意がいる。待ち合わせの時間は昼の三時がいいだろう」

「ではクエスト受注ね」

「頼む」


 やってみるか。

 何もしないでいるのは我慢できないし、魔物が町の近くにいたら眠れない。


 職業安定所を出た俺は、初めて冒険者になった時のように、胸が躍っていた。


 

 おまけ・魔物紹介


 『人面犬』


 人の顔に犬の体。体長は一メートル弱。三匹から五匹ほどの群れで行動し、一匹が背後から人語を喋って対象の気を引き、集団で襲う。

 山野ででくわすことが多いが、廃墟を住処とする場合もあり、ひとけのないところでは注意が必要。

 戦闘力は低く、単独なら戦士でなくとも追い払えるレベル。

 中年の男性を模した顔面をしているため、人によっては精神的ダメージを受ける。

 火を苦手とし、松明などを持っていればあまり近づいて来ない。


 討伐クエスト平均報酬額 50G~150G

 

 という感じです。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


 よろしければ感想、コメントなどお待ちしております。

 

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