最終クエスト 『星を滅ぼすもの』
剣の一振りが鹿の魔物『ヘイトディアー』を切り刻む。
大きな角を揺らして倒れ伏すヘイトディアーの瞳から光が消えた。
「はあっ……はあっ……」
口から心臓が飛び出しそうだ。
「ぬっ……」
横から飛び出してきたのは、大型のコボルド。こん棒を手に襲いかかってくる。
身をよじって避けたものの、とげのついたこん棒が体をかする。
「ゲゲゲ!」
「黙れ!」
こん棒を払い、剣技ダブルスラッシュを叩き込む。
コボルド・リーダーは血だまりの中に沈んだ。
時刻は早朝。
冷えた気温が熱くなった体に心地よく、と言いたいところだが、もはやなにも感じない。
間断なく襲いかかってくる魔物たち。
マンドラゴラの薬は残り一つ。
こちらの分が悪いか。
離れた場所に立つ大魔星将ジャスティンを見る。
ヤツも余裕はなさそうだが、それでもまだ前へは出てこない。
残る魔物は依然として多く、圧倒的に不利だ。
「だがそれでも……確実に数は減っている」
俺のそばに積み上がった数えるのもばからしいくらいの死体が物語っている。
千体か、いや、それ以上の魔物を殺した。
「グルウオオオオオオオオオオ!」
猪の魔物『アンガーボア』が突っ込んできた。
ぎりぎりでかわし、すれ違いざまに剣を突き立てる。
心臓部を直撃した刃は、アンガーボアを絶命させた。
だが———
「喰らったか……!」
かわしたつもりが、牙で胸を裂かれてしまった。
「そろそろ限界のようだね、ケイオス」
ジャスティンが笑みを浮かべる。
「とどめを刺しにきたらどうだ?」
「はは……おまえには近づかないよ。もっと消耗してから殺しに行ってやる」
ダメか。近くまで来れば刺し違えてでも殺すのだが。
やむを得ない。
最後のマンドラゴラを使う。
「俺はまだやれるぞ」
薬を一気に飲み下し、苦さと吐き気を押し殺して立つ。
涙目だけど気にするな。ただ苦すぎるだけだ。
「いつまで持つかな?」
新たな号令。
興奮した魔物の群れが俺めがけて駆ける。
もはや格好を気にしている場合ではない。
剣を持った右手を布でぐるぐる巻きにし、滑り落ちないようにする。
ここからはペース配分に気を付けないと、一手ミスっただけで死ぬ。
影魔法とドラゴンブレスとものまね。手持ちの札を状況に応じて使い回し、魔物を狩る。
まだだ、まだやれる。
これで終わりなどではない。
俺は斬り続けた。
日が昇り、真上に太陽が来てからも、ずっと斬り続ける。
まるで自分自身が剣にでもなったかのような錯覚がした。
しかし———
「ぐあっ!?」
ゴブリンがした捨て身の体当たりでよろめく。
魔物の死体に足を取られて転んだ。
一斉に飛びかかってくる魔物たち。
「≪影の中の黒子≫!」
影の中へと緊急避難。
ところが、だ。
「なにっ!」
「やっと余裕がなくなったな」
影の中へと入り込む途中のごくごくわずかな隙。
ジャスティンはそれを突き、俺の片足を掴んだ。
「くっ……速い!」
「タイミングを窺っていたからね!」
力任せに引きずり出され、放り投げられる。
地面をバウンドし、魔物の黒い血が口に入った。
最悪だ。あとで消毒を———
「うぐッ!」
一瞬で間を詰めてきたジャスティンが、蹴りを放つ。
かろうじてガードは間に合ったが、衝撃を殺しきれない。
俺の体が面白いように吹き飛び、宙を舞った。
かろうじて受け身を取るも、ジャスティンが迫ってくる。
「まだだぞ、ケイオス!」
大魔星将のボディブローが腹にのめり込んだ。
息が止まり、手足から力が抜け、動けなくなる。
両膝を突いてひざまずいた格好の俺は、荒く息をするしかできなかった。
もう限界か。もう少しやれると思ったが。
「てこずらせやがって……」
ジャスティンは相当にムカついている。
ニンゲンだった頃と同じ美貌が歪み、見る者全てを壊しそうだ。
「だが、これで終わりだよ。魔物の天敵たるおまえさえ死ねば、もはや人間は生き残れない」
それだ。
なぜ俺が魔物の天敵なんだ?
「なんの……話だ」
「おまえは我らがなぜ生まれるのかなど、知らないだろう」
知るはずもない。
「だったら……教えろ。なぜ貴様ら魔物は生まれる? 全てをおまえが生み出しているのか?」
ジャスティンはにやりと笑った。
そして俺を殴る。
「ぬぐ!」
頭の中に火花が散った。
「立て……いや、ひざまずけ、ケイオス」
「……」
そんな元気があるように見えるか?
「なら僕が手を貸してやろう」
無理やり体を起こされて、また同じ体勢に戻される。
「なぶり殺しにでもするつもりか……」
「いいや、もっと恐ろしい目に遭わせてやる」
ジャスティンの高笑いがこだまする。
「おまえは殺さない。殺すのは最後だ。生きながらアイツフェルンが滅びる様を見るがいい!」
「くそっ……」
「ケイオス、おまえにはさらなる絶望を与えてやる」
「なにを……する気だ……」
生き残っている魔物たちが俺を囲い込む。
もう逃げられないだろう。
「なあ、おまえはさっき、教えろ、と言ったな」
「……ああ、そうだ」
「だったら教えてやろう。魔物は人間を滅ぼすために作られた。この星の意思によって」
なんだって?
「人間はこの星にとっての寄生虫と一緒なんだよ! 人間は放っておけば星を滅ぼそうとする。これまで何度も星は滅びかけているんだ!」
絶句だった。
人間が寄生虫だと?
「人間はいつも自分たちのことしか考えない。文明を発展させ、他の生き物たちが住まう場所を奪い、あげく戦争をして殺し合う。その間にどれだけの自然が、星の命が削られたか、見向きもしない」
「……」
「だから星は何度も人間を滅ぼそうとした。天災を起こし飢饉に追い込むこともあれば、地震を使って津波を生んだこともある」
自然災害を……起こした?
「だが! 人間はしぶとい。どれだけリセットしても生き残ってしまう。だから星は考えた。人間を確実に滅ぼす方法を」
「まさか……」
行きつく答えは簡単だった。
「魔物さ! おまえたちが魔物と呼ぶ存在を生み出し、じわじわと追い詰める。最後の一人が死ぬまでなあ!」
魔物が生殖行動をしない理由。
湧いて出てくる、という結論は間違っていなかった。
「星が生み出している……人間を、滅ぼすために……」
なんということだ。
「おまえたち人間は厄介なことに、常に進化し続ける。ならば同等か、それ以上に進化する存在を使い、滅殺するまで」
「それが……星の意思だと? ふざけるな。人間とてこの星で……」
「思い込みだな、ケイオス。人間がこの星で誕生したという証拠がどこにある?」
「……なに?」
「おまえたちはどこからかやってきた異分子。寄生虫だ。だから滅ぼす」
ダメだ。理解が追いつかない。
「だが、寄生虫の中に特異な存在が生まれてしまった。それがなんだかわかるか?」
「……」
ここまで言われれば、わかる。
「天職二つ持ち、か」
「ちっ……お得意の分析で答えを導いたか。おまえはほんとうに気に食わない」
それはお互い様だろう。
「おまえは魔物を殺し過ぎた。これ以上天職二つ持ちの人間を野放しにはできない。おまえを殺し、子を作ることもさせない」
「……」
「そもそも魔物の発生が増えたのは全部おまえのせいなんだよ! おまえが引き寄せたんだ!」
「……」
「どうだ? 絶望したか? 聞かなければよかったと泣いたらどうだ? ん?」
「……くっくっく」
笑いが込み上げてくる。
「……薄気味悪いぞ。なぜこの状況で笑えるんだ。おまえはばかか?」
「嬉しいからだ。俺が魔物を引き寄せるのなら、他の地域は安全になる」
「なんだと?」
「それにジャスティン、勘違いをしているぞ」
「はあ?」
「俺をここで殺したからといって、人間は滅びない。滅ぶのはおまえたちの方だ」
「負け惜しみを……」
負け惜しみなどではない。
「俺は俺が蓄積した情報を託した。ここで俺が死んでも、情報は残り、誰かが継ぐだろう。そうして魔物の研究は進み、いつか誰かがおまえたちを滅ぼす」
そうだ。
人間がしぶといと言ったのは、おまえだ。ジャスティン。
「人間は負けない。魔物の研究はこうしている今も着実に進んでいるんだ。おまえたちは終わりだ。必ず———」
「黙れ!」
ジャスティンの強烈極まりない蹴り。
衝撃によって再び吹き飛ばされる。
「ぐあああああっ!」
大木に背を打ちつけられ、呼吸が止まりそうだ。
「負け惜しみをするなと言っているだろう! おまえはいつも口うるさいんだ! 殺してやりたくてしかたがなかった!」
アカツキの頃を言っているのか?
ひどいな。さすがに傷つく。
「まあいい……言った通り、特等席で町が滅びるところを見せてやる。さあ、者ども! まずはこいつの手足を食いちぎれ!」
終わりか。
アイツフェルンはどうなっただろうか?
エリーシェ……まさか戻ってきてないよな?
彼女は賢いから、きっと王都にとどまっているはずだ。
「本望だ」
俺は魔物を殺した。
たった一人で千体か、二千体か。
出し尽くしたんだ。
目をつむり、震える手で剣を動かす。
もはやこれまで。
貴様の思い通りにはさせないぞ、ジャスティン。
俺が自害すれば、おまえはさぞ驚くだろう。
「やれ! 身動きさせるな!」
雄叫びを上げて大量の魔物が来る。
俺へ覆いかぶさるように、飛んでくる魔物たち。
剣の切っ先を自分の胸に向ける。
「先にあの世で待っているぞ」
剣先が体に吸い込まれる。
その時だった。
「ぎょわっ!」
「ぎゃがが!」
風を切る音がする。
どこからか飛来した矢が、魔物たちに降り注いだ。
なにが……起こった?
「おー、ケイオス。おまえ、ほんとにやりやがったのか?」
え?
「そらあ!」
気合とともに投げられたのは槍だ。
「なんだと!?」
投擲された槍を避けて、ジャスティンが下がる。
同時に駆け込んできたのは……
「ケイオスに近づくんじゃねえぜ!」
ブラインのダブルスラッシュが魔物を切り刻む。
そして。
「ダク?」
「おお、久々だな」
男臭い笑みを浮かべる王都の不良警備兵ダク。
彼の背後から矢が、槍が、魔法が魔物たちめがけて飛んだ。
叫び声を上げて倒れる魔物たち。
俺を守る形で、ブラインとダクが立ちふさがる。
「どうして……ここに?」
「おまえさんの助太刀に決まってんだろ」
「ブ、ブライン……町は?」
「けっこう魔物が来たけどな。被害は軽微。全部倒した」
援軍が来たのか?
間に合ったのか?
「援軍なら、来たぜ」
首を動かして後ろを見る。
そこにいたのは———
「間に合った……」
武器を構えた戦士たち。
屈強な冒険者たち。
整然と陣形を組む兵士たち。
俺は全身が震えた。
おまけ・天職について
人間の希望、または奇跡と呼ばれる現象、そして特性を指す。
始まりはおよそ二百年前。魔物が初めて観測された直前とされている。
世界各地で『神の声を聞いた』と言い始める人間が続出し、他にはない力を覚醒。これが天職とスキル。
病気の疑いがあり、神の声を聞いた者は隔離されたが、続々と人々が覚醒し始めた事から、収拾がつかなくなる。
各国で研究・調査が進み、奇跡であると認定されたことで、天職と命名された。
大陸の統一後、さらなる研究が発展を見せ、天職を覚醒する条件が判明。これにより『天職授与の儀』が行われることとなった。
天職持ちは魔物に対し、極めて有効な対抗手段であり、希少な天職持ちは一目置かれる。
アイツフェルンの魔物ハンター・ケイオスは非常に珍しい天職二つ持ちであり、今の時代には彼だけ。
という感じです。
魔物ではなく人間がアレでした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
戦いの行方ははたして。
それでは。




