『分析士』にして『ものまね士』の男、王都へ——
王都に着いた時、時刻はすでに夕方だった。
急いで走り抜いたおかげで、『冒険者省』が閉まる前に戻ることができたな。
人口三百万を抱える大陸最大の都市の名は『王都アーヴェス』。
多くの人種が集まったるつぼだ。
俺は真っすぐに『冒険者省』を目指した。
好都合な事に、行き交う人々が道を空けてくれる。なにやら視線を感じるものの、構っている余裕はない。
たどり着いた俺は、省内の熱気を感じて、足を止めた。
王都の『冒険者省』は常に屈強な者で溢れている。
彼らは武器を持ち、戦うことを許された戦士であり、探索者だ。
「だいぶ並んでいるな。空いていると思ったが」
本来は夕方になると人はまばらなはずだ。今から依頼を受けて働こうなどという変わり者は少ない。
とりあえず列に並ぶと、俺に視線が集まる。
どうやらジャスティンたちはまだ戻っていないな。
「……ん?」
列が空いた。
譲ってくれるのか。ありがたい。
窓口に近づくと、カウンターの向こう側にいる女性がため息をつく。
うつむき、暗い表情だ。
「ため息などして、どうした?」
「……ケイオスくん」
彼女の名はエリーシェ。緋色の髪と瞳が特徴的な娘だ。
俺たちのパーティー『アカツキ』は彼女が担当になることも多かったため、顔なじみだな。
キレイどころが揃う『冒険者省』の受付嬢の中でも群を抜いて美しい女性であり、田舎者である俺たちには高嶺の花だろう。
「転職しようかな……って」
「転職とはおだやかじゃないな」
「王都のここってハラスメント? っていうか……嫌なことが多くて」
「それは気の毒に」
「ごめんなさい。これじゃ愚痴。それで今日はどう———」
ようやく俺を見たエリーシェは、びし、と固まった。
「きゃあああああああああ! なんて格好してるの!」
物静かで淑やかな彼女らしくない悲鳴だ。
「声を落としてくれ。耳が痛い」
「え? いや、だって……」
「こしみのはつけている」
「こ、こしみのっていうか、それ、草……」
大丈夫だ。問題ない。草でも服だ。
「エリーシェ、すまないが確かめて欲しいことがある」
「え、ええ」
「俺の冒険者登録はどうなっている?」
「こ……こっちに手を」
「どこを見て喋ってるんだ?」
「ち、違います! ケイオスくんが変だから見てるだけ!」
顔を真っ赤にするエリーシェは、ひどく慌てている。なんなんだ。
差し出された鑑定珠に手をかざす。
受付の鑑定珠には名前や年齢、性別に加えて、パーティーランクなどを調べる機能がある。文明の利器とはすごいものだ。
「……え? なんで……?」
「どうした?」
「その……ケイオスくんの登録が抹消されてる」
ジャスティンの言ったことは本当だったか。
まさかマジでやるとは。
「まったく……」
「ケイオスくん、なにがあったの?」
おずおずとエリーシェが聞いてくる。
俺はクビになったことを簡潔に説明した。
「嘘……」
話を聞いたエリーシェは青ざめ、言葉を失っている。
「そんなことって……」
「再登録は可能か?」
「それは……無理。抹消された場合はいかなる理由があっても三年間は再登録ができない」
「それは何故だ?」
「冒険者特典の重複を避けるため」
そうだった。すっかり忘れてた。
冒険者として登録した者は、国からちょっとした支度金や道具を受け取れる。
登録と抹消を繰り返せば受け取れてしまう制度が問題になったことで、再登録は難しくなったんだった。
「向こう三年間は……王都ではなにもできない、か」
「抗議すべきよ! こんな横暴は許されない!」
「いや、意味がない」
「なぜ……?」
他人の登録抹消など、よほど権力を持ってなくてはできないこと。
ジャスティンたちの後ろ盾は大物だろうな。
「俺一人で済めばそれでいいがな。世話になった人たちまで迷惑がかかるのは……自分が許せない」
「でも」
「徹底抗戦は望むところだ。ただ、力も時間も準備も今の俺にはない」
俺は立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「どこでも魔物退治はできる」
別の町で冒険者をするのが一番いいだろう。
「あるいは、そうだな。故郷に戻ってみるか」
「故郷……」
「アイツフェルンという町を知っているか?」
「!?」
ずいぶんと驚いているな。
「どうした?」
「……いえ、その……偶然?」
「??」
なにを言っているんだ。
まあいいけど。
故郷には五年戻っていない。いまはどうなっているだろうか。
「エリーシェ、世話になった。一度故郷に戻って出直すとする」
「ケイオスくん……」
冒険者省を後にして、家に戻る。
戻ったところで、固まった。
家の鍵がない。
そりゃあそうだ。全部奪われたんだから。
「普通なら焦るところだが、俺は用意周到だ」
こんな時のために鉢植えの下に鍵を置いてある。
ほらあった。幸運のふさふさをつけた鍵だ。
さっさと荷造りをして、王都を出る。俺はそう決めていた。
ドアのカギを開けようとしたその時——
影が走り、鍵が奪われる。
「なっ———!?」
俺の手から鍵を鮮やかに奪った不届きものは———猫だ。
大家さん家の飼い猫。名を『アレクニール』。
ヤツは俺を嘲るような目をしてどこかへと去っていく。
ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! なにしてんだこのクソネコ!
「ちっ! スキル≪眼力≫!」
分析士の専用スキル『眼力』は様々なものを視ることができる。『アレクニール』が残した抜け毛と浮き上がる足跡を辿ればすぐに見つかるはずだ。
ほんとうに最後までやれやれだな。
次の日、俺は世話になった人たちにあいさつ回りをする。
家を引き払い、外に出ると、近所の老婦人にばったりと出くわしてしまった。
「あら、ケイオス。お仕事かしら?」
「ミューズさん。仕事ではありません。俺は王都から離れることになりました」
端的に告げると、ミューズ夫人はため息をついた。
「寂しくなるわ」
「お世話になりました」
彼女の腕に巻かれたブレスレットを見る。
金色に輝く綺麗な腕輪だ。俺は以前、ミューズ夫人から失せもの探しの依頼を受けたことがある。
その腕輪を探し当てて以来、なにかと世話をしてくれるようになった、いわば恩人でもあるわけだ。
「また戻ってくるんでしょう?」
「……それは、わかりません。ですが、可能ならば」
夫人の顔色は暗い。
最近、ここらでは辻斬りも発生しているからな。不安なのだろう。
「今までありがとうございました」
「ええ、元気でね」
「ミューズさんもお達者で」
改めて別れを済ますと、さすがに少し寂しいな。
だが、どうしようもない。決めたことだ。
俺は夫人と別れ、目的の場所へと向かった。
最初に行ったのは武器防具屋と鍛冶屋の複合店『カラド・ボルグ』だ。
中に入ると、むっつりした髭面のオヤジがにらんでくる。
頑固一徹職人気質の彼は気難しいせいで気に入った客しか相手にしない。
そのせいで店は大体ガラガラである。
「オヤジさん」
「おう、また面倒なモン頼む気か?」
オヤジの腕前はすごい。特注品もなんなく作ってくれる。値段は高いが。
「いや、俺は王都を離れる」
「……なんだって?」
オヤジは驚いていた。
「おいおい、『アカツキ』はどうなる」
「どうやら俺は地味で役立たずらしい」
「は! バカな連中だ」
一通り挨拶を交わし、店を出ようとした俺は、引き留められた。
「こいつを持っていけ」
投げ渡されたのは、剣だ。
「餞別だ。おまえ用に作ったもんだから売りモンにならねえ」
「しかしだ。金がない」
「いるかバカ。それ持って消えろ」
口が悪すぎる。しかし温情が胸にしみた。
オヤジには五年近くも世話になった。店主と客の関係だったが、別れは少しばかり惜しい。
「オヤジさん、いつかまた」
「次は金持ってこいよ」
オヤジは最後まで口が悪かった。
「さて、あとはヤツに挨拶するか」
店を出て向かうのは、王都警護隊の詰め所だ。
冒険者が多く住む区域の詰め所はそれなりに忙しそうだった。
顔を覗かせると、すぐになじみの姿を見つける。
……暇そうだな。サボりか。
「ダク」
短く呼ぶと、彼はすぐに気が付いた。
「おお、ケイオス。どうした?」
「別れを言いに来た」
「はあ?」
この反応にもそろそろ慣れてきたところだ。そんなに変わったことではないだろう。
事情を話すと不良警備兵のダクは露骨に顔をしかめる。
「アカツキはどうすんだ。作ったのはおまえじゃねえか」
「俺はリーダーじゃないしな」
「普通に考えたらあり得ねえと思うが」
ダクはなにか考えこんでいる。
「とりあえず飲みにでも行くか?」
「いや……今回は遠慮させてもらおう」
ダクはけっこう年上で、何も知らない田舎者だった俺に飯を奢ってくれた男だ。時々酒に誘ってくれる、唯一の友人だった。
「どこに行くんだ?」
「故郷に。そこで新しい仕事を探す」
「……そうか。まあ、今生の別れってわけじゃねえし、元気でな」
「落ち着いたら手紙を出そう」
「よせよ、男からの手紙なんぞいるか」
「そうか」
名残惜しそうなダクを残し、詰め所を去る。
このまま王都の門を目指して、通りを歩いた。
「ここを出れば王都ともお別れだな」
そうして門をくぐり、深呼吸をする。
故郷までは歩いて一週間ほどだ。
馬車に乗る金はないし、ゆっくりと景色を見ながら帰るとしよう。
俺は一度だけ振り向き、五年住んだ王都を後にした。
おまけ・人物紹介
なまえ エリーシェ
ねんれい 十八
せいべつ 女
ジョブ 騎士
スキル 馬術≪レベル3≫/要の守り
ランク なし
しょぞく 王都アーヴェス・冒険者省の職員
かぞく 父・母・兄二人
こいびと なし
ちょきん まあまあ
みため 緋色の髪・緋色の瞳
という感じです。
よろしければ感想、コメントなどお待ちしております。
まだまだ行くよ!